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最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(77)

 

 いかに寺町が不利な状況かは、浩之にもよくわかっている。フックの直撃を受けた上に、タックルで倒されてしまったのだ。これで負けるなという方が無理な話だ。

 しかし、寺町はそれでも、何とか相手の腰に脚をかけて、マウントポジションを避ける。

 相手の胴体を脚ではさむようにすれば、下になっても、かなりのところ防御できる。全力で脚を絡められれば、どんなに屈強な者でも外すのは難しい。

 ダメージを受けた中でも、寺町は、一番良い対策を取っていた。それがとっさに動けるのだとしたら、寺町は間違いなく、組み技へ対抗する術を持っているということだ。

 しかし、相手に上にのられたのは間違いなく、それはいかに脚で相手を止めていたとしても、上の方が有利なのだ。ダメージも抜け切っていないのだろうから、寺町の不利には違いない。

 その上、寺町の格好は……

 相手は、寺町の道着をつかんで柔道でいう絞め技、スリーパーホールドをかけようとしている。寺町は、あごを引いて、何とかそれに対抗しているが、上に乗っている方は、そのまま体重を下にかけれるのだ。寺町の不利には違いない。

 寺町は、この試合に律儀に空手着を着て出ていた。空手着は確かに柔道着とは違うが、それでもえりのある服にはかわりない。それは絞め技にとっては何よりの助けだ。

 しかも、倒れてしまったら、もう打撃は使えない。寺町ならその体勢からでもある程度の有効打を出せるかもしれないが、ルールで反則のことをやるわけにはいかない。

 いや、有効打が出せなくともいいのだ。問題は、打撃系の格闘家が打撃を封じられて何ができるか、そこにつきる。

 ただやられるのを待つだけだろうが。

 浩之は心の中でつっこんだ。必死に守りに入る寺町の姿は、もう負けの決まった中の、最後のあがきでしかないのかもしれない。

 次の俺の相手は、こいつか?

 正直、実力的に見ても低い相手ではない。おそらく、反則は最後の手のはずだから、あまり警戒するに値しないのかもしれない。

 むしろ、この後藤勇一が次の相手なら、もしかしたら勝てるかもしれないのだ。実力でも、下手をすれば反則勝ちを拾うことだってできるかもしれない。

 そうなれば、二位は確定なので、本戦に出れる。

 少なくとも、素直に寺町と戦うよりは、間違いなく勝ち目はある。

 そう思っていても、浩之は後藤勇一を応援する気にはならなかった。審判にわからないところでの反則は、一つの戦術の一つだとも思うが、そういうことは頭でわかっていても、心はそうそう納得するものではないのだ。

 浩之は納得できないし、きっと綾香も……

 と、浩之は横の綾香の顔が、少し落ち着いているのに気付いた。さっきまでは、見ただけで死にそうなほどに鋭い目つきをしていたのだが。

 時間が少したったので冷静になった、ということはなさそうだ。綾香は、最初から冷静だ。だからこそ怖いという話はある。

「とりあえず……なかなかやるわね、寺町?」

「へっ?」

 綾香の褒め言葉に、浩之は首をかしげた。

 いや、確かに寺町はよくやっている。足をふまれるというふいの反則をされた後に、それでも相手のタックルを抑え、それでも倒れた後も、必死で守りに入っている。ジリ貧ではあるが、それでも並の選手にはできないことだ。

 それを、綾香が評価しているのだろうか?

 それは、何か違うような気がした。いくらがんばったとしても、結果を出せなければ、そして得るものがなければ、それは単なる無駄だ。

 綾香は、そこは徹底している。そういう部分にえこひいきならともかく、がんばったというだけで何かをつける綾香ではない。

 では、少なくとも今の寺町の守りは、何か結果を出せるということになる。

 少しでも相手を疲れさせて、次の浩之の試合に有利になるようになる。浩之はまずそれを考えたが、綾香が弱い相手を欲しているわけが、例えそれが綾香自身ではなくて、浩之のことであろうとも、あるわけはないし、そもそも、いかに疲れさせたとしても、次の試合までには回復している可能性は高い。後藤勇一は、大きなダメージはまだ受けていないのだ。

 では、このまま耐えれば、寺町は勝てるというのだろうか。本人も言っていたが、おそらく寺町は打撃しか狙わない。というか組み技の練習などしてこなかったはずなのだ。このまま組み技を続けても、得るものなどないはずだ。

 しかし、こうなってしまったら、寺町は立ち上がることは無理だ。

 八方塞がり、浩之にはそう思えた。

「よくやってるって……何がだ?」

 浩之は、答えを出せずに、綾香に訊ねた。

「よくねばってるじゃない」

「そうだが……それって勝ちにつながるのか?」

「さあ?」

「さあって……」

 綾香の無責任な返事は、しかし、ただ単に無責任というわけではなかったようだ。

「よくやってるわよ、実際。タックルを何とか少しでも抑えて、倒された後も、脚をからめた上に、あごを引いて絞め技を避けてる。手は自分の空手着の襟を持ってるでしょ? あれは、絞め技を防ぐのと同時に、相手の関節技からの回避にもなってるのよ。寺町の握力で襟をにぎられたんじゃあ、腕は取れないわよ」

 なるほど、と浩之は納得する反面、まったく解決策にはなっていないような気がした。

「本当に、がんばってますよ」

 葵も、少し目をキラキラさせながら言った。葵は感情移入しやすい様な気もするが、それは何か一種の尊敬の眼差しであるようにさえ思えた。

「こうなってしまったら、確かに、こうするしかありません。でも、それを実際にやるとなると、ダメージを受けた状態では困難です。私にも、ここまでできるかどうか……」

 葵は、間違いなく寺町の行為に感心しているのだ。負けそうになっている寺町の動きに、葵が感心し、綾香が褒めるだけのものがあるというのか?

 もう、負けるしか手は……

「あ……」

 浩之は、思いついた。負けない手が一つだけあった。その後に勝ちを拾えるかどうかは、綾香の言う通りわからないが、このどうしようもない状態を打破する手は、あるのだ。

 ならば、寺町は凄い。よく、ここまでこれを実戦できたものだと浩之も素直に関心した。

 よく、ここまで時間稼ぎをしたものだ。

 寺町は、根気良く守りに入っている。それしかない、それしかないが、本当によくやった。

「ストップッ!」

 審判の声が、とうとうかけられた。

 

続く

 

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