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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(13)

 

「とうとう明後日になったわね」

「ああ、何というかもうちょっと引き伸ばして欲しいもんだけどな。とりあえず、葵ちゃんがんばれ!」

 さして待ってましたという感じのしない、というか明らかに引き伸ばして欲しいという浩之の言葉に、正反対にやる気満々の葵はうなづいた。

「はい、がんばりますっ!」

「葵ががんばらないとは思ってないけどね……浩之、あんたは?」

 そう言って綾香は苦笑した。やる気だけで言うなら、葵はチャンピオンになってもおかしくないほどなのだから。

「俺か? 俺はまあ……やるだけのことはやったけどな、もうちょっと練習期間があって欲しいな。正直今のままじゃ不安だな」

 そう言っているわりには、まったく不安そうな表情をしてないのは、浩之の悪い癖とでも言った方がいいのだろうか。

 夏に入りかけたこの季節、日はまだ落ちることもなく、夕日の一歩手前と言った感じだ。いつもの神社で、いつものメンバーが勢ぞろいしていた。

 と言っても、ここに来るメンバーなど、勢ぞろいしても4人しかいないのだが。

「今日はミーティングってほどやることもないけど、何か聞きたいことがあったら聞いてね。一応雰囲気ぐらいは伝えることができるから」

「つっても、どうせ地区大会なんて、相手選手のことなんかわかんないんだろ?」

 浩之の言うことはもっともである。何せ、綾香はエクストリームチャンプではあるが、そういう相手選手の情報などには気を使わないのだ。開けてみて、どんな選手がいるのか楽しむということもあるが、綾香なりのハンデだと自分では思っていた。

 相手は、綾香に勝つために綾香を何度も研究してきているだろうが、綾香にはそんな弱点になるような場所はない。組み技を使わないのだって、打撃で十分どうにかなるというだけの話だ。必要ならば、確かに打撃ほどの性能はないが、組み技も使える。

 だいたい、組み技だって、実際、唯一自分を楽しませた真緒のレベルにまでなると分が悪いというレベルだ。付け焼刃の組み技では、触ることさえ難しいだろう。

 まあそんなことがなくとも、浩之の役には立てなかっただろうが。

「ったく、予想してた通りだね」

 何故かそこにいる、まあ、これ理由がないと見るか、必然と見るかは意見の分かれるところだろうが、坂下が大きくため息をついた。この二人のこういう部分に対する無頓着さは、坂下は嫌というほどよく知っている。綾香にとってみれば、強敵など出てくれるだけありがたいだけで、普通は絶対いないし、葵にしてみれば綾香しか見えていないのだ。

 こういうときに貧乏くじを引くのは、たいがい坂下なのだ。少しは感謝して欲しいものである。

「ほれ、私の格闘技ファンの後輩から聞いてきた、今回のエクストリーム大会の注目株の情報持ってきてあげたよ」

 たいした量ではないが、格闘技マニアの森近が個人的に作っている格闘技のサイトから、ダウンロードしてきた情報の書いてある紙を渡す。

「準備いいじゃない」

「まあね、あんたらがこういうことやらないのは予想できたから。綾香、あんたはいいだろうけど、葵は初めてのエクストリームなんだし、もうちょっと先輩として調べてもいいんじゃない?」

 馬の耳に念仏なのは重々承知で、一応坂下は注意してみる。

「あの、好恵さん。もちろんこういう情報を用意していただけるのは嬉しいんですけど、それは普通は私本人がするもので、綾香さんを責める場所じゃないと……」

「ほら、葵もそう言ってるじゃない」

 ほんと、葵は綾香には甘いんだから。

 坂下は心の中で大きくため息をついた。それを悪いこととは思わないが、この天才は平気で増長するので、あまり甘やかすべきではないのだ。

「とりあえず、綾香はほっとくわよ。今回の地区大会では、そんなに有名な選手は出てないみたいね。ま、森近の目が確かなら、地区大会で強敵なのはキックボクシングの吉祥寺春と相撲の枕将子ぐらいね」

「じょ、女子でも相撲とかあるんだな?」

 浩之が以外だという声を出したので、綾香が説明してやる。

「一応国技じゃない。女子禁制なんて言ってるけど、それなりに女子でも相撲はやってるのよ。まあ、プロができるまではまだまだ時間がかかるだろうけどね」

 というか、綾香は相撲に関しては、女性ではプロはできないだろうと思っている。どう言ったところで、そこに需要はないのだ。まあ、もっと怪しい意味でなら、それこそかなり怪しい場所で需要があるかもしれないが、少なくとも格闘技としては需要がない。

「相撲って、強いのか?」

「男子ならね」

 相撲は強い。綾香もそれを疑う気はない。つけ過ぎられたと言ってもいい筋肉と脂肪の鎧で身体を守り、その体重にも関わらず、その前にでるスピードは恐るべきものがある。力も強いし、打撃などほとんど効かないその身体に、素人ならばどうやっても太刀打ちできないだろう。

「女子だと、残念ながら、やってる人数が少なすぎるわ。キックボクシングの方もそうね」

 格闘技やスポーツ、いや、他のものでもそうだが、どうしてもそれをやる人数が多い方が優れた人間が出る。確率で言って当たり前のことだ。

「そうね……葵」

「は、はいっ!」

 綾香の声のトーンが下がったのを感じて、葵が背筋を伸ばして答える。

「今回の葵の目標は、地区大会優勝よ、分かった?」

「はいっ!」

 葵は元気良く返事をしてから、そして、少し考えて、ちょっと悩んだあげく、その言葉の意味にやっと気付いた。

「ええっ!? 優勝ですか?」

「そうよ」

 当たり前じゃないという顔で綾香に言われて、葵は口をパクパクさせているが、次の言葉が出てこないようだった。

「でも、それは……あの……」

「何言ってるの」

 綾香は、やれやれという風に首をふった。

「このぐらいの相手、余裕で勝たないと。私の後輩でしょ」

「少しは持ってきた資料みたらどうなの、綾香? このキックボクシングの吉祥寺春なんかは他でも異種格闘技戦をしてどれも1ラウンドでKO……」

「そんなの問題じゃないわよ。だって、葵は私と戦いたいんでしょ?」

「は、はい」

「だったら」

 綾香は、これ以上ないというぐらいに、嬉しそうに笑って言った。

「こんな地区大会ぐらい、優勝できないで、私と戦えるわけないじゃない」

 

続く

 

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