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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(14)

 

「こんな地区大会ぐらい、優勝できないで、私と戦えるわけないじゃない」

 綾香の言った言葉は、確かに真実であった。それが意地悪く、しかしとても嬉しそうな表情の、ありていに言えば相手の反応を綾香が楽しんでいたとしても、変わらない事実。

 それほどに、この目の前に立つ王女は圧倒的な強さでそこに立っているのだ。

「まあ、それはそうね。こんなバカでも、一応は前チャンピオンだしね」

 坂下も、それには全面的に否定したいが、否定する部分が無くて、仕方なく相づちをうつ。

「そのバカに全戦全敗の好恵は何かしら?」

「むぐ……」

 憎まれ口も、そう言われれば返せるわけもない。坂下は確かに綾香のことを快くは思ってはいないが、それでも自分が負けたことを認めないほど道理が分かっていないわけではない。

 実際、綾香強さを一番長く、一番多く体験してきたのは、この坂下なのだ。それを否定することなど、記憶喪失にでもならない限り無理だ。

「でも……私、地区大会を優勝する自信なんて……」

 葵は、おどおどしながら小さな声で言った。

 あまり葵に期待するまわりも良くはないのだが、ここは葵の、どうしてもすぐには改善できない問題点だった。プレッシャーに弱いのだ。

 それでも昔と比べれば浩之のおかげで大分改善された。とは言え、だからと言ってすぐには変われないのが人間だ。そして葵もその例外ではない。

「3位以内の人間は本戦に出れるけど、そんなの葵の目標じゃないでしょ?」

「それはそうなんですが……」

 葵の目標は、誰が何と言おうと綾香だった。それ以外を見ていない訳ではないが、綾香に並ぶほどのあこがれの存在は、今のところ浩之を除いていない。そして、浩之はまだまだ格闘家としては素人だ。

 やはり不安げな葵の肩を、綾香が気楽に叩く。

「大丈夫よ、葵の実力は、地区大会なんてレベルじゃないわ。私が、浩之にかけて保証してあげるわ」

「おいこら、何でそこで俺の名前を出す」

 葵の反応を見て、いよいよになったら自分の出番だと思って黙っていた浩之は、急に綾香に話をふられたので、その半眼で睨む。

「葵って現金だから、浩之の言うことなら信じるかなって、ね」

 綾香はそう言って笑った。その笑いを怖いものだと思ったのは、おそらく浩之一人だろう。

 後輩のことを思っているのも含まれているが、こういうときの綾香は怖いのだ。わざわざ自分ではった罠に浩之がひっかかっても怒るという、理不尽極まりない行動を平気で起こすときの笑いだ。直接に命に関わりそうなので、浩之としてはそういうときの綾香には極力関わり合いになりたくないのだが、言ったように罠ではあるので、何ともならないものではある。

「現金って、綾香よりも素直なだけでしょ」

 坂下の突っ込みが入るが、まったくその通りだと浩之も思った。が、口に出さないのは、自分の身がかわいいからだ。

「でも、葵ちゃん。俺を信じるかどうかはともかく、俺も葵ちゃんなら、地区大会ぐらい優勝できると思うよ」

「そんな、センパイまで」

 葵は、困りながらも、どこか嬉しそうだった。やはり浩之が言うと効果が違うのだろう。

 こういうことは、葵に言うと反対にプレッシャーになる可能性が高いので、あまり言いたくはなかったのだが、浩之は言わずおれなかった。

「自信を持って、葵ちゃん。葵ちゃんは、いつも綾香や坂下と戦ってるんだろ。この二人といい勝負が、坂下には勝ったんだから、少なくともそれ以上ってことだ。俺はあんまりエクストリームに出てくる選手に詳しくないけど、この二人より強い選手ってのはそう多くないんだろ?」

「……はい、このお二人より強い選手は、そういません」

 最強と言っても、差し支えないほどの強さを持つ、はっきり怪物と言ってもいい綾香と、その相手を何年も続けてきた坂下。この二人が、弱いわけ、いや、中でも指折りの強さを持っていない訳がなかった。

