エクストリームは基本的に誰も優遇されたりしない。
綾香は、そのキャラと強さ、美貌で、まさか予選で消えてもらっても困るので、優勝者は決勝大会に無理やり出すようにしたが、これは例外中の例外だ。
他の選手は、誰も優遇されない。いかに前評判が高かろうが、順優勝者だろうが一緒だ。試合表も、そのときくじを引いて決めるのだ。まず誰かが有利なように仕組むことは無理だ。
よって、人数の関係上シードになる選手も、最初から優勝候補に当たる可能性も皆平等だ。
しかし、確かにそれは仕組まれた様な対戦だった。
実際、その組は有利すぎた。その当事者以外の、同じ階級の全ての選手に有利すぎる話だ。
シードになる可能性も、強い相手と当たる可能性もあるなら、こういうこともある。
おそらく、出場選手の中でもトップクラスの選手が、一試合目で当たることも。
いや、こと22歳以下の部、ナックルプリンスの出場選手の中では、間違いなくこの二人は最強だろう。少なくとも、片方は最強なのは確かだ。
今までの試合でも、何人か驚かされる実力のある選手もいたが、それにしたって、修治と比べると単なるお遊びになる。それは他の選手が弱いとかそういうのではなく、修治があまりにも強すぎるのだ。
対する相手は、まだ実力のほどは見ていないが、鬼の拳の異名を持つ、伝説の空手家、北条鬼一の息子、北条桃矢だ。
実力はまだこの目で見た訳ではないが、そのいで立ちや動き、雰囲気から、強さがにじみ出ている。浩之が手を握っただけで「強い」と判断できるほどの強さだ。
一回戦目にして、事実上の決勝戦というわけだ。
トーナメント形式なので、こういうことも多々あるだろうが、これで負けた方が決勝に行けないというのもおかしな話だ。
「で、綾香はどっちが勝つと思うんだ?」
修治の実力を嫌と言うほど理解しており、かつ桃矢のことも知っているらしい綾香に訊ねた。もっとも、浩之も何となくだが答えはわかっていた。
「ダントツ、修治ね」
「やっぱりか」
分かり切ったこと聞かないでよと、綾香は肩をすくめた。
「というか、修治と桃矢じゃあ、役者が違うわね」
そこまで言うかと浩之は心の中で思ったが、突っ込まないことにした。実際、綾香が言うからにはそうなのだろうし、浩之ももちろんそれは理解している。
桃矢は、浩之が握手をしても強いとわかるほどの実力だ。だが、反対に言えば、強さが前に出すぎている。
間違いなく強いだろう、強いだろうが、それだけの選手だ。
人間同士の戦いなら、まず間違いなく桃矢は勝つだろう。それだけの実力がある。だが、怪物を、本当の怪物を相手にしたとき、単なる強い人間では、太刀打ちできない。
綾香は、その怪物であり、修治は、その綾香を苦しめた、浩之の知る唯一の怪物だ。
桃矢の実力はどこまでかは知らないが、その怪物相手に、あの姿から感じる強さでは、あまりにも拙い。
「それに、戦い方が面白くないって言うか……」
「北条桃矢の試合、見たことあるんだな」
もしかしたら雑誌などで特集などが組まれていたのかもしれないが、浩之は桃矢の存在を今の今まで知らなかった。少なくとも、地区予選に出てきているということは、去年の優勝者ではないということだし、中谷がしてくれた話にもあったように、他の出場選手から恐れられるほどの実力はあるということだ。
「経験とか、実力とか、そういうので、まだ浩之は勝てないだろうけど……ほんと、面白くない相手ね」
浩之が勝てないのは仕方ないとして、綾香の物言いに浩之はひっかかるものを感じた。
「というか、綾香、もしかして、北条桃矢と戦ったことあるのか?」
「まあね」
さらっと綾香は言ってのけた。その態度、今までの発言、ついでに、綾香の実力から見るに、勝敗は言うまでもないだろう。
「で、どっちが勝ったか聞かないの?」
「聞くまででもねーだろ。綾香があの程度の相手に負けるか?」
あの『三眼』を使うまでもなく、もしかしたら通常の本気ぐらいは必要かもしれないが、その程度だ。それでも十分強いのだから、その程度というのは失礼かもしれないが、その程度なのだ。
「百回やって百回勝てる相手ね。もっとも、面白くないから、三回目ぐらいで殺しちゃうかもしれないけど」
あはははと綾香は面白そうに笑ったが、あまり冗談に聞こえないのが浩之としては嫌な感じだ。いや、別に桃矢がどうなろうと知ったことではないが、物騒なのに変わりはない。
「面白くないって、どんな戦い方するんだ?」
「別に、普通の戦い方よ。打撃も組み技もそれなりの実力だし、動きにはそつがないし、戦い方もよく考えてあるしさまになってるわよ。でも、それだけ。面白さってのは、全然ないわね」
話を聞くだけなら、十分な実力があるようにさえ聞こえるのだが、綾香にとってみれば、それは単にそれだけの話なのだろうか。
「ま、あんまり好きなやつじゃないけど、それでも同情するわ。一回戦目の相手が、よりにもよってあの修治だものねえ」
「……まったくだ」
戦い方が面白くないという理由で、一回戦目の相手が修治というなら、それはあまりにも惨い仕打ちだろう。修治さえいなければ、ほぼ優勝間違いなさそうなのに、修治と当たっただけで、一回戦目で負けてしまうのだから。
「唯一の慰めなのは、修治が本気で戦う気があるなら、ナックルプリンス優勝しちゃうってことぐらいね」
「いや、まったくだ」
それが慰めになるかどうかは別にして、実際、修治が真面目に戦えば、優勝はほぼ間違いないだろう。いかに世界は広いとは言え、修治や綾香を倒せるような人間がそうそういるとは考え難い。
「しかし、こうもできすぎてると、何か陰謀を感じるな。もしかして、北条鬼一あたりが陰謀をめぐらせてこんな対戦にしたんじゃねえのか?」
「いや、まったくだ」
ふいに横から、聞きなれた声がした。綾香はすでに気がついていたようだが、気付いていなかった浩之はこのごろそれぐらいでは驚かなくなっていた。
「お久しぶりね、未来のエクストリームチャンプ」
「よう、修治。元気そうで何よりだ」
浩之と綾香は、皮肉たっぷりに急な訪問者を見据えた。
続く