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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(58)

 

「遅いわよ、浩之」

 綾香は不平たらたらな表情で浩之をにらみつけた。自分がまたせる分には全然文句を言わせないくせに、さすがわがままである。

 まあ、それぐらいでどうこうなる浩之でもないので、いい組み合わせと言えばいい組み合わせだ。

「すまんすまん、丁度応援に来てたあかりと志保に会ってな」

 普通ならあまりこの状況では言わない危ないセリフを、浩之は何の迷いもなく口にしていた。待たせた理由が、他の女の子に会っていたでは、綾香でなくとも納得しかねるだろうに、これもさすが浩之といえよう。

「あのねえ……」

 あまりの度胸の良さか、頭の回転の悪さに、綾香もあきれた。もっとも、それは隠し事をしない浩之の長所でもあるのだが。

「ほら、んなことはいいから、さっさと教えてくれよ。時間ないんだろ?」

「あんたが言わないでよ、遅れて来ておいて」

 ここは体育館の裏の一角。人もまばらにしかいないが、準備運動や、最後の技の調整など、選手の数はそれなりにいた。試合会場では人が多すぎるので、こういう人の少ない場所で練習するのだ。

 だからこそ、浩之も綾香もあまり目立っていない。もちろん、ここでは綾香の格好は浮くが、誰もが自分の事で精一杯なのだ。女の子一人の格好など一々気にしていられない。

「あの中谷に勝てる方法を教えてくれるんだろ?」

 浩之は、自分としては自分のことを大してプライドの高い方だとは思っていない。困れば誰にでも助けを求めるし、女の子に助けてもらったとしても、それはそれで仕方のないことだとも思っている。しかも、助けてくれる相手が、エクストリームチャンプという、強さ的には自分を遥かに凌駕している女の子ならなおさらだ。

 だいたい、浩之は今非常に困っているのだ。

 相手は、あの脅威のスピードと打撃精度を持つ、中谷だ。今の浩之のレベルでは、打撃を当てれるかどうかもさだかではない。中途半端なタックルでは、まずかわされるのは目に見えている。

 浩之はむしろ打たれ強い方だと自分では思っているが、それでもあの左右に揺さぶられる高速フックをあご先に受けたら、KOされるのは間違いなさそうだ。

 この状況でも、浩之は勝たなくてはいけないのだ。

 絶対的不利な状況で、自分が勝つためには、人の力を借りることさえいとわないと浩之は思っていた。

 いや、確かに自分一人の力で考え、練習し、実行できればそれにこしたことはないし、それが一番良いのはよく理解しているが、浩之は何故かいつもいつも往々にして、「相手が悪い」という状況に追い込まれてしまうのだ。

 これは、浩之が悪いとかではなく、おそらく、浩之の天命なのだろう。そうでなければ、綾香と知り合ってしまったことが、運の尽きということだ。

「言っておくけど、私が教えるのは、別に完全攻略法なんかじゃないわよ」

「ヒント程度でいいって。というか、さすがに俺でも教えてもらってそれを全部有効に使えるとは思ってないしな」

 綾香が教えたところで、浩之がそれを実行できるだけの能力がなければ、それだけの話である。

「一応わかってるじゃない。じゃあ、まず聞くけど、浩之はあのスピードについていける?」

「無理」

 綾香の質問に、浩之は即答した。はっきり言ってスピードに関してはレベルが違う。あれを素で捕らえれるのは、おそらく綾香レベルが必要になってくるのではと思えてしまうほどの速さを、浩之にどうしろと言うのだ。

「もうちょっと考えなさいよ」

「つっても、無理なもんは無理だからな。俺はあんなスピードじゃあ動けないぜ」

「別に動く必要はないのよ。あの寺町とか言う男が、ボクサーを追い詰めたでしょ。あれができれば問題ないんだけど……」

「それこそ無理だろ。あんな打撃なんて、俺にはないしな」

 色々、本人に自覚があるかどうかはわからないが、小細工もしたし、うまいプレッシャーのかけ方でもあったろうが、あれに関して言えば、自分の打撃に絶対の自信があるからこそああいう動きが取れるのだ。浩之には、それがない。おそらく、それは対戦相手に伝わってしまう。

「実際、俺の高速タックルでも、中谷は捕まえられないと思うぜ。全然練られた技じゃないって話もあるが、あれは一応俺の中では最速だしな」

 あれ以上となると、技を完成させるまでに、後半年以上かかるだろう。もう驚異的な伸びが期待できない以上、コツコツと練習をつんでいくしか、強くなる方法はないのだ。

「俺には無理だよ。だから、綾香に助言をしてもらおうとしてるんだろ?」

 浩之は、自分の実力を達観していた。勝てないときは勝てない相手だし、そのために助言を得ることは何ら恥ずかしいことではない。

 いや、綾香も、それを恥だとは少しも思っていない。だが、綾香は渋い顔をした。

 自分が浩之に何かを教えるのはいい。綾香は少しも惜しまないし、浩之ならば、自分の助言がなくなった途端に何もできなくなるような、そんな弱い人間だとも、才能のない人間だとも思っていない。

 だが、綾香は浩之の態度で一つだけ非常に嫌だと思ったことがあった。あったからには、綾香はそれを絶対に口にする。

「浩之、とりあえず、これだけは忠告しとくわね」

「ん?」

 綾香は、鋭い目つきになって、浩之を、見つめた。

「浩之は、浩之が思っているよりも弱くなんて、全然ないわよ」

 そう、浩之は強い。綾香は、それに確信を持っている。

 だが、浩之はそれに苦笑して答えた。

「おいおい、葵ちゃんでもあるまいし、んなこと綾香まで言わなくてもいいんだぜ? 別に俺は自分が弱いことでひねたりはしないぜ」

 葵が自分のことを本人の実力以上に評価してくれていることを、浩之は嬉しく思っていたが、綾香にはそれは似合わない、と浩之は思った。

 綾香は、鋭く、きつく、自分を攻める。それが一番バランスがいいとも思うし、うまくいく秘訣だとも浩之は思っていた。

 それよりも先に、綾香の性格上、そんなことはありえないとさえ思っていた。

 だが、綾香は真剣だった。

「確かに、浩之は私らの中では、一番弱い。でも、それは私や、葵、好恵も含めて、ただ強いだけなのよ。一試合目、相手が全然強く感じなかったでしょ?」

 それは、確かにあった。拍子抜けするほど簡単に勝てたとさえ思っていた。もちろん、それはただ運良く、相手が受け身に失敗したからだと浩之は思っていた。

 だが、それこそ浩之の思い違いだ、と綾香は思っていた。

「もう一度言うわね、浩之は、強いのよ」

 綾香の目は、浩之が見たことのある中で、それこそ何番目にか、真剣だった。

 

続く

 

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