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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(35)

 

「バカかと思ってたけど、それなりに戦略については考えてるじゃない」

 綾香は、寺町の行動をそう評価した。試合に始まる前に技を見せるなど、注目を浴びる以外は不利以外の何物でもない。相手に自分の技を見られるというのは、完璧に不利益なのだ。

 だが、綾香はそれでも寺町の蹴りを評価した。つまり、昔に葵が使った見せ技と同じ効果があると読んだのだ。

「あれだけ安定した蹴りを見せられたら、相手は警戒しない訳にはいかないからね」

 坂下も同じ意見のようだ。

 狙っているのかそうでないのか、確かに寺町の行動は理にかなっている。相手はボクサー、パンチ以外には免疫がない。だから、どうしても他の技には警戒をしてしまう。そこで寺町の、綺麗なハイキックを見せられたのだ。おそらく、そう簡単には恐怖が先に立って懐に入り込めないだろう。

 素早いフットワークもそうだが、ボクサーと近距離で殴り合うのはあまり得策ではないのだ。ボクサーと一般の打撃格闘家では、パンチに関しての打撃精度に大きな差がある。

 それに近づいてしまうと、蹴りが非常に出しにくくなるのだ。よくひざで攻撃をしていることもあるが、体勢が整わないと、ほとんどふりがつけれないので、威力は低いのだ。

 首の後ろに手をまわして、相手の首の後ろで手を組み、首を引き倒した状態、つまり首相撲の状態でからなら、ひざはかなり危険な技とはなるが、そんな体勢まで持っていければ、他の技でも十分な威力があるのだから、わざわざ使う必要もないだろう。

 空手も、もちろん近距離での「どつき合い」にも慣れているが、何しろ普通はひじを使うのだ。もちろん、エクストリームではひじは禁止されているので、近距離での主武器が使えないことになる。

 おまけに、蹴りは距離がある方が良い。これだけの条件がそろえば、何故か普通とは反対の意見が出てくる。

 つまり、ボクサーとは離れて戦え、ということになる。

 もし、浩之が戦うことになれば、間違いなく近づいた方がいい。そんなにまだうまくはないが、組み技が使えるのだから、そうすべきだが、寺町は空手を使う。しかも、聞くだけならば、組み技を使う気はさらさらなさそうだ。

 見たところ、寺町はリーチも長い。少しぐらいスピードでひけを取ったとしても、十分に挽回できるだろう。

「……まあ、正直、部長がそこまで考えてるとは僕も思ってないんですが……」

 寺町の作戦を賞賛しているのを見て、中谷がぽりぽりと頭をかく。

「何せ、やる行動一つ一つがわざとらしいくせに、まったく他意がない人ですから。今回も、あんまり深くは考えずにやってたと思います」

「寺町ならありそうな話ね……」

 さっきまでは感心していたのだが、言われてみれば、寺町は頭の働く方ではないというか、間違いなく頭のめぐりは悪い方なので、行動に意味がなかったと言われて納得してしまった。

 しかし、綾香は思ったよりも寛大にそれを評価した。

「いいんじゃないの? 間違いなく、対戦相手は固くなってるし。天然バカでそれがうまく働くなら、それはそれで才能よ」

 天才は、運も味方につける。綾香は、それを持論としていた。世の中、どうにもならないことがある、しかし、それを、何故かどうにかしてしまう、それは十分な才能だ。

「……考えれば出てきそうな作戦ではあるけどな」

 頭があればそんな才能いらない、浩之の突っ込みは非常にまとを得ていた。

 かなり厳しいというか、自業自得な評価を得ている寺町であったが、そろそろ試合が始まりそうな気配だ。相手の選手も上半身裸で、ボクシングをする格好、唯一、いつもはグローブをしている手が、ウレタンナックルをはめてはいるが、それ以外はもしかしたらボクシングの試合をするつもりでそこに立っているのか、軽くフットワークを使って体を温めている。

「両者、位置について」

 審判の合図で、二人が開始位置につく。

 相手の選手が注目されているのか、はたまたさっきの蹴りで、または今まで色々やってきたおかげで注目されているのか、かなりの人数がその試合を見ようと集まっている。

「レディー」

 相手選手、四ツ木選手が素早くかまえを取る。それに対して、寺町はゆっくりと大きく構えを取った。表情は、思ったよりも落ち着いている。

「ファイトッ!」

 四ツ木選手がいきなり素早く動く。ただし、寺町に向かうわけではなく、寺町の横に回りこもうという体勢だ。

 寺町は落ち着いてその場で相手の方を向く。

「落ち着いているわね」

 坂下が言うまでもなく、寺町の動きは落ち着いていた。いくらボクサーの動きが速くとも、動いていない相手の横に回り込めばそれなりの時間がかかる。少なくとも、相手が振り向く方が速いに決まっている。

 唯一の手は、相手に近づきながら横をすり抜けることだが、横に広い寺町の構えは、それを許さない。さっきのデモンストレーションの蹴りが効いているのだ。うかつに相手も飛び込むことができない。

 寺町は、横に広かった構えを、今度は中央に集める。明らかに攻撃態勢に入ったのがわかる。相手も、いくらか間を取って様子を見ている。

 寺町は、左半身の構えから、ゆっくりと右腕を上に構える。普通はあまり見れない構えだ。ひじが脇から離れているので、見た目には蹴りの餌食になりそうに見える。

 しかし、綾香はそれをも評価した。

「天然バカかもしれないけど……うまいわね」

「確かに……駆け引きをよく知ってるみたいだな」

「はい、私でもああいう動きをすると思います」

 坂下以外の3人の評価は高かった。

 蹴りは警戒するべきだ。だが、上に構えられた拳は、どうしても意識を集中してしまう。ボクサーの悲しいサガだ。いつもはその拳のことしか見ていないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 そして、それが何故うまいかと言えば、ボクサーは無意識に拳に集中してしまうが、蹴りの怖さを忘れたわけではない。拳は気になるが、蹴りは警戒、もしかしたらタックルが来るかもしれない……そんなことを色々考えていれば、集中力は散漫になるし、消耗も激しい。

 こういう「何でもあり」に出てきた打撃格闘家に対する見事な心理戦だ。

 だが、坂下はこめかみを押さえていた。

「あのバカは……」

 中谷も同じ評価なのか、苦笑しながら肩をすくめている。

 いつの間にか、寺町は相手をコーナーに追い込んでいた。上からと下からのプレッシャーで、相手を後ろに下がらせたのだ。もっとも、それが自分の意思でやったのかたまたまなのかはいまいち判断つかない男ではあったが。

 フッ、と一瞬だけ寺町の筋肉から力が抜けるのが見えた。それは、次の爆発的な動きに対する準備なのを、少なくとも女子3人と、対峙している四ツ木選手はわかったろう。

 次の瞬間、寺町は、咆えた。

「セィヤァッッ!!」

 ただでさえ大きな声で、まるで相手に叩きつけるような激しい掛け声に、ビクッと震えた四ツ木の身体は、それでも反応して横に飛ぶように逃げていた。

 しかし、寺町は拳を放っていなかった。

 拳が飛ぶよりも早く、四ツ木選手はガードの体勢に入る。すでに声に驚いた足には、逃げるだけの余裕が残っていないのを素早く察したのだろう。とにもかくにも、ガードは間に合った。

 ズバァンッ!

 次の瞬間、寺町の右の打ち下ろしの正拳が、その位置から、まっすぐにに四ツ木選手の頭をガードごとぶち抜いた。

 

続く

 

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