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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(6)

 

 22歳以下の階級、ナックル・プリンセスの話を聞いて、葵は迷わずに、高校生の部をあきらめた。いや、あきらめたと言うよりは、捨てたと言った方がいいのだろう。

 誰が何と言おうと、すでにそのときには葵はナックル・プリンセスに出ると心に決めていた。何故なら、絶対に綾香はそれに出るからだ。

 高校生の部であろうと、もちろんレベルは高い。はっきり言って、葵が優勝するなど、絶対に無理なレベルだ。それがいかに綾香のいない状況であろうとも。

 そして、葵は優勝が目的ではない。綾香に勝つこと、それが真の目的なのだ。エクストリームは、たまたまその場所として都合が良く、そしていつの間にかどっぷりとはまっしまっただけだ。

 しかし、地区大会まで後3週間と、カウントは始まっていた。もはや、一刻の猶予もなかった。

 どこかあせっている自分がいるのは自覚していたが、葵はあわてなかった。どうせ、日ごろの訓練が物を言うのだ。今更じたばたしたって意味がない。

 それは葵らしくない考えであった。しかし、それが真実なのも確かだ。

 技は、一朝一夜にしてできるものではない。長い鍛錬で、やっと物にするものなのだ。今更じたばたするのは日ごろの鍛錬をやっていないからに他ならない。

 葵は、無理のギリギリ出ない部分で、自分を鍛錬していた。だからこそ、自信を持って試合に備えることができるのだと、自分でもそれとなく理解していた。

 それに、葵のいいところと言おうか、練習に没頭してしまえば、そんなことなどころっと忘れてしまうのだ。

 今も、葵は汗だくになって相手の組み手をはじいている。

 今日は週に2回の柔道道場に通う日だった。浩之と会えないのはさびしいが、柔道の練習はそれなりに没頭できる練習だった。

 最初は、思いつく組み技の格闘技がなかったからこそ、柔道を選んだというのもあった。葵は格闘技についてはそんなに詳しくはなかったし、実際、後はレスリングぐらいしか組み技の格闘技を知らなかった。

 葵は、結局、空手と対になる、葵は昔はそう感じていた、柔道道場に通うことにした。

 しかし、通ってみてわかったことなのだが、柔道は思う以上に使えることに気付いた。

 まず、総合格闘技では必殺とも呼べる腕ひしぎ十字固めは、柔道ではよく使われる関節技だった。試合ではそう決まるものではないが、技を練習しているのとしていないのでは、雲泥の差が出る。

 そして、次に葵がすごいと思ったのは、その組み手の鋭さだ。

 柔道では、より良い場所をつかむことができれば、それで勝敗がほぼ決まると言ってもよかった。だからこそ、組み手、つまり、どこを持つかというさばきは大きくウェイトをしめてくる。

 つかむという行為は、どちらにも危険な反面、非常に強力な武器となった。打撃が中心の葵にとっても、それは例外ではなかったのだ。

 実際、葵は、相手の胸倉をつかむという、自殺にも似た行為で、浩之の避けを封じ、見事にKOしている。

 浩之が弱かったのだろうという案もないではなかったが、あまり正しいようには思えない。浩之は、確かに葵や綾香に勝てはしないが、綾香の攻撃を、フルコンタクトであれだけ耐え切る高校生など、日本にはそう多くはいないはずだ。

 浩之の強さの話は追いておいて、葵は柔道の強みを十分に理解した上で、それを段々と身体に染み込ませていた。

 上達の遅い葵だが、習得するときはじっくりうやってきた分、完成度も高い。そうやって葵は精度と威力の高い打撃を手に入れたのだ。

 柔道も、もうそれなりのものになって、同じ高校生の女子ではまず葵を投げれる相手はいなくなった。と言っても、葵も一本が取れるほど技を磨いてきた訳でもないので、勝率と言う意味ではあまり良くないのかもしれない。

 そして、葵が柔道を気にいった理由に、この道場があった。

 『安部道場』、身を守るための柔道を解き、熱心に指導を行う柔道6段、安部先生の経営する柔道道場だ。道場の横には、安部先生が経営する接骨院があった。

 子供から20近くまでの、比較的若い年齢層がこの道場には通っていた。

 身を守る、と言っても、このご時世、そうそう柔道の技を駆使しなければならない状況にはならない……とも言い切れなかった。

 まず、危機回避能力は格段に上がる。柔道をやっているとそう簡単には倒れなくなるし、もし倒れてしまっても、絶対に頭から転げたりはしない。身体が受身を覚えているのだ。

 できる者でなくとも、大怪我をする確立はかなり減るのだ。そういう意味では、本当の『護身術』として、親は道場に子供をかよわせているのかもしれない。

 しかし、だからと言ってここの道場にいる者が弱いかと言うと、そうでもない。

 何せ、総合格闘技で、組み技の相手と戦うために、対策をたてたいと正直に言ってさえ入れてもらえるような道場だ。一筋縄な場所ではない。

 小学、中学、高校と、全国大会の常連者になっている者も何人かいる。そうなれば総じて、全体のレベルも上がるものだ。

 もちろん、実力などピンからキリまであるのだが、葵の相手をしてくれる相手は強い方の相手ばかりで、ある意味めぐまれた環境だ。

 もっとも、それは、下手をして下手な相手を怪我させてはいけないからという配慮なのかもしれないが。柔道は、実力者と下手な者との差がはっきりつく格闘技だ。実力者の投げを受けても、少しも痛くないのだ。そして、打ち込みと言って、投げ技に入る部分までを何度も反復してから、相手を投げるという練習があるのだが、これも実力者を投げる方が投げやすい。

 実力者は、投げられやすいようにもなれるし、痛くしないようにすることもできるのだ。もちろん、その反対が意識的にできるからこそである。

 葵は、そういう意味ではまだまだ素人で、相手に怪我をさせてしまう可能性は非常に高い。

 だからこそ、上級者が相手をしてくれるのだろう。不幸中の幸いと言ったところか。

「葵ちゃ〜ん、乱取りやろうよ」

 一息ついて、息を整えた葵を、この道場で知り合った同い年の女の子、美紀が誘う。

 葵よりは一回り大きな女の子だ。と言っても、葵は大きい方ではないので、美紀も平均よりは大きいと言った程度でしかないのだが。

 道場の中ではどちらかと言うと実力者と言った感じで、最近は葵をなかなか投げれなくてくやしがっている。しかし、いつもは妙にフレンドリーで、いい子だった。

「うん、ちょっと待って」

 葵は、息を正しながら乱れた服装を整える。どうしても道着をつかむのですぐにはだけてしまう。下にシャツは着ているのだが、だからと言ってそのままだらしない格好で乱取りをするわけにもいかない。柔道は礼儀にはうるさいのだ。

 葵は道着を正すと、適当な場所で美紀と向き合った。道場の中では他の人たちも思い思いに乱取りや打ち込みをしている。自由練習の時間なのだ。

「それじゃ、お互いに、礼!」

 美紀の合図で、美紀と葵は頭を下げる。そして、かまえる。

「始めっ!」

 やはり美紀の合図で、乱取りが始まった。

 

続く

 

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