作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

三章・試合(86)

 

 間違いない。

 浩之は確信した。

 桃矢は、意味があるかどうかなど問題にしていないのだ。そして、絶対にその両拳だけで、さらに言えば、その鬼の拳だけで勝つつもりだ。

 技にこだわる、というのは、総合格闘技ではあまり褒められた行為ではない。

 練習に練習を重ね、その技に絶大な信頼を得れるほどになったとしても、同じ技を使い続ければ研究もされるし、もし相性の悪い相手と戦ったときには、勝つのは難しい。

 綾香はオールマイティーに何でもこなすし、葵もハイキックは得意技ではあるが、それだけ使って戦うわけではないし、ほとんどはコンビネーションに入れている。坂下もミドルキックを得意としているが、それもただ得意、という程度のものだ。

 寺町の打ち下ろしの正拳突きは、むしろ規格外なのだ。しかも、寺町はあそこからさらに天然で戦略を組み立ててくる。うまいプレッシャーのかけ方や、フェイントの使い方。そういうものをプラスしても、さらに普通の技も使うのだ。

 見たところ、桃矢と相手選手の間には大きな実力の隔たりがあるように見える。鬼の拳が、もし完璧に使えたとしても、はっきり言って桃矢のレベルなら必要のない相手だ。きっとタックル一発で捉まえて、すぐに料理できるだろう。

 しかし、桃矢は、わざわざ鬼の拳を使う。それは間違いなく、寺町や、すでに帰ってしまった修治や、そこで見ている北条鬼一に対するものだろう。

「シッ!」

 意を決したのだろう、相手選手が、飛び込みざまに右のストレートを放つ。

 バシッ!

 しかし、このストレートも、上から叩きつけられるような右の打ち下ろしの突きで、外側に弾き飛ばされる。だが、それを相手は読んでいたようだ。

 その打ち払われた動きそのまま逆らわず、素早く回転した。

 うまい!