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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(36)

 

 一直線に打ち込まれた右の打ち下ろしの正拳は、四ツ木選手の左のガードをぶち抜いて、さらに顔面を突き抜けた。

 ガスンッ!

 四ツ木選手の頭が、拳をくらった威力を殺しきれずに、そのままマットに叩きつけられて重い音をたてた。

 会場に、大きな歓声が沸く。今までもそれなりの試合はあったが、打撃を受けた相手が威力が強すぎて勢いをつけて頭からマットにたたきつけられるようなことなど、今までなかったし、今までもほとんど見たことがない光景だろう。

 倒れた四ツ木選手は、ピクリとも動かないが、あまりの技に、審判もすぐに判定を下せないようだった。

 しかし、寺町は、何故かグラッと身体をゆらして、何とか踏みとどまった。

 一般の観客は不思議に思っているようだが、近くで見ていた選手や、浩之達には何が起こったのかわかっていた。

「相手の選手、あの打ち下ろしの正拳に、右のカウンター合わせたわね」

「……ああ、なかなかできることじゃないな」

 そう、浩之にはそんなことをする自信はない。あの相手までの最短距離を一直線に打ち下ろされる正拳を、避けれるかさえ怪しいのだ。カウンターなど絶対に無理だろう。

 四ツ木選手はそういう意味で凄かった。あれにカウンターを合わせる技術は、さすがとしか言い様がない。

 だが、それよりも何よりも、寺町の打ち下ろしの正拳が凄すぎるのだ。

「あのバカ……まだアレに頼ってるの?」

 坂下はあの打ち下ろしの正拳の凄さは身を持って体験しているが、まさかこんな試合でアレ一つに絞った戦い方をしてくるとは思わなかったのだ。

 打ち下ろしの正拳は確かに威力もスピードも申し分ないが、総合格闘では、相手に近づかれて終りだ。あくまで遠距離用の打撃であり、それだけでは技の構成に無理がある。実際、今さっきもあのスピードがあってもガードされてしまった。

「はい、でも、前よりもさらに磨きをかけた、と部長は言ってますよ」

 苦笑はしているが、中谷はそれを全面的に信じているようだ。

「技に磨きがかかったと言うか……」

 まあ、きっと何も考えてはいないのだろうし、あの正拳に頼っているのはいただけない。それを踏まえた上でも、坂下は寺町を評価してもいいと思っていた。

 それほどまでに、ほとんど完璧な作戦であり、結果だった。

「相手の選手もガードしましたけど、打ち抜いてましたよね?」

 威力は高い方のハイキックでも、ガードされてしまえばそれなりにダメージは減らされるし、ガードごと持っていくなど、素人相手ならともかく、高いレベルで格闘技をやっている者を相手にできるとは葵には思えなかった。

 ましてや、相手は殴り合いのプロフェッショナルなのだ。その相手を、ガードごとぶち抜いて拳で一撃KOを決めるのだ。

「まあ、相手がボクサーだってことを完璧に読んだ作戦だったわね」

「あの打ち下ろしの正拳に、作戦なんかいるのか?」

 おそらく、浩之など受ければ紙のように弾き飛ばされそうな威力だ。あれだけのものがあれば、小手先の作戦など必要ないようにさえ思える。

「まず、蹴りを見せて相手を威嚇する。これは浩之にもわかるわよね?」

「ああ、葵ちゃんがたまに使うのと一緒だろ。そこまでは理解できる。ついでに、声を張り上げて相手を驚かして隙を突く部分も理解できる」

 実に単純な技、というか技でもないだろうが、声を張り上げて相手を驚かすなどという陳腐と言うよりも子供じみた技にひっかかってしまったのも、ある意味仕方ないかとも思う。

 何せ、おそらく初めての異種格闘技の試合で、しかも相手のことをかなり警戒してしまっているのだ。身体は始まったばかりでガチガチだろうし、緊張もほぐれてはいまい。

 そんな状態で、あの単純な技はかなり効果を及ぼせるのはわかる。相手も驚いて攻撃もしてないのに横に飛びのいたから隙ができたのだ。

 だが、その後は今までの機微をまったく無視しての右の打ち下ろしの正拳。頭がマットに叩きつけられるほどの威力を受けて、相手はおそらくKOだ。

「それまでっ!」

 やっと遅ればせながら審判が判定を下す。すぐにタンカが来て、四ツ木選手を乗せようとしている。確かに、かなり危険な落ち方をしたのだ。運ぶ方も慎重になっている。

「もう一つの作戦は、相手にガード、ううん、ボクサーにガードさせたことよ」

「ガード……させる?」

 綾香の説明はいまいち矛盾しているようにも感じた。いくらガードを破れるからとは言え、相手がうまくガードしたらそれまでなのだが……

「相手もさすがボクサー、反応はよかったわよ。でも、とっさできるのは、ボクシングのガードだったのよ。ボクシングでは大きなグローブをはめているから、拳はれっきとしたガードになるけど、ウレタンナックル程度じゃあ、ダメージを消したりはできないでしょ」

「……ああ、なるほど」

 浩之もやっとその意味を理解した。

 ガードというのは、守りの面ではあまり良くないやり方だ。ダメージを受ける場所をダメージの多い場所から、ダメージの少ない場所にする程度の効果しかない。

 だから普通は、ガードしながらダメージを受け流すのだ。そうすれば、ダメージをかなり減らせる。

 だが、ボクシングの場合はそうとは言い切れない。何故なら、拳には大きなグローブをはめているのだ。

 グローブをはめるだけで、ガードの効果は飛躍的に上がる。面積は広くなるし、何より、打撃の威力をかなり消してくれる。

 寺町がうまかったのは、ボクサーを、反射的に動かせたことだ。自分がグローブをつけていないことを知っていても、身体は反射的にいつものガードをしてしまう。

 そこに、あの打ち下ろしの正拳突きだ。ほとんど不完全な状態のガードをぶち破る自信は、十分にあったのだろう。

 もちろん、それでも相手はカウンターをあわせてきたのだ。決して弱い相手ではなかった。その相手を、一撃でKOしてしまう寺町の実力は間違いなく浩之を越えている。

 ……っても、あんなヤツと戦わないといけねえんだろ?

 それを考えると気がめいるが、やらないわけにはいかないのだ。もっとも、対戦するまで両方が残っていればの話だが。

 寺町もダメージが抜けないのか、すぐには帰ってこないが、それにしてもまわりのワザワザというざわめきが消えない。さっきのKOシーン以外にも、何か回りがざわめくことがあったような反応だった。

 誰かが話す内容が、浩之の耳にも入った。

「鬼の拳……」

 

続く

 

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