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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(38)

 

「やっぱり、お久しぶりです!」

 その反応は寺町という人間のキャラからはだいぶ遠いものだった。この場合、寺町なら間違いなく「誰だこの人」というはずだ。

 さてはこの寺町、偽者か?

 今日初めて寺町と会ったばかりの浩之でもそんなことを考えてしまった。

「まさか、こんなところで会えるとは思ってもいませんでした」

 感情を表に出す男ではあるが、その態度は坂下に会ったときよりも嬉しそうだ。さっきの試合が終わったときの表情よりも嬉しそうかもしれない。

「おや、俺は君に会ったとこがあったかい?」

 北条鬼一は、首をかしげながらいつもなら寺町がするべき反応をする。

 一応、北条鬼一は格闘界では顔を知らない者がいないと言われるほどに有名ではある。だから、寺町が知っているのは、もちろん十分不思議ではあるが、とりあえず冷静に考えてみればおかしいことではない。

 だが、寺町の反応は「お久しぶりです」だった。ということは、面識があるということだ。

「はは、さすがに覚えてはいないですか。まあ、暗かったですしね」

 暗かった、と聞いて、綾香はポンッと手を叩いた。

「ああ、なるほど。北条のおじ様、まだ辻斬り……」

「ああ、いや、久しぶりだね。つもる話もあるからこっちの方で話そうか!」

 そう言うと、北条は来たときとはうって変わってズカズカと試合場のまわりから抜ける。

「……なあ、俺達もいかないといけないのか?」

 流れで北条についていく連れの全員を見ながら、浩之はまあ絶対通らないであろう突っ込みを入れてみた。

「だって、面白そうだし」

 綾香はそう簡単かつ端的に答えた。結局、ここまで来れば浩之とて一人どっかに行くわけにもいかず、ついて行くしかなかったのだが。

 関係者以外立ち入り禁止の看板を越え、全員が誰もいない選手控え室に通される。

「さて、話を再開しようか」

 まわりに誰もいなくなったのを確認して、北条は振り向いた。もっとも、誰もいないと言っても、綾香以下4人と、寺町と中谷が来ているのだから、かなりいいかげんな誰もいない状態だ。

「で、おじ様、まだ辻斬りしてるの?」

「辻斬りなどという物騒な言い方はやめて欲しいな、綾香君。れっきとした果し合いだよ。向こうの合意も得ている」

「合意って……ケンカ売られたのを買うのって合意に入るの?」

「入るだろう、よく『やるかコラァ』などと答えてくれて、こちらとしてもやりやすいものだよ」

 綾香と北条の、浩之にはいつも通りの常識外れの会話を聞きながら、浩之も何となくだが事情がつかめてきた。綾香が何故寺町の「暗かったから」の言葉に反応したか気付いたのだ。

「つまり、街でも路地裏とかは暗いってわけだ」

「そういうこと。このおじ様、よく街に出てはケンカの相手探してるのよ」

「最近はさすがにガキも学んだのか、俺にケンカを売ってくるものもいなくなって残念な限りだがね」

 北条は、ふうっと大きくため息をついた。

「というか……非常識なのはいつものことだが、それってかなり危なくないか?」

 北条はそれなりに有名である。格闘をやっていない、格闘技に興味がない人間でも、それなりに知っている者はいるだろう。

 いや、北条がどうこうというわけではなく、鬼と呼ばれたほどの格闘家が、おそらくそこらのチンピラ相手にケンカをしたら、下手をしなくても相手を殺してしまいかねないし、少なくとも警察沙汰にはなるはずだ。

 それがチンピラであれ不良であれ社会不適応者であれ犯罪者であれ、相手を殴れば殴った者は罪に問われる。どんなに格闘技が強くても、それは変わらない。

 自衛のためというのなら、少しは通じるかもしれないが、どう見てもただケンカの相手が欲しいだけでそんなことをすれば、すぐにつかまるはずだ。

「……そりゃあ、あんな人が多い場所じゃあできない話だな」

「まあ待ちたまえ。俺はただ単に綾香君の物の言い方が物騒だったのと、くわしく話を聞きたかったから場所を移動したまでだ」

 まあ、この男の犯罪暦を聞いたからと言って、殺されることもあるまい。浩之一人なら生きて帰れないこともあるかもしれないが、こっちには綾香がいるのだ。『鬼の拳』とて、そう易々と倒せる相手ではなかろう。むしろ、かなりの確率で返り討ちだ。

 ……しかし、何で地区大会あたりで命の危険を感じにゃあかんのだ。

 いつも命を危険にさらしている浩之とは思えない弱音を心の中で吐く。まあ、普通じゃないと考えても、ここで弱音を吐くのは正しい。

「それで……ええと、名前は?」

「南渚高校空手部主将、二年、寺町昇です」

「錬武館館長、北条鬼一だ。一応、この大会の主催者をやっている」

 握手を求めた北条に、寺町はまるでプロ選手にあこがれる子供のように嬉しそうに握手をした。

「俺は覚えてないんだが、君とは、街で会ったのかな?」

「はい、3年前に」

 3年も前と言えば、留年でもしない限り、寺町が中学のころの話である。

「あのころの俺は街に出てはケンカに明け暮れて……」

 それを聞いて坂下が話に割って入る。

「ちょ、ちょっとタンマ。寺町、あんた、不良だったの?」

 寺町は、確かにあの打ち下ろしの正拳突きは飛びぬけているが、それ以外の打撃もかなり鍛錬をつんだ型をしていた。

 空手や柔道をやっておいて、不良になる者も多い。それは別に空手や柔道がどうというわけではなく、それをやっていれば人よりもまず間違いなく強くなるからだ。子供のまったく発達していないような自我に、その優越感はあまりに大きい。子供のころからやっていればその差はなおさらだ。

 ただケンカが強いだけでも、優越感は起こり、その結果、ろくな子供に育たないことはよくある話だ。

 坂下としては、そういう手合いが一番嫌いだ。暴力としての空手を嫌ってはいるが、そういう手合いには手加減なし、もちろん殺さない程度の最低限の手加減ぐらいはするが、で倒してやったことも幾度かある。

 寺町の、性格というか人格は、あまり好みではないが、そういう人間ではないのは、短い付き合いでよくわかっているつもりだ。どうしようもなくバカではあるが、かなり気持ちいい性格なのだ。自分の力を過信して、人に直接迷惑をかけることはないはずだ。

「別に不良という訳ではないとは思いますが……俺は、ケンカが好きだったので、それらしい相手にはよくケンカを売っていました。非常識と言われればそれまでですが、あのころに俺の相手になってくれそうな相手はそういう人間しかいなかったもので」

 ただケンカを楽しむ、そういうのは人間難しい。格闘技が好きな人間はそれなりにいるだろうが、そういう人間でも殴られれば怒るだろうし、怪我もするだろう。だから、反対に言えば、格闘技をして対戦を楽しむためには、何かの格闘技をやって、組織に含まれて試合に出るのが一番簡単で、おそらく日本では唯一の手だ。

 路上でケンカをすれば、相手は複数のこともあるだろうし、武器を使ってくることもあるだろう。純粋に格闘技を楽しむには、あまりにも危険だ。

 まあ、危険には非常に疎そうな寺町なので、そんな無茶をしてもおかしくはないような気もしないでもないが……

「俺は連戦連勝でした。高校生の一人二人なら、十分勝てました。ですが、幾度目かのとき、十数人の高校生にかこまれて……」

 寺町は、とつとつと話し出した。

 

続く

 

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