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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(71)

 

 まあ、何はともあれ……

 浩之は、動かしたくもない腕をあげて、シッシッと二人を追いやろうとした。

 しかし、今の状況では二人ともそんなことは全然関係ないようだった。

「浩之ちゃん、いっぱい殴られてたから、心配で心配で……」

 閉じた目で姿は見えなくても、あかりがどういう顔で泣きそうな声をあげているのか、手に取るようにわかる。長年連れ添ってきた幼馴染みだ。それぐらいのことは当然だ。

「ヒロ、大丈夫なの?」

 反対に、いつもは絶対出さないような声を出しているのは志保だ。まあ、あれだけ一方的に殴られていたし、今も二人が来ても声さえかけないのだ。心配しても仕方ないとは思う。

 しかし、綾香に膝枕をしてもらっている体勢を見せてしまうというのは、ちと問題だ。

 だからと言って、今の浩之に何ができるわけでもないのだが。

「大丈夫よ、ダメージはそんなにないわ。次の試合には十分出れるわよ」

 綾香は、あわてふためくあかりと志保を他所に冷静だ。格闘経験がない二人だから仕方ないとも思えるが、葵もかなりあわてふためいていたので、どちらかと言うと性格の問題だろう。

「次の試合って……まだ、あんな危ないことするの、浩之ちゃん」

 あかりはもう心配で心配でたまらないという声だ。浩之が少し怪我をしただけでも大騒ぎするような過保護なあかりには、格闘技をしている、ついでにかなり手酷くやられている浩之の姿を見てあわてないわけがない。

 だが、このままでは何ともなさけない。今の格好はともかく、格好の一つもつけたくなってきた。

 浩之は、何とか口を開いて言った。

「見たか、勝ったぜ」

「う、うん」

「うれしくないのか?」

「う……ううん、でも、それよりも心配で……」

「かっこよかっただろ?」

「う……う、うん」

 ぺしっと綾香は浩之の頭を軽く叩いた。信じられないことに、あの綾香が手加減している。一応、浩之の身体のことを気にかけているのかもしれない。

「何かっこつけてるのよ。こんな状況で」

 女の子に囲まれて、しかも美人な綾香に膝枕だ。多分、かなりまわりの男達の目線は冷たいか、怒りで鋭いかどちらかだ。

 だが、実はそれよりも多い、浩之を観察する目があった。さっきの試合で、一回戦も含め、すでに浩之はマークされるべき選手になっているのだ。

「いいだろ、人が誰にどこでかっこつけようと。なあ、あかり」

「う、うん。でも、無茶はしないでね」

 格闘技していて、無茶をしないというのも無理な話なので、浩之は無視させてもらうことにした。しゃべるのもおっくうだということもあるが。

 しかし、さっきから何故か志保が無口だ。あかりよりもこういうのに弱いのだろうか。

「志保、元気ねえなあ」

「そりゃあ……あんたがあれだけボッコボコにされてるのを見るのは気分が晴れるから、満喫してたところよ」

 薄目で確認、かなり心配そうな顔だ。今まで、こんな志保の顔を見たことがない。まあ、無茶ばかりの志保を心配させるのだ。よほどショッキングな姿だった、ということだ。

「いいわねえ、浩之。女の子に囲まれて」

「今、俺の状態が最悪なので、今度調子のいいときに頼むわ」

 軽口を叩いてから、浩之はまた目を閉じた。

「センパイ……?」

 ふいに誰にも反応しなくなった浩之を、葵が心配そうな顔で覗き込む。

「……眠ったみたいね」

 そう、浩之はこんな状況にも関わらず、熟睡していた。

 しかし、それは一秒でも早く身体を回復させようとする行動だ。競技者としては、むしろ才能と言ってもよかった。今自分に何が一番必要なのか、身体が理解しているのだ。

「でも……本当に、浩之ちゃん、大丈夫なのかな?」

 あかりは、それでも心配そうだった。無理もない、幼馴染みが、いきなりこんなバイオレンスな世界に足を突っ込んでいるとは、さすがに思わなかったのだ。

「まあ、大丈夫じゃないわね」

 綾香はさらっと言いのけた。もちろん、浩之が熟睡していることを知っての発言だ。

「一回、ダウンを取られるほどのダメージを受けてるし、試合中ほとんどの場面で殴られていたから、いくら相手の打撃が弱かったとしても、そう簡単に回復するようなダメージじゃないわ」

「でも、次の試合も出るんでしょ?」

 志保も、やはりさすがに浩之が心配なのだろう。そう質問してくるが、綾香にしてみれば答え方は一つしかない。

「もちろんよ、でなければ、何のためにこんな思いをして勝ったのかわからなくなって来るじゃない」

「そりゃそうなんだけど……ヒロ、きつくないの?」

 浩之は眠っているので答えれないが、かわりに綾香が答えた。

「かなりきついと思うわよ。しかも、多分相手は……」

「次の浩之ちゃんの試合の相手、強いんですか?」

 あかりは心配そうに聞く。

「……強いわよ、バカだけどね」

「……勝たなくてもいいから、怪我しないで欲しいな」

 あかりがボソリと言った言葉に、さすがに葵がうっと顔をしかめた。浩之がどれだけ苦労してこの日を迎えたのか、それが勝つため以外に理由を持たないことを知っていたから。

「あの……」

 それを口にしようとした葵を、綾香が手で止める。人それぞれ、特に、あかり達は格闘技とは縁のない世界で生きているのだ。それに、友人の怪我を心配するのは、むしろ心優しい証拠だ。葵には許せないことでも、あかり達は、浩之のことを思っているのだ。

 そして、少なくとも、あかりは浩之のことをわかっていないわけではないのだ。

「……でも、浩之ちゃん、きっと無理するんだろうな。勝って、あんなに嬉しそうだった浩之ちゃん、最近見たことなかったし」

 あかりには、格闘技などどうでも良いのだ。だから、怪我をしないで欲しいし、負けてもいいと思う。

 だが、それでもあかりには、浩之が何を望んでいるのかはわかっているのだ。さすがは幼馴染みと言えよう。

「だったら、応援してやることね。力にはなれないけど、励みにはなるわ」

 その葵の無意味な応援に、浩之は先ほど反応したのだ。まったく意味がないわけではないのだ。

「うん、そうします」

「……ま、しゃーないわ」

 二人は、口ではそれぞれ反応は違ったが、浩之のためになることを、少しでもしようと心に誓っていた。

 

続く

 

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