 それでも、確かに一度きりではあるし、かなりまぐれではあったかもしれないが、葵は坂下に一度勝っているのだ。

「そういうこと。一応好恵を倒せるほどなんだから、地区大会なんて心配するだけ損よ」

「評価されているようなけなされているような……」

 引き合いに出されている坂下としては微妙なところだ。確かに自分の強さは理解してはもらっているのだが、やはり負けたことを引き合いに出されるのはあまり嬉しくない。もう一度やれば勝てると自分で思っているだけに、余計に気にさわる。

「んじゃあ、ついでに決勝大会に出てきそうな強豪の情報も葵に教えておいて」

 すでに、綾香の中では葵は絶対に決勝大会に出てくること決まったようだった。

 浩之は少し気が早いとも思わないでもなかったが、地区大会優勝はともかく、葵がちゃんと実力を出せば、3位に食い込めないなどということは、まずないだろうと思ったので、あえて突っ込むことはやめておいた。

「森近の予想によると、まあ、ダントツで優勝は綾香みたいね」

「ま、当然ね」

 22歳以下なのだから、プロの選手も何人もいるだろうに、綾香は自分が一番と予想されても、それを当たり前と心から言えた。何もリップサービスではないのだ。

「でも、賞金も上がったから、注目の格闘家が何人も新しく参加する……ってここには書いてあるわね」

 坂下が持ってきた資料には、何人もの有名な格闘家のデータが載っていた。これを個人で作成したというなら、かなりのマニアである。

「前回エクストリーム高校の部の優勝者、来栖川綾香……はもういいとして、特に強い選手として何人かあがってるわね。前回大学の部の優勝者、ジークンドーのカレン=ホワイト。アメリカ人ね」

「ジークンドー?」

「ブルース・リーの作った格闘技よ。アメリカではけっこうメジャーな格闘技よ」

 そう綾香が浩之に説明した。アメリカ育ちの綾香としては、ある意味空手よりもよく聞いた名前かもしれない。

「モデル並の長身から繰り出されるパワーとスピードを兼ね備えた打撃に、長い手足を生かした関節技を得意とする、優勝候補の一角……だって」

「ま、向こうは体格いいから、日本人じゃあどうしても押されるわね」

「んじゃあ次、前回高校の部の準優勝者、次のオリンピックでは金メダル間違いなしって言われてる、第3の柔ちゃん、渡辺真緒。去年、綾香と決勝戦で戦った相手でしょ。強いの?」

「まあ、そこそこかな?」

 真緒とて尋常なレベルではないのだが、それをまあまあと簡単に評価してしまう辺り、やはり綾香の採点が辛いというより、綾香自身の強さが異常なのだろう。

「他にも女子アマレスリング五輪強化選手の鏃律子、日本合気道連盟のキャンペーンガール、大貫小枝とか……」

「何だ、そのキャンペーンガールってのは?」

 合気道連盟という言葉とキャンペーンガールという言葉が頭の中でつながらなかったので、浩之は思わず突っ込んだ。

「何でも、合気道のポスターとか、大会の賞状を渡す役だとか、色んなところで出てくるって書いてあるわね。実力も相当なもの……って、本当かどうかは知らないけどね」

 坂下は資料を読み上げているだけなので、それが正しいのかどうかまではわからないのだ。だいたい、合気道などに坂下は興味ないのだ。

「後は、日系中国人の李青蘭、太極拳と長拳の使い手って書いてあるわね。国籍は日本にあるみたいよ。アメリカの格闘大会で優勝の実績ありって書いてあるね。なかなかの強さじゃないの?」

 あまり女性格闘家がメジャーでないアメリカの大会なので、知名度も低いようだが、やはり大会で優勝するほどなら、それなりの実力を持っていてもおかしくないのだ。

「それと、女子プロレスから……」

 その言葉を聞いて、浩之は名前を聞く前につぶやいた。

「……やっぱりな」

 

続く

 

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