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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(30)

 

 浩之は、あまり興味なさそうな顔で坂下について行っていた。

 坂下も対戦する可能性がある浩之だけでもつれていけばいいと思っていたのだが、結局浩之が行くとなると綾香も葵もついて来て、4人で行動していた。

「さっきの中谷ってやつか。強いのか?」

「う〜ん、そうねえ。まあ、才能はあるかもしれないけど……今の実力だと1回戦勝てるかどうか怪しいんじゃない?」

「てことは、俺より下ってわけか?」

 浩之は何はともあれ、1回戦を2ラウンドTKOで勝っている。増長するのは浩之の冗談の一つだが、今回ばかりは少しぐらい増長しても坂下も許してやることにしている。初めての公式戦、しかもこんな大舞台で勝てたのだ。舞い上がっても仕方のないことだろう。

 まあ、その後に綾香にKOされたのだから、普通なら恥ずかしくて何も言えないだろうが、浩之の顔の皮の厚さと言ったら、綾香に匹敵するのだ。

「あんたも大した実力があるとは思わないけど……基本なら、中谷の方がよくできてるね。ついでに根性と人格は比べる間でもなくあっちに軍配があがると思うけど?」

 確かに、あの無理難題を真面目に言う寺町の下でもがんばっている男だ。人間ができていると言う意味では……さらに無理難題を言いまくる綾香と付き合っている浩之と比べると……どうなのかいまいち判断がつかない。

 これが素直さと言うならば、間違いなく中谷であろうが。

「そんなもん格闘技の強さには関係ないだろ」

「人間的にはすごく大きいと思うけど?」

「いいのよ、浩之は悪人だから」

 綾香の完璧なるフォローではない言葉に、浩之は反論しようとしたが、悪人でなければ人格に問題ありと言われ、さりとて悪人になって嬉しい訳もなく、とりあえず葵に助けを求めることにした。

「葵ちゃん、こんな二人は放っておいて二人で試合見に行こうか」

「でもセンパイ、すでに試合場についてるんですけど……」

 もう4人は話している間に試合が見れる位置に陣取っているのだ。まあ、いくら大きめの体育館とは言え、対した距離もないのだから仕方ない。

「お、あいつだな」

 丁度、他の選手の中でも目立つ、それが外見がいいという意味でだ、長身の選手が試合場に出てくる。それなりに使いこまれた空手着を着ていて、表情は硬い。

「……緊張してるんじゃないのか?」

「……まあ、葵と似たようなところがあるやつかもね。型の方はかなりいいんだけど」

 坂下も、そこでやっと思いあたった。考えてみれば、中谷の型を見ている以上、それなりの実力の持ち主であろうと思われるし、実際池田の攻撃にも目がついていっていた。

 しかし、身体は動かなかった。それは、まるでいつもの練習なら平気なのに、いざ試合になると実力の半分も出せない、自分の後輩にそっくりなのだ。

「……ねえ、藤田」

「ん? 何だ?」

「私と葵が試合したとき、何か葵に励ましだかやけくそだか分からない声かけてたけど、あれで人の緊張ってほぐれるもんなの?」

 坂下と葵があの神社で試合をしたとき、もし浩之が葵の緊張を解いていなかったら、坂下は100パーセント勝っていた。坂下はそのことを正確には知らなくとも、葵の緊張が完璧に解けていたのは見て分かっていた。

「う〜ん、どうだろうなあ? 葵ちゃんはどう思う?」

「え、それは、そのぉ……」

 何故か葵の顔がぽっと赤くなる。綾香としては非常に嫌な感じだが、まあ、実際後から考えると赤面するようなことだ。

「私は、あれで緊張がほぐれたのは間違いないです」

 そう確信を持って言う葵だが、あんまりあてにならないとは坂下も思っていた。考えてみれば、それは相手が浩之だったからこそできたことだ。

 例えば、ここで坂下が中谷を激励したところで、どうこうなるものではない。それだけの信頼関係というものは中谷の間にはない。せめて、自分の学校の後輩ならそれだけの信頼関係を作れていたかもしれないが……

「……ま、とりあえず激励だけはしとくか。中谷が実力を出せなかったら、本人の責任だしね」

 坂下は、大きく息を吸い込んだ。

「な……」

「中谷ぃっ! KO以外は許さんぞっ!」

 坂下が激励の言葉をかけようとしたそのとき、もっと大きな声がすぐ横の方から上がった。あまりの声の大きさに、浩之が3人に応援されたときよりも注目が集まる。

「……こういうのを、言わずもがなって言うわけだ」

 そう、言わずもがな、そこには自分が注目されても全然平気な天下の恥知らず、寺町が仁王立ちしていた。

「……部長、恥ずかしいから止めてください」

 かろうじて中谷がそう反応したのは、むしろ誉めるべきことだろう。少なくとも、坂下ならすごくいいことがあってうきうきしているときなら、突っ込みの必殺の一撃を入れて殺すか、普通なら絶対に無視するだろう。

「いいから、試合に集中しろ。お前なら少なくとも準決勝で俺と対戦できるだけの実力があるんだ。1回戦なんてKOで当然だ」

「プレッシャーかけないでくださいよ。それに、自分の実力は自分で一番理解していますから」

 中谷は大きくため息をつきながら、試合場に出ていく。中谷の対戦相手も、かわいそうな中谷に少し同情しているような表情だ。まあ、きっと体育会系にはあんな無理難題を言ってくる先輩の一人や二人いるのだろう。

「無理を言ってるようで、その実綾香の言ってたことと全然変わらないのが何だな」

「言われてみれば」

「ちょっと、二人とも。あんなのと私を一緒にしないでよ」

 まだ今日会ったばかりだろうが、少なくともここでも寺町の扱い方は決まったようだ。

「ま、遅ればせながら、応援しとこうか。中谷〜、がんばれ〜!」

 少し控え目の坂下の応援が耳に届いたのか、中谷は振り返って、二コリと笑いながら頭を下げて、すぐに向き直った。

「お、坂下さん、中谷の試合見に来てくれたんですね」

 まあ、この男に聞こえてしまうのは、いかんともしがたい失敗と言っておこう。

「これは、皆さんおそろいですね」

 あんたとは会いたくなかった。少なくとも葵の除く4人がそう思っているだろうが、それは口に出されることはなかった。

「レディー」

 そうこうしている間に、審判がサッと手をあげる。

「ファイトッ!」

 

続く

 

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