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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(26)

 

「シャキッとしろ、藤田っ!」

「がんばってください、センパイっ!」

「がんばれ、浩之っ!」

 三種三様の応援に、浩之は思わず振り返った。

 声がでけえっ!

 口には出さずに、心の中で念じながら3人を見る。

 確かにざわついているので、多少大きな声を出したところで目立つことはないが、場所と大きな声を出した人選が悪かった。

 まわりの目が一斉に綾香達と浩之に向いているのに気付いて、浩之は赤面物だった。

 とにかく、この3人は目立つのだ。しかも、その3人に応援させている自分は、さらに目立っているだろう。

 格闘の強さじゃなくて、こんなしょーもないことで目をつけられかねんからなあ。

 綾香は、絶対にそれを狙ってやっているのは明白だが、葵と、ついでに坂下もどう見ても善意からの応援だ。やめろとは言えない。

 ほれ、対戦相手も睨んでるだろうが。

 よほど女の子の応援がうらやましかったのか、それとも腹がたったのか、対戦者は拳をぷるぷるとふるわせている。

 ったく、応援も逆効果だぜ。

 一人してやったりという顔をしている綾香に浩之はじと目を返してから、改めて対戦相手に向き直った。

 いったん注目していた人々も、すぐに試合場に戻す。まあ、浩之が見られているのは、さっきのことがなくとも変わりはしないのだが。

 他のやつらは俺を見て試合の参考にするんだろうなあ。

 そんなことを考えながら、浩之は自分の身体の力が抜けていることにすぐ気付いた。

 何のことはない。綾香や葵、まあ、ついでに坂下にも応援されて、気が楽になったのだ。いや、本当に変な話だが、楽になったというのが一番正しい。

 今までの緊張が、嘘のようにほぐれていた。

 ……単純だなあ、俺も。

 ちょっと声をかけてもらえば、すぐにでも緊張がほぐれるのだ。ある意味、才能かもしれない。もちろん、女ったらしという意味でだ。

 ドォンッ!

 突然、体育館の中に大きな太鼓の音が響いた。

 ドォンっ!

 試合開始の合図だというのは、浩之も聞いていた。3回太鼓が鳴った後、審判から試合開始の合図があるはずだ。

 浩之だけでない、ここにいる人間全員に緊張が走るのがわかる。しかし、浩之はその緊張を悪いこととは思わなかった。むしろ、心地よい緊張。

 ドォンッ!

 3つ目の太鼓の音が響き終わると同時に、審判が手を上げた。

「レディー」

 対戦相手が素早くかまえを取る。浩之も、それにつられるように、ゆっくりと構えを取った。相手の手が高い位置でかまえられているのとは対照的に、かるく手を広げる程度の構えだ。

 審判の手が、振り下ろされた。

「ファイトッ!」

 わっ!!

 体育館の中が、一気に歓声であふれかえった。一瞬その大きさに浩之が驚いてしまうほどだ。

 その歓声にも動じずに、対戦相手の男が浩之に向かって歩を進めてくる。というより、かけよってくる感じだ。

 コンパクトな構えからの、右フック。

 距離があったので、浩之は斜め後ろに飛びのくようによける。本当は距離を取るよりも内に入り込むように避けたいところだが、緊張はほぐれたとは言え、まだまだ身体はほぐれきっていない。すぐに試合を決める必要はないのだ。

 これも綾香のアドバイスだった。KOなど狙わなくていい、それが綾香の浩之に対するアドバイスだった。

「私はKOできるだけのものがあるけど、浩之は別にKOが目的じゃないでしょ?」

 つまり、結果勝てればいいのだ。それが判定であろうと、KOであろうと勝ちは勝ち。

 しかし、見栄っ張りなところは浩之とだって並ぶ綾香の言葉は、綾香らしくはなかった。浩之に対してなら、負けてもKOしろとでも言いそうなところだ。

「そうよ、浩之、ゆっくり見ていきましょうっ!」

 綾香のアドバイスが、歓声の中でもはっきり聞こえる。浩之は、自分が思うよりも今もかなり冷静なようだった。

 そう、俺はまだ試合になれていない。1回戦は、3ラウンドフルで戦う気持ちで行こう。

 試合から試合までの時間が短いので、あまり疲労すると次の試合に響く可能性もあったが、体力だけなら最近の無茶な練習で自信があるのだ。次の試合のためにも、この一回戦は動けるだけ動いておくべきだ、浩之自信もそう思った。

 まあ、それを対戦相手が許してくれればな。

 右フックを避けた浩之は、そのまま相手のまわりを軽いステップでまわる。もちろん、足には気をつけて、足をひっかけられたぐらいでは転ばないように動いているつもりだ。

 相手もこちらの出方をうかがっているのか、すぐには手を出して来ない。

 今の右フックと、その構えから見ると、やっぱり空手か?

 右フックが最初から浩之の顔面を狙っていたところを見る限りでは、おそらくフルコンタクトの空手だろう。流派が多いので、どの流派までかは分からないが、空手家だとわかれば、かなり戦いやすい。

 何せ、浩之は今の今まで無茶苦茶に強い空手家と戦ってきたのだ。その戦い方がエクストリームによっていようが、そのまま空手の形のままだろうが、相手には恵まれていたのだ。

「セイッ!」

 対戦相手が、ローキックを打ち込んできたので、浩之は足を上げてガードする。避けれないスピードでも距離でもなかったが、あまり逃げていると判定で負け、ということにもなりかねないのだ。

 ローから続くワンツーを、浩之は手ではじく。ウレタンナックルをつけている手は、いつもよりも相手の技をはじきやすい。ボクシングのグローブと一緒だ。自分の拳を守ってくれる上に、その体積ややわらかさによって、相手の攻撃を吸収してくれるのだ。

 まだまだ相手にも隙がないが……ま、少しは反撃しとくか。

 意味のない打撃は自分に隙を作るだけだが、浩之はそこまでの考えはなかったし、実際、この程度の相手にすぐにつかまるほど、自分はへたれではないという気持ちもあった。

 まずは、右ジャブ。

 パンッと相手もウレタンナックルをつけた手でガードする。

 左ジャブ。

 ほとんど時間差がなく、対戦相手に左がたたきつけられた。しかし、相手もまだ余裕があるのかそのジャブを避ける。

 右ミドルキックッ!

 ズドンッ!

 浩之の体重を乗せたミドルを受けて、対戦相手はガードはしたものの、顔色を変えた。

 うん、まあ悪くないできだな。

 浩之は今日の自分をそう評価した。葵のよく使うコンビネーション、左ジャブ、右ストレート、左ハイの真似事で使い始めたコンビネーションだが、隙が少なく、威力もそこそこにある。何より使い易いのがいい。

 今の打撃で、十分に実力のある相手と思ったのか、対戦相手は浩之から距離を取った。

「センパイッ、その調子っ!」

 丁度向かい会う位置にいた葵に、試合中にも関わらず軽く手をふってから、浩之は対戦相手との距離を縮めた。

 

続く

 

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