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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(57)

 

 あかりと志保は、自分達がかなり場違いな場所に来ているのではないかと思った。

 まわりは上半身裸の筋骨隆々の男や、明らかに普通とは違うごつい体格の女子が集まっているのだ。

「えーと、ここだよ、ねえ?」

 あかりは戸惑いながら、横で同じように戸惑っている志保に訊ねた。

「ヒロが言ったのとは間違ってないけど……」

 いつもは無駄に元気な志保も、ちょっとここではしゃぐ気にはなれなかった。

 浩之はそれなりに身長はあるものの、どちらかと言うと痩せ型で、こんな場所には似合いそうになかった。何より、浩之の性格が運動部のような体質を受け付けないはずだ。

 しかし、ここに集まっている人間は、むしろ浩之とは正反対の場所に向かっているように見える。

 簡単に言ってしまうと、むさいのだ。

 髪を染めているような人間はごろごろいるが、別にプロのスポーツ選手でも最近はまったく気にせずに髪を染めているようなご時世だ。今さら髪を染めたぐらいで「不良」と言うのは、年老いた人間か、よほど固い人間でしかない。

 だいたい、髪の色どうこうで判断しなくともわかるはずだ。この場に流れる、緊張感は、はっきり言ってストイックと言える。

 ここには、女子高生、しかもかなり普通の、あかりと志保はかなり浮いている。観客にまじればそうでもないのだろうが、上から見ていても浩之は見つかりそうになかったので、選手でなくとも止められないので、試合場に降りてきたのだ。

 そう、あかりと志保は、浩之が試合をするというので、わざわざここまで見に来たのだ。

 浩之が格闘技というのも似合わない話だが、この場所の殺気に満ちたわりには真面目な雰囲気は、浩之にはかなり似合わない。

「浩之ちゃん、どこいるんだろう?」

「さあ? こんな中から探すってのはちょっと難しいかも……」

 基本的にはガタイの良い人間が集まっているのだ。あかりや志保なら埋まって見えないぐらいだ。浩之も目立つタイプではないので、はっきり言ってお手上げと言っても良かった。

「携帯は?」

「ヒロが持ってないじゃない。そういうあかりも持ってないし」

 人を探すにはもってこいの道具ではあるが、現代の若者らしくなく、浩之もあかりも携帯を持っていないのだ。

「でも、歩き回っても見つけれるとは思わないんだけど……」

「対戦表とか見たら、どこで試合するか分かるんじゃないの?」

 志保にしては珍しく的を得た意見だ。もっとも、このエクストリームの大会は、特に地区大会は時間が押しているので、試合が終わった場所から試合をしていくので、時間はまったくあてにならないので、あまりいい手ではないのだが、そんなことを知っているわけもなく、二人は対戦表が書かれている場所を探した。

「っていうか、対戦表ぐらい事前に配っておいて欲しいわよね」

 かきわけるほどの人の数ではないが、移動するには避けないといけないぐらいの人ごみの中を進みながら、志保がぼやく。

「何でも、その日に対戦表を発表するみたいだよ」

 あかりも対戦が気になって浩之に聞いてみたのだが、そういう答えを返されたのだ。これが相手が決まっていることによる色々な弊害や有利不利を消すためだとまでは知らないであろうが。

「でも、こんなところでか弱い女の子二人が歩いてると、絡まれたりしそうだけど」

 ガラが悪い人間はほとんどいないが、殺気だった人間は多い。志保の言うことは間違いなく偏見だが、見ようによってはおかしなことを言っているわけではないのだ。二人は一般の世界とは違う世界に紛れ込んでいるのだから。

「でも、そこでさっそうと浩之ちゃんが登場するんでしょ?」

「うーん、あいつにはそういう役は似合いそうになけど、あかりがそれがいいんなら、百歩譲ってそうしといてあげるわ」

 まあ、志保としても浩之に助けられるなら悪い気はしないが、あかりの手前、それを素直に言うことはない。もっとも、浩之の前なら絶対に無理してでも否定して、架空の白馬の王子様ぐらいは作っていたかもしれないが。

