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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(40)

 

「うちのせがれとか、変わり者はいるというわけか」

 浩之は、もういいかげんうんざりだった。浩之は格闘技の試合に来たのだ。平気で気配を消してくるようなよくわからない集団に紛れ込んだのは、本意ではない。

 だが、文句を言うには、この場はいささか緊張しすぎていた。

 それほどまでに、北条桃矢の眼光は鋭かった。

 それが浩之ではない、そこにいるバカな寺町に向けられているものだと分かっていても、身が震え上がるような眼光だ。

 ……問題があるとすれば、これぐらい綾香相手ならいつも見る光景ではあるところだな。

 眼光と一緒に拳も飛んでくることを考えれば、ありがたいことに、すぐに殴りかからない桃矢の方が格段に常識人というわけだ。

「ちょっと、浩之、何か失礼なこと考えてない?」

 綾香が小声でそう言いながら浩之をつっつく。まさに言い逃れもできないところだが、浩之はこの場の雰囲気を借りて意図的に無視させてもらった。

 実際、そんな冗談を言っている場面ではないのだ。

 その緊張を感じていないのは、まあ、むしろ当然と言うか、当の本人の寺町ぐらいだろう。これから起こることを予想してか、すでに中谷は横でため息をついている。

「こちらの方は?」

「浩之君と綾香君以外には紹介は初めてになるね。こいつは、俺の息子で北条桃矢という」

 北条に促されるように桃矢は部屋の中に入ると、きっちり寺町からは目をそらさずに頭を下げた。

「北条桃矢だ、よろしく」

 それを礼儀正しいとでも思ったのか、寺町は礼儀正しく頭を下げる。

「寺町昇です。北条さんの技を参考にさせてもらいました」

「……」

 ちょんちょんと浩之は坂下をひじでつつく。

「なあ、坂下。この寺町って男、本当はわざとやってるんじゃないのか?」

 小声で、二人には聞こえないように注意を払って浩之は訊ねた。だいたい、天然にしても、なすことやることが完璧に挑発以外に見えない。

「……私も疑いたくなるけどね」

 今まで散々挑発されてきた坂下にとっては、そっちの方が完璧にわかりやすいのに、それでも坂下の人間眼はこの男をシロと言っているのだ。

 二人の会話を聞きつけたのか、横からこそこそと中谷が話に入る。

「そこが部長の一番恐ろしいところですよ。悪気がまったくないのに相手にケンカを売るんですから。それは街でも歩いてればケンカも売られますよ」

 寺町の身体が大きい。中学のころならば、少なくとも今よりはかなり低かっただろうが、きっと空手は昔からやっているだろうから筋肉は中学でもそれなりにあったろう。

 街だろうとどこだろうと、身体の大きい者には、普通不良はケンカを売ってこない。何故なら、ケンカでは身体の大きいのは強いと同意語だからだ。不良もバカかもしれないが、わざわざ強そうな相手にケンカを売るようなことはしない。弱い者を狙うのが当然というものだ。

 しかし、それでも寺町が狙われるということは、やはりかなりケンカを売って歩いていたのだろう。ケンカを売られれば、向こうとしては人数を集めるしか手はない。

「中学のころから部長は体格にも格闘センスにも恵まれていましたから、街でケンカをしても何とかしのいできてたみたいですし、本人もかなり楽しんでいたようですが……」

 しかし、街でケンカを売られるぐらいならいい。どうせそんなに強い相手などいないのだ。人数と組織を恐れさえすれば、個人を恐れる理由はない。

 だが、今寺町が本人の自覚云々はもとかくケンカを売っているのは、個人で恐るべき相手なのだ。

 もっとも、それをわかっていたところで、今度は嬉々として戦いを挑むのは目に見えているので、結局どうにもならないような気もするが……

「親父……」

 今までどちらかと言うと無口の印象しかない桃矢がスッと鋭い視線をそのまま自分の父親に向ける。

「『鬼の拳』は今まで誰にも教えてなかったんじゃなかったのか?」

「ああ、教えていない。まあ、いつも言ってることだが、教えても仕方ないしな。この寺町君は、俺の『鬼の拳』を見ただけで真似てきたんだよ」

 格闘技に真に優れた者は、相手の技を見るだけでその技を覚える。確かに物にするまでに時間はかかるが、それでも一度見ただけで、その技を覚えることができるのだ。

 そういう意味で言えば、寺町は天才だったのだろう。いや、実際、もっともバカだっただけかもしれないが。

「見よう見まねでやってみていたんですが、俺のあの打ち下ろしの正拳突き、どうですかね?」

 寺町は北条にそう訊ねたが、それは挑発というよりは、今回ばかりは仕方のないことだったろう。自分が参考にした技を使う本人がいるのだ。今聞かずにいつ聞くというのだ。

「ふむ、まあ、俺の『鬼の拳』とは違う技になっているかもしれんが……よく練ってある、素晴らしい打撃だよ」

 北条は、むしろ手放しという感じで寺町を褒めた。それは、自分の息子に対する挑発と、この場にいた寺町以外の全員が捕らえた。

 寺町に他意はないが、北条はわざとだ。

「そうですか、ありがとうございます。今まで練習してきたかいがありました」

 寺町は素直に北条の賞賛に喜びをあらわにする。

「……」

 グッと殺気が膨れ上がる。もちろん桃矢からだ。それは寺町に向かっているが、当の寺町は別に気にした風もないし、むしろ気付いた様子もない。

 こんなんでよく空手なんかやってれるよな。

 殺気に鋭い浩之からは想像もできない鈍感さだ。まあ、それだけが強さの源ではないのは、この男が完璧に証明しているが。

「……構えろ」

 桃矢は、一方的にそう言うと、自分は両の拳を上に構えた。間違いなく、北条鬼一の使う『鬼の拳』の構えだ。

 やれやれと北条は肩をするめるが、止める気はさらさらないようだ。

 しかし、その桃矢の行動に、意外にも寺町は冷めて反応した。

「中谷、この人、強いのか?」

「……伝説の空手家、『鬼の拳』の異名を持つ北条鬼一の息子さんですよ。弱いわけがないですよ。部長、もう少し選手には詳しく……」

 いつも通り答えた中谷は、しまったと言った後で口をふさいだ。もちろん、もう手遅れだ。

「そうか、強いのか」

 それを聞いて、寺町の目に闘志が宿る。

 寺町も、右の拳をゆっくりと上に構えた。

 

続く

 

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