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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(18)

 

「ま、ちょっとした遊びさ」

 あいも変わらず好戦的な言葉だったが、それは修治にしてみれば間違っていないだろう。修治の実力は、地区大会など遊びで済むレベルだろうから。

「修治にとってみればそりゃそうだろうけどな」

 浩之も、それは苦笑するだけのことだ。綾香に喧嘩を売っているようにも見えないでもなかったが、確かに、綾香も地区大会など、と言っている。

「……ねえ、この人誰?」

 坂下が、小声で葵に訊ねる。

「さあ、私は面識はないんですが……話を聞いている限りでは……」

 その名前は何度も綾香や浩之の口から聞いている名前だ。しかも、忘れようのない意味をその男はもっていたのだ。

「……綾香さんと対等に戦った人だと思います」

「……はあ?」

 坂下は、小声でそう言い首をかしげると、しばらく考えこんだ。

 すぐに反応が返ってこないのは、それが考えることが必要なことだったのだ。何せ、坂下の想像力、いや、坂下の知っている現実は、それが現時ではないと理解していた。

「まさか、綾香と対等? 一応話には聞いてたけど、この男が?」

「はい、それも、綾香さんを押していたそうです。結果的には、引き分けのような結果になったようですが、正直、私なんかでは相手にならないと思います」

 浩之の兄弟子で、そして綾香と対等に戦う人間。前に話は聞いていたが、現実にそんな人間がいるというのは、やはり理解できないものだ。

 坂下は、その、多分原子力か何かで動いているのであろう男を観察した。

 身体は確かに大きい。身長は180センチはあるだろうし、身体、これは骨格と筋肉を含めてだが、まず間違いなく強いと分かる。それは寺町と比べてみれば、寺町が小さく、そしてまだまだ未完成に見えるほどだ。

 だが、体格が全てではない。実際、綾香は女性としてはほぼ完璧な体型を誇るが、格闘家としては線が細すぎる。女性なのだから仕方ないという部分はあるが、格闘技をやっている女性はほとんどが筋肉をつける上に、贅肉もつけるので、けっこう太いのと比べると、細すぎるとしか言いようがない。

 坂下も背はそれなりにはあるが、骨格はともかくあまり太くはない。しかし、綾香と比べるとかなり太いだろう。だが、綾香には一度も勝てない。そしてこれからも、少なくともこのままでは一生勝てることはないだろう。

 だから体格は関係ない。しかし、間違いなく体格が強さの要素の一つであるのは疑いない。

 そういう意味では、修治と呼ばれた男の身体がほぼ格闘家として完璧だった。少し太すぎるかんもあるが、綾香についていくということは、その体格はスピードを殺していないということだ。

「達人って感じはしないけど、何かの格闘技の達人なの?」

「センパイが習っている柔術か何かの師範代ではあるみたいですけど、どんな格闘技なのかは私は知りません」

 浩之は組み技を使うようにはなったが、そんなに珍しい格闘スタイルではない。何か特別な技を使うというようなことはない。ちょっと変化させた技を使うこともあるが、基本的にはそれは浩之が考えて使っているようだ。

「もっとも、ちょっと特殊な格闘技をやってたぐらいでどうにかなるとは思わないけどね。綾香に勝てるのは、きっとただ強い人間だけよ」

 坂下は基本を大事にするタイプだが、そういうことを含めずとも、綾香を倒せるのは小手先の技ではない、単なる実力だというのは信じて疑わない。まあ、だからこそ坂下は綾香に勝てないのだが……

「とりあえず、そちらの二人も紹介してくれると嬉しいんだが」

 自分のことを話しているのを知ってか知らずか、修治は葵と坂下を指して言った。

「何だ、修治。この機会に女子高生と仲良くなっておくつもりか?」

「そういう訳じゃないけどな……今日は、その葵とかいう子も来てるんだろう?」

 急に自分の名前が出たので、葵はびっくりして浩之の方を見た。

 浩之は、修治が葵を指名する理由に、心当たりがない訳ではなかった。何せ、葵の話は修治や雄三に聞かれ、何度もしているのだから。

「ああ、この子が葵ちゃんだ」

「ど、どうも初めまして、松原葵と言います」

 葵は少し緊張しながらも、礼儀正しく頭を下げる。もちろん、礼儀に関して言えば、浩之は葵に何の心配もしていない。空手はそういう部分にうるさいのだろうから、綾香のような礼儀知らず、綾香の場合はわかっていてもしないのだが、はそうはいないだろう。

「初めまして、俺は武原修治。とりあえず、俺の話は浩之や綾香から聞いているよな?」

「あ、はいっ!」

 葵は、少しおびえるように答えた。別に修治のことが怖いわけではないのだろうが、それでも綾香と対等な相手だ、緊張していても仕方ないだろう。

「おいおい、修治、葵ちゃんは人見知りするんだから、あんまりなれなれしくしないでくれよ」

 浩之は冗談半分でそう言った。修治が、お知り合いになりたいという意味で葵に話しかけている訳ではないことを重々承知しているからだ。

 修治が知りたいのは、ただ一つ。

「君、崩拳が使えるんだろ?」

 修治の目的は、それに絞られていた。だいたい、女の子と仲良くなりたいという理由でここに来ている訳がないのだ。もしかしたら、葵に会うことがここに来た目的なのかもしれないと思うほど、葵には修治の興味のわくことができる。

「え……」

 葵はその言葉に当惑した。確かに葵は崩拳を使ったことがある。それを他人に話さないで欲しいなどとも思っていないし、話さないで欲しいと浩之に言ったこともない。しかし、できる、と言っても、それがすぐに使えるわけではないのだが。

「もし、もしだけど、良かったらその崩拳、一度見せてくれないか?」

「え……あの……その……」

 修治の言葉は、好戦的と言うよりは、むしろ好意があるような声だった。綾香に向けるのとは大きな違いだ。

 だが、葵には答えれなかった。葵には、崩拳は使えないのだから。

 葵は自分の技を人に見せるのが嫌だとか、そういう気持ちはない。頼まれれば、見せてあげるぐらい、何のこだわりもない。だが、できない、とは言えなかった。そんな期待されているような声を出されればなおさらだ。

「ちょっと、人の後輩いじめないでよね」

 綾香がその間に割って入った。修治が、何をしようとしているのか理解したからだ。

「別にいじめてはないだろ。お願いしてるだけだ」

「それがいじめなのよ。葵だって、そうそう簡単に崩拳を使ったりはできないんだから」

 そう、ここは葵に断らせるべきだ。綾香はそう結論づけた。

「……使えないって?」

「ん? 何度か話さなかったっけか? 葵ちゃんは一度は崩拳を使ったけど、もう一度すぐに出せって言われても使えなんだよな」

 浩之は、別に気にしていないという口調で葵に話をふる。

「は、はい。私、まだ未熟で、崩拳をもう一度やって欲しいと言われても、使えないんです。すみません」

 葵は非常に申し訳なさそうに言った。責任感の強い葵は、ただ頼まれただけなのに責任を感じるのだろう。

「うーん、まあ、それじゃあ仕方ないな。いいよ、俺も無茶言ったからな。ま、使えるようになったらまた見せてくれよ」

 修治は思いの他簡単に引き下がった。

「で、こっちがその崩拳でKOされた好恵よ」

「あのねえ……」

 坂下は、綾香の嫌がらせに、ほとんどあきらめ気味にため息をついた。

 

続く

 

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