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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(34)

 

「さ、中谷がKOで勝ったんだ。俺もKOで決めないとな」

 そう言いながら、寺町は軽く柔軟をし始める。

「何だ、寺町もすぐ試合なんだ?」

「ええ、まあ見ておいてください。1ラウンドでKOしてきますよ」

 そういう寺町の表情には、自信にあふれている。しかし、寺町の実力は知らないが、浩之から言うと、こういうところに出ようとするような人間は、そうそう1ラウンドKOを許してくれるような人間はいない。

「大きなこと言って、1試合で消えるようなことしたら恥ずかしいけどね」

 坂下がからかうように言っているが、単にからかっているだけだ。実際、そんなことは起きない、坂下の表情が物語っている。

 坂下の実力は、浩之もよく知るところだった。何度もKOされたのだから当然だが、その坂下がある程度は実力を認めているということだ。

 性格はともかく、実力のほどは気になるんだよな。

 さっき浩之がどぎもを抜かれた中谷の先輩だ。あれよりも実力があるとすれば、修治を除いて、この地区大会で優勝の可能性も十分にある。

 急に、まわりの人間がざわざわとしてくる。

「何だ?」

 どうも、注目は今やっている試合ではなく、一人の選手に向かっているようだった。

 身長は浩之と同じぐらいな上に、浩之と同じぐらい細い。しかし、その身体はかなり鍛え上げられて、骨格は細くとも、無駄な贅肉がひとかけらもない、おそろしく筋肉質な身体をした選手だ。

「エクストリームに出るのにあの細さは珍しいですね」

 負けないほど細い葵がそう評価する。

 素人のケンカではないのだから、単純に身体が大きい方が強いとは言えないが、ガタイがいいというのは十分に強い要素だ。それを考えると、その選手は細すぎる。

「ボクシングのインターハイ2位、四ツ木正吾ですよ」

 中谷がその選手について説明する。

「天性のディフェンスで並み居る強豪を押しのけ、昨年まで無名だった選手が、インターハイ2位。結局、決勝は判定負けにはなりましたけど、来年はおそらくインターハイ優勝間違いなしと言われている天才ですよ」

「くわしいのね、中谷」

「試合に出るとわかったときから、出場する選手について研究しておくのは普通だと思いますが。坂下さんは試合には出ないようなので、仕方ないかもしれませんけど」

「いや、何か後輩に聞いた気もするんだけど、藤田に言うのは忘れてた気がする」

「……」

 まあ、試合に出る浩之も葵もまったく他の選手については研究などしてこなかったので、出ない坂下には何も言う権利はないだろう。

「とにかく、この地区大会では北条鬼一の息子、北条桃矢、ボクシングインターハイ2位、四ツ木正吾、柔道の全国大会ベスト8に入った藤木英輔。有名な選手はこれぐらいですか。プロの選手は、北条桃矢選手が出るのを知って、他の地区大会に出るようにしたみたいです」

 地区大会から本戦に出れるのは3人。決勝戦で当たるならともかく、もし優勝候補などに初戦から当たったりしたら目も当てられない。

 ゆえに、格闘技で食べているプロとしては、そんな地区大会で倒される訳にもいかず、より本戦に出やすい地区大会に出るのは当然なのだ。

「地区大会とは言え、あまりレベルの高い選手はあまりいませんね。まあ、僕が優勝できるようなレベルではないですが、部長なら何とかなるかもしれません……とは言っても、その四ツ木正吾選手が、部長の初戦の相手なんですけどね」

 北条桃矢を除けば、おそらく一番の注目の選手なのだろう。まわりの選手の反応を見てもそれはわかる。

 だが、反対に、何故か中谷も坂下も、それを知っていても大して心配している様子はない。むしろ、寺町なら勝って当然という顔をしている。

 ……この見た目どころか中身バカ、そんなに実力あるのか?

 体格はいいし、十分に鍛えられた身体なのは見ても分かるが、それだけでは実力は図りきれない。外見と強さは必ずしも一致しないのだ。

「ま、相手はボクシングでしょ。組み技とか使えば……って、寺町が組み技使う訳ないか」

「もちろん、空手で戦いますよ」

 寺町はそう自信満々に答えた。

「部長はほとんど組み技に関しては練習してきませんでしたからねえ。いきなり使おうと思っても無理なものですが……一応言っておきますが、ボクシングと拳の突き合いをすると不利ですよ」

「蹴りね」

 綾香は、その打開策を簡潔に述べた。

「はい、蹴り、しかもローキックならば、おそらく避けることはできないでしょう。それに腕よりもリーチもある。ローとミドルで距離を取って戦うのが、一番いいと思います」

 ボクシングは、総合格闘技の試合ではほとんど勝つことができない。これは強い弱いの問題ではなく、パンチという、一つに絞られた技しかないからだ。打撃系の主戦力はパンチだが、蹴りが撃てないのと撃てるのでは、戦略に大きな幅があるのだ。

 しかし、ボクシングが強い弱い、という部分で言えば、強い。ディフェンスは他の格闘技と比べてもかなり熟成されているし、その拳は一撃で相手をKOできるだけの威力を十二分に秘めている。グローブなしでプロボクサーの打撃を受ければ、あごがくだけたり内臓破裂をしたりする可能性は高い。それほどに恐ろしい格闘技だ。

 何より、世界的に見て、プロボクサーは多い。それはある意味格闘技の一番の要素を秘めたものなのかもしれない。やっている人が多ければ、当然レベルも上がるという物事に対する一般的な考え方は、ここでも通用するのだ。

 しかし、総合格闘技なら、やり様はいくらでもある。特にエクストリームでは倒してしまえば、相手は打撃を使えなくなるのだ。これでボクサーには簡単に、もちろん倒すことができればだが、勝てる。

 問題は、組み技を使わずに、それを行うということだ。もちろん、倒すという意味ではない。ボクサーに、打撃戦で勝つということがだ。

「あまりローキックは得意ではないんですが……」

 そう言いながら、寺町は構えを取る。

「そう言えば、寺町は上ばっかり狙うからねえ」

 坂下もそれに同意する。実際、下への攻撃がおろそかになっていたので、勝ったときはある意味完璧に余裕だったのだ。

 ズバッ!

 寺町のハイキックが空を切る。葵と比べるとモーションは大きいし、スピードもまだまだだが、それでもかなり鍛錬を積んできたのは見て分かる。

 次の相手、つまり、ボクサーである四ツ木正吾も、その姿を見ていた。十分に警戒するべき相手だというのは、今のハイキックでも十分に伝わっていることだろう。

「俺は、こっちの方が得意なので、こちらでやらせてもらいますよ」

 寺町は、自信のある表情で試合場に向かった。

 

続く

 

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