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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(15)

 

「……やっぱりな」

 浩之は、半分あきらめ気味にそうつぶやいた。

 予測は完全にできていたというか、そうくるだろうというのが、どうせ分かっていたのだ。

 というか、こうなった以上、アレがしゃしゃり出てくることはしごく当然のことなのだろう。

「女子プロレスから、『バットタクティクス』島田由香、華麗な空中殺法と、ねちっこいグラウンドを武器として、様々な戦略を駆使して戦うプロレスラー。大穴にかけるならこの選手にって書いてあるわ」

「由香さんが出るんですか?」

 葵は嬉しそうに聞き返した。由香の実力は、葵も認めるところだ。実際、由香と当たると、葵とて楽に勝てる訳ではない、むしろ苦戦して、もしかしたら負ける可能性も十分にある相手だ。

 だが、葵は嬉しそうだ。強い者と戦えるのは、やはり格闘家にとっては嬉しいことなのだろう。

「何、知り合い?」

「ああ、しかも、かなりたちの悪い部類のな」

 浩之にしてみれば、会いたくない人間を上から数えれば5本の指に入るような相手だ。向こうの方が一枚上手だと言われればそれまでなのだが、そういう意味でなくとも危険な人間だ。

「藤田にそう言わしめるってことは、綾香と同じレベルってことね」

「確かに、あの人の悪さは綾香と競えるな」

「こらこら、人の目の前で悪口とはいい度胸ね」

 綾香がぽきぽきと指を鳴らしながら、何故かニコニコと浩之の方だけを見ている。その熱い視線の前に、浩之は一歩二歩と後ろに下がり、退路を探す。

「でも、性格は悪いというか変だが、実力は本物だぜ。俺も軽くTKOで倒されたしな」

「TKOって、まあ、藤田のレベルなら……」

 素人では、例え2人がかりでも浩之を倒すことはできないだろうが、格闘技をまじめにやっている者ならば、どうにかなるレベルだ。ましてや、一応女子プロレスをやっているなら、相手はプロだ。男女の差など簡単に覆すだろう。

「……だめだ、藤田、あんた中途半端すぎるわよ。あんたを基準するとどう判断していいのか困るんだけど」

「んなこと俺に言われてもなあ……」

 浩之は確かに発展途上なのだ。その成長は驚くべきものではあるが、まだ長年格闘技をやってきた者と本気の戦いをすれば負けるだろう。

 しかし、弱いというには成長が早すぎる。よって、浩之を一般的なレベルで比較することができないのだ。

「由香さんは私も引き分けました。しかも、私が押されたままです」

「葵が……そう、女子プロレスなんて色物かと思ったけど、どう実力はも本物のようね」

 その点、葵のいう言葉には信頼性がある。葵はいつもはどちらかと言うとおとなしいタイプだが、こと格闘技のこととなると見る目にも容赦がない。葵が強いと言えば、それはほぼ間違いないと坂下も確信できる。

「由香は色物だけどな。いや、曲者って言った方がいいんだろうなあ」

「私も浩之の話でちょっと聞いただけだけど、なかなか楽しませてくれそうな相手よ」

 タイミングをずらす技が、一度なりとも綾香に決まりそうになったのだ。評価してやらない方が間違っている。

「それと、もう一人女子プロレスから参戦らしいよ。『勝利の王女』姫立アヤ。プロレスラーとは思えない美貌と、その独特の格闘スタイルで、今一番注目の選手。優勝候補の一人って書いてあるわね」

 その名前で、ぞくっと浩之の背中に悪寒が走った。

 その、対峙したわけでもないのに、感じる強さ。それは、綾香と同等のモノだった。そして、それを証明するような、あの技の一つ一つ。

「……ありゃあ、強いな」

「何だ、どっちとも知り合いなんだ」

「知り合いっつうか、そっちの方は試合しか見たことないんだが……あれは、綾香と同類だ」

「……私と?」

 綾香は、どこか心外だというような口調で浩之に聞き返した。

「はい……あの人は、私も一度だけ試合を見ただけですが、強い……と思います」

 葵も、それは忘れていなかった。頭の中にこびりつくように、その技一つ一つが、よみがえる。

「ふ〜ん、私と同じってのは気にいらないけど、浩之と葵にそこまで言わせるんだったら」

 その後の綾香の笑みを見て、浩之は、自分の惚れた相手ながら、怖いと思った。その顔に浮かぶのは、どこか狂気に触れたような、しかし、単なる嬉しそうな子供のような、笑みだった。

「楽しめそうね」

 クンッと綾香の身体が動く、前ふりはそれだけだった。

 ズバッ!!

 綾香が、激しく風を切る音を立てて動いた。綾香のスピードに、大気がついていかなかったのだ。

 葵は綾香の右ストレートを腕で受け、坂下は左ハイを交わし、浩之は左ジャブをほとんど直撃で顔面に受けた。

「……何すんだ、綾香。やる気?」

 坂下は、いやに落ち着いて手首をくいくいっとひねっている。格闘技の話をしていたのがまずかったのか、坂下も十分やる気になっているようだ。

「あ、綾香さん、急には危ないですよ」

 何とかガードの間に合った葵は、抗議の声をあげる。しかし、ダメージはないようだ。

「……」

 一人ほぼ直撃を受けて倒れている浩之を見て、綾香は肩をすくめた。

「浩之、あんたにだってちゃんと活躍してもらわないと困るのよ。これぐらいよけれないようじゃあ、まだまだね」

 不意打ちを全力で行ったくせに、酷い言い様である。

「……それなんだが、実は修治が参加するらしいんだ」

 それを聞いて、綾香は「はあ?」と首をかしげた。

「何、あの大男、こんな小物の戦いに興味あったの?」

「誰だ、その修治ってのは?」

 そう言えば、葵には修治のことは話をしたことがあるので、知らないのは坂下だけのようだ。

「ああ、修治は、綾香に勝ちそうになって、ついでに綾香を筋肉痛で苦しめた張本人、今の俺の兄弟子だ」

「……待って、今、綾香に勝ちそうになったとか、ふざけたこと言わなかった?」

「言ったぜ。修治は、確かに綾香に勝ちそうになった。まあ、結局引き分けみたいな形で終わったけど、綾香と同等の強さを持ってるのは間違いないな」

 坂下は、日本でも有名な格闘家が何人参加しようとさしてエクストリームには興味はないが、それを聞いて、一つだけ、見てみたいと思った。

「それって、本当に人間?」

「多分、核か何かで動いてんじゃないのか?」

 浩之のいいかげんな言葉も、ある意味的を得ているのかもしれなかった。

 

続く

 

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