作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(70)

 

「お疲れ様です、センパイ!」

 二人のところに帰ってきた浩之に最初にかけられた言葉は、葵のそれこそこれほど嬉しいことはないというぐらい嬉しそうな声だった。

「一応、よくやったってほめてあげるわ」

 綾香も、口ではどう言え、嬉しそうだ。地力で負ける相手に勝ったのだ。ここは素直に褒めてもいいところだ。

「ああ、ありがとう」

 浩之はふらふらとしながら、とりあえず人の多いこの場所から離れようとした。何のことはない。ここでは倒れる場所がないのだ。

 さすがにもう限界だった。どっかで早く倒れて、そのまま寝たい気分だ。そうでもしないと、次の試合には出れそうもなかった。

「大丈夫、浩之?」

 綾香が、横から肩を貸す。女の子に肩をかされるのは恥ずかしかったが、残念ながら今の浩之にはそれを遠慮するだけの力も、断るだけの状況判断もできなかった。

「とりあえず、休憩できるところに行きましょう」

 葵も、浩之に肩を貸す。綾香の怪力ならば一人でも大丈夫だろうが、もしかしたら少しは対抗心があるのかもしれない。

 そんなことは浩之にはまったく関係なく、うなだれたまま二人に引きずられるように移動していく。

 ふと、中谷はどうなっているかと思って後ろを振り返ると、寺町と坂下が二人がかりで肩を貸していた。どうも坂下はバカ一人にはまかせておけないと判断したのだろう。悪い判断ではないというか、中谷としてはかなり助かる展開だろう。あのバカに手当てなど期待できないのだから。

 とりあえず、寝転べる場所まで二人の肩を借りて移動し、二人が肩を離した瞬間、浩之はその場に倒れた。

「セ、センパイ、大丈夫ですか!?」

 あわてた葵が浩之を持ち上げようとするが、さすがに倒れて力を抜いている男の身体を簡単に持ち上げることはできない。

 というか、ゆっくり寝かせてくれ。

 すでに声を出す気力もなくした浩之は、葵が自分の身体をガクガクとゆらすのに、なすがままにゆられていた。

「葵、落ち着きなさいって」

 綾香は、さすがというべきか、冷静に葵を止める。

「で、でも綾香さん……」

「浩之もダメージは受けたから、もう当分動きたくないのよ。疲労もあるだろうし、とりあえず、次の試合までは時間があるんだから、ゆっくり休ませてあげましょ」

「……は、はい、そうですね」

 葵は、何とか落ち着いて浩之を放す。しかし、今度は浩之を綾香が持った。

 まあ、綾香のことだから、助けたと見せかけて、ここから鳩尾に一発、「根性入れて立て!」とかどなったり理不尽なことするんだろうなあ。

 もう外界のことは我関せず、そういう気分に浩之はなっていた。

 しかし、浩之が想像した行動を綾香は取らなかった。

 浩之を慎重に仰向けに寝かせると、浩之の頭を持ち上げた。

 後頭部に、何か非常にやわらかいものを感じた。これは何度か味わったことのある感触だ。忘れようも無い。

「あ、綾香さん」

「ん、何、葵?」

「い、いえ、その……何でもないです」

 しどろもどろになりながらも、綾香の行動をちらちらと横目で見る葵の態度に、綾香は小さく笑った。

「妬ける?」

「い、いえ、そういうわけじゃないです、本当ですよ?」

 だいぶ葵もあせっているようだ。まあ、さっきの取り乱し様に比べれば大したこともないが。

 綾香の何か久しぶりに感じる膝枕は、やはりよかった。この心地よいやわらかさの脚から、あんな殺人級のキックが繰り出されるのは想像できないが、想像さえしなければ、ただただ気持ちいいものだ。

 そういえば、あのときも勝った後は膝枕だったよなあ。

 浩之は、綾香と知り合って、何気ない勝負をしたときのことを思い出していた。

 それこそ、まるで走馬灯のように。心の端では、このまま俺死ぬんじゃないかとも思いながら。

 あのころは、綾香がエクストリームチャンプだったなど、つゆも知らなかった。今考えても無謀な勝負だったと思う。

 実に楽しい勝負だったが、きっとあれが無ければ、浩之はここに立って、間違い、ここで寝転んで苦しんではいないだろう。

 ……あんまりいい思い出にはならないような気もするが。

 とにもかくにも、浩之はあのときの勝負に勝った。綾香が手加減したことを加味しても、奇跡と言ってよかった。反対に、あれが綾香の本当の姿を呼び覚ました、言わば命取りの行為だったような気もしないでもないが。

 そう、あのとき浩之は勝ってしまった。

 勝負に勝つというのは、非常に気持ちいいものだが、あのときもそうだったが、格闘技の試合というのは、勝った気を起こさせない。きっと、受けているダメージがいっぱいいっぱいでそれどころではないのだろう。

 と言っても、一回目のような楽勝でも、あまり嬉しくないような気もする。わがままといえばわがままだ。注文が多すぎる。

 ……ああ、でも、俺、勝ったのか。

 あのときと比べれば、ずいぶんましなダメージだし、それでもあのときと同じように、勝者に贈られるのは、まかり間違って坂下が寺町にしていない限り、勝ち取るのは膝枕だ。

 そうか、勝ったのか。

 膝枕で勝利を実感するというのも、なさけない話だが、浩之は、今勝利をかみしめていた。

 ついでに綾香の膝枕の感触も。

「浩之ちゃ〜ん!」

 遠くから、聞きなれた声が聞こえた。

 そう言えば、二人の叫ぶ声も聞こえてたなあ。少なくとも、あかりの声は幻聴ではなかったろう。きっと頭を打って、聴覚がどうかなっていたのだろう。便利なものだ。

「あ、こっちです!」

 あかりとは一応面識がある葵が、あかりの声と顔を確認して、おそらくついてきている志保と一緒に呼ぶ。

 にぎやかになりそうだな、おい。

 今の状況、集まる女の子達の性格、ついでにかなりうるさい志保の存在も忘れてはいけないだろう。

 ……この状況で、休憩なんて取れるのかよ、俺?

 しかし、そうは思っても、寝転んだままの浩之には取れる手は、ただ結果がどうなるか予測する程度でしかないのだが。

「浩之ちゃん、大丈夫!?」

 葵の比ではなく取り乱したあかりが飛んでくる。

「ヒ、ヒロ、生きてるの?」

 さすがに、志保もその姿に驚きを隠せないのだろう。まあ、一般的な女子高生が生であんな試合を見ることはまずないだろうから、当然の反応とも言えなくもない。おちょくることまで考えれないのかもしれない。

 しかし、少なくとも、浩之にはこれだけは言えた。

 絶対、静かにはならない、と。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む