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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(23)

 

「あそこに本人とその子供がいるぜ」

 多くの記者に囲まれていても、その姿は頭一つ分飛びぬけていた。

「あれって……」

 浩之にでも、その片方の顔には見覚えがあった。格闘技をやり始めてから、それなりに格闘雑誌は読んでいるし、そうなれば、当然目にする顔だ。

「エクストリーム主催者にして、日本格闘連盟会長。ま、一番有名な肩書きは、超実戦派空手、錬武館館長、『鬼の拳』の名を持つ中年親父、北条鬼一。有名な顔だし、知ってるだろ?」

「顔は知ってるが、修治、知り合いなのか?」

 試合には出ていないものの、北条鬼一と言えば今でも最強の格闘家として名前があげられる人物だ。歳を取って往年の強さはないにしろ、それでも並の者では相手にならないであろう。

 浩之は、有名人と修治が知り合いなのに少し驚きはしたが、よく考えてみると当たり前である。

「……考えてみると、師匠とかとは何かつるんでても不思議じゃないしなあ」

 修治がこれだけ強いのだ。武原流は有名ではなくとも、上の格闘家には名を知られていてもおかしくはあるまい。

「正解だ。じじいがあのおっさんとは旧知の仲なんだよ。もっとも、どっちかってっと仲がいいって言うよりは、いい遊び相手だったみたいだけどな」

 遊び相手、言葉をそのまま鵜呑みにすれば、たいしたことはないが、もちろん、浩之はそれを鵜呑みにはしなかった。遊び相手と言っても、どうせ格闘の遊び相手に決まっているのだ。

「俺も昔何度か相手をしてもらったことがあるんだけどなあ、強えんだわ、これが」

「修治が勝てなかったのか?」

「まーな。昔の話だから、今ならかなりいい勝負、ぶっちゃけて言うと俺が勝つだろうけどな。何せ北条の親父も歳だからなあ」

「こらこら、修治。俺を甘く見てもらっちゃあ困るなあ」

 浩之は、まったく気配もなく、今まで記者に囲まれていたはずなのに修治の後ろに立っている人物に、実はあまり驚かなかった。これぐらいで驚いていては、綾香の半恋人も、葵のいい先輩役も、武原流の出来の悪い弟子もやってられない。

「甘く見てねえよ。だからいい勝負って言ったろう?」

「まったく、歳がたつにつれれ雄三殿に性格が似てきてるぞ。昔はもう少し謙虚だったろう?」

 その、修治よりも大きな身体を持つ中年の男、北条鬼一は、親友にでも会ったような気楽な口ぶりで修治に話しかけていた。

「で、そっちのちっこいのは?」

 ちっこいの、と評された浩之は、しかし何も返さなかった。言葉通りであったから。何せ、北条の身体は、修治の背を抜いて、190センチ近くあるのだ。しかも修治にも負けず劣らぬ鍛え抜かれた胸板に、人間の物とは思えないような太い手足。首周りも、浩之の太ももよりも太いかもしれない。そんな身体と比べれば、浩之とて「ちっこいの」と評されるのは当然である。

「ああ、こいつか? 俺の新しい弟弟子で、浩之と言うんだ」

「弟弟子? 雄三殿が弟子を取るなんて、修治以来じゃないのか?」

 浩之が修治の弟弟子だと聞いて、北条はえらく驚いていた。やはり、普通はあそこは弟子を取らないようだ。浩之も、修治と自分以外の弟子を見たことがない。

「長瀬さんの紹介だったからね」

「ほう、長瀬さんの。では、断る訳にはいかんわなあ」

 その言葉で納得したのか、急に人懐っこい笑顔になって北条は浩之の方を向いた。

「初めまして、浩之君。俺は北条鬼一、うぬぼれじゃなければ、俺の顔も有名だから、名前ぐらいは知っているだろう?」

「は、はい。初めまして、藤田浩之と言います」

 浩之はがらになく、礼儀正しくおじぎをした。別に有名な人物を尊敬する気は浩之にはないが、その男の持つ、人懐っこい笑みをしても消せない気迫に押されたのだ。

「その格好を見ると、君も選手としてここにいるようだが、出るのかい?」

「あ、はい。ナックルプリンスに」

 ほうほう、と北条は嬉しそうな顔で頷いた。

「それはいいことだ。まあ、修治のことは置いておいて……うちのせがれともやりあうことになるかも知れないから、手加減してやってくれよ」

 そこで、浩之は初めて北条の巨体で隠れた人物に気付いた。

 背も、身体も北条と同じぐらいにでかい。しかも、ただでかいだけではなく、完璧に鍛え上げられた身体だというのは一目瞭然だった。

 その顔はまだ若く、修治とそう年齢は変わらないように見える。同じ気迫でも、北条の押し流すような気迫とは違い、まるで抜き身の真剣のような鋭さを持った気迫だ。

 愛想笑いどころか、まるでにらみつけるようにしてこちらを見ている。まあ、目つきのあまり良くない浩之から言わせれば、元来こういう目つきで生まれただけなのかもしれないが。

 少なくとも、その気迫は偽者でも、気の迷いでもない。それだけは浩之は確信した。

「おっと、紹介しよう。こいつは俺のせがれで、桃矢と言うんだ」

「トウヤ?」

「桃太郎の桃だ。鬼の拳を持つ男のせがれとしては、いい名前だろう?」

 鬼の拳の子供が、桃太郎……ね。

 北条にとっては一流の冗談なのか、どこか嬉しそうに笑っている。なるほど、自分を超えて欲しい、という意味でつけたのなら親バカだし、自分を退治して欲しい、という意味でつけたのなら、かなりの格闘バカというわけだ。

「北条桃矢だ。よろしく」

「藤田浩之、よろしく」

 愛想がないのかも思っていたが、律儀にも握手を求めて手を出してきたので、浩之もその手を取った。

 ……いつか、由香が言ってたよな。相手の手を握れば、強さがわかるって。

 浩之は、確信した。それは本当で、ついでに、間違いなくこの桃矢という男が、自分よりも格段に強いことを。

「まあ、まだまだ俺の退治どころか、修治にも勝てないだろうがな」

 その言葉にぴくっと桃矢が反応した。今まで無表情だったのだが、少し顔の筋肉が動いたようにも見えた。

「おいおい、それじゃあまるで俺がおっさんよりも弱いように聞こえるだろう?」

 修治も、笑いながらもまったく譲る気がないようだ。

 ……まあ、こういう手合いは、こういうのを本気半分、いつもの日常会話半分でやってるからほっといても大丈夫だが……

 浩之には、むしろ話に出された桃矢の反応が気になった。自分の親が他の男を評価しているのに、まったく怒る気配は見せない。

 ……いや、単に我慢しているだけかもな。

 我慢できるのなら、それはそれでなかなかの人物ということだ。

 ……しかし、修治相手ならともかく、俺よりは確実に強いだろうからなあ……

 勝ち残るためには、そしてここで優勝するためには、少なくとも片方とは、もっとないことだと思うが、より強い相手を倒さなくてはいけないのだ。

 ……俺には無理かな。綾香には謝る用意をしておこう。

 すでに決勝大会まで残れる自信がゆらぐ浩之であった。

 

続く

 

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