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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(21)

 

「それは……ぜひ、戦ってみたいものですね」

 寺町は、笑ってはいたが、それは冗談とかそういう意味で発した言葉ではなさそうだった。

 浩之は、この男と初対面である。初対面ではあるが、一つだけ今のではっきりと確認したことがあった。

 この男、バカだ。

 それは坂下も言った言葉ではあるが、今浩之はそれに確信した。

 むろん、横の綾香の目が光ったからに他ならない。

「何せ俺が手も足も出なかった坂下さんに、ずっと勝ち続ける人です。さぞ強いんでしょうねえ」

 そんなことには気付かないのか、寺町は笑顔で話を続ける。

「さぞ強いって……部長、綾香さんはエクストリームチャンプですよ。失礼じゃないですか」

 また始まったという、半分投げやりな口調で中谷が寺町を注意するが、そんなことを聞くような男ではないのは、坂下はもちろん、初対面の浩之でさえわかった。

 何せ、この状況で綾香に戦いを挑むほどの命知らずだ。まあ、それなりの苦労をしてしまうのは仕方ないことだろう。浩之もそう納得した。

「何を言うか、俺は戦った相手しか評価しないんだ。いかに強いとは言え、戦うまでは俺は信じんぞ」

 坂下が「このバカが」という表情で顔をそらした。この態度から察するに、こういう態度が初めてではないのだろう。

 横の綾香の顔が見る見る嬉しそうになっていくのを、浩之は他人事、綾香が問題を起こしたら他人事では済まないのだが、のように見ていた。

 言わずもがな、綾香はケンカを売られるのを、今か今かと待っていたのだ。

「寺町君とか言ったかしら?」

「あ、自己紹介はしていませんでしたね。どうも、初めまして、南渚高校空手部主将、二年、寺町昇です。そちらの坂下さんにはいつもお世話になっています」

 礼儀正しいのは礼儀正しいのだが、どう見ても今の状況を分かっているようではなかった。まあ、人一倍殺気には疎いのだろう。

 もっとも、綾香から出ているのが殺気ではないからこそ、寺町はこんなにのん気にしているのかもしれないが。

「私は来栖川綾香、好恵とはけっこう長い付き合いになるわね。それじゃあ、よろしくね」

 すっと綾香が寺町に向かって手を出す。握手を求められたものだと思って、寺町は何の疑問も持たずに差し出された手を握った。

 カクンッ

「えっ?」

 綾香が何かしたようにもあまり見えなかったが、寺町は前のめりになるような体勢でバランスを崩した。

「まだまだねえ」

 スパーンッ!

 そう言うが早いか、綾香のローキックに似た足払いが、寺町の足を刈っていた。

 バランスを崩していた寺町は、なす術もなくその場で倒れた。受け身を取る暇もなかったが、綾香が握手をした手を握ったままだったので、頭から落ちることはなかったようだ。

「……」

 寺町があっけに取られて黙っているのは、そのダメージからではない。

 別に特別油断していた訳ではないのに、自分が何の抵抗もできずに投げられたことに当惑しているのだろう。

 綾香は投げ技は得意な方ではなかったが、少なくとも、綾香の中でだ。寺町ぐらいの相手なら、このように簡単に投げてしまうのだ。

 もっとも、握手しただけとは言え、相手の手を握っているという状態は、非常に相手のバランスを崩しやすい体勢ではあるのだが。

 浩之は、正直良かったと思った。投げならば、確かにここは畳ではないので痛いは痛いだろうが、技さえ選べば相手に怪我をさせるということはない。綾香が打撃を使えば、手加減しても相手がただでは済まないのは明白だから。

 もっとも、ダメージがない分、相手を逆上させる可能性は高いのだが。少なくとも打撃で倒しておけば、その場は黙ってくれるだろうから。

「まあ、空手部みたいだから、投げに弱いのは分かるけど、そんなんじゃあエクストリームでは勝ち残るのは大変よ」

 綾香は至極穏やかにアドバイスをしているようにも見えるが、浩之にはそれにかこつけてただケンカを売ってきた相手を投げ飛ばした以上のことには見えなかった。

 綾香は寺町の手を離すと、まだやり足りないという顔をしながらも、とりあえずすっきりしたのか、すでに興味なさそうにさっさと行こうとしていた。

「……俺が投げ技には免疫がないとは言え……」

 すっと寺町が立ち上がる。綾香が、待ってましたとばかりに向き直ったのを見て、浩之は心の中でため息をついた。

 相手を投げておいて、ダメージさえなければ、相手は怒って攻撃してくるはずだ。それを綾香は狙っていたのだ。

 正直、今の好戦的な綾香を放っておくと、色々とご近所に迷惑がかかりそうではあったが、浩之がそれを止める訳でもなく、見て見ぬふりをするしかなかった。

 とりあえず、犯罪になるようだったら止めさせよう。浩之は半分仕方なくそう思うことにしていた。

 この寺町という男がそれなりに好戦的と見るや、素早く、そして綺麗にケンカを売るのだ。誰が止めれようか。

 しかし、綾香が一つだけ作戦ミスをしているのを、坂下だけは知っていた。寺町は確かに好戦的な性格をしている。坂下のときも、最初は寺町から、まあ、わざとなのか天然なのかは置いておいて、寺町にケンカを売られた状況になったのだ。

 だが、寺町は、色々な意味で一筋縄ではいかない相手なのだ。

「……素晴らしいです!」

「はあ?」

 今度は、綾香が首をかしげる番だった。綾香の予定では、寺町は怒って反撃をしてくる予定であったのだが、その予想は完全に外れた。

「いや、本当に素晴らしい。その無駄のない動き、相手の意表を的確について、苦もなくその身体で俺の大きな身体を地面に倒す技の切れ。坂下さんが一度も勝ててないというのもわかります。ぜひ御教授願えませんか?」

 強い相手と見れば、寺町は誰それ構わずそう言っているようだ。坂下のもういいという顔を見てもそれは一目瞭然だった。

「……嫌よ」

 綾香は変なものでも見るかのような目で寺町を見ると、ススッと距離を取る、が、そんなことを気にするような寺町ではないのは言うまでもない。

「そう言わずに、そこを何とか!」

 坂下にしてみれば、どこかで見たことのあるような光景が、ここでも繰り広げられるのだった。

 

続く

 

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