「浩之ちゃんには似合うと思うけどなあ」

「んなわけないって。だいたい、こんな可憐な女の子を放っておいて、ヒロのやつ何してるんだか」

「試合の準備に決まってるだろうが、自称可憐なブサイク志保」

「げげっ!」

 横から突然声をかけられ、志保はあまり可憐ではない声をあげた。

「あ、浩之ちゃん、やっと会えた」

 こういうときはあかりの方がかなりマイペースである。志保もそれは見習った方がいいのかもしれない。

「……って、ヒロ、何て格好してんのよ。セクハラで訴えられるわよ」

 浩之の格好は、上にシャツは着ているものの、あの恥ずかしい試合着だ。すぐに試合があるわけだし、着替えるわけにもいかないし、浩之もさすがにそろそろこの姿にも慣れてきたころだった。

 いや、慣れてきた訳ではないが、まわりはこんな格好をした人間ばかりだ。一人恥ずかしがるのもおかしな話なので、無視することにしたのだ。

「試合に有利な格好をするのは当然だろ。こちとら勝つ可能性を1パーセントでも上げておきたいんでな」

 しかし、そう志保に言い返したのは、志保が反論できないような少し考えなくてはいけない内容を、でっちあげたものだった。今ここで志保と口げんかをする気もなかったので、簡単に終わらせたい会話の内容だったというのもある。

「勝つって……ヒロが?」

「もう初戦はKO勝ちした後だ」

 浩之は少し自慢げに言った。

「わあ、すごいね、浩之ちゃん。私見たかったなあ」

 あかりは素直に感心している。試合も、浩之を探すついでに少しだけ見ているが、正直別次元の話で、あかりには何をやっているかさえいまいち理解できないのだが、ここで勝つというのは、なかなか凄いことなのだろうというのは予想がついた。

「ヒロ、勝ったの?」

「ああ、最初も最初、一番最初に試合組まれててな。とりあえず、2ラウンドKOだ」

 浩之が弱くはないだろうと志保も思っているが、こんな一般とは違う場所で勝てるほどかどうかは、志保にははかりかねた。

「で、次はいつ試合あるの?」

「ん、もうすぐだな。後30分もすれば第3試合場で試合だ。まあ、今度は相手が強いから、俺も勝てるかどうかはわからねえけどな」

 次の浩之の対戦相手は中谷だ。客観的に実力を判断して、浩之の勝率はあまり高いとは言えない。今からその対策をねりに少し動ける場所に移動しようとしていたところだったのだ。

「へへ〜ん、あんたが無様に負ける姿、ちゃんと見といてあげるからね」

「志保、ひどいこと言っちゃだめだよ。浩之ちゃん、応援してるからがんばってね」

 あかりが、勝てると信じてるから、まで言わなかったのは、浩之の重荷になるかもと思ったからだ。

 心の中では、あかりにとってはだが、他の誰よりも浩之が勝つことを信じていた。それこそ両手を離して、完璧に信じていた。実力を正当に評価しているわけではないのだが、それは実力を正当に、ちょっと贔屓目はあるものの、評価した葵とあまり違わないというのは、それもある意味浩之の実力と言えるだろう。

「じゃあ、試合が見える場所……うーん、ここらへんに私達いるから」

 志保は、パンフレットの地図で、浩之が次に試合のある場所にほど近い観客席を指差した。

「ああ、わかった。ちょっと次の試合の対策をねらないといけねえから、また後でな」

「がんばってね、浩之ちゃん」

「一応、応援はしとくから」

 二人の二人二色の声援を受けて、浩之は「ああ」と少し嬉しそうに笑いながら、背を向けて行ってしまった。

「怪我だけはしないで欲しいな」

 あかりの心からの心配に、志保はちょっと心の端で同意することにした。

 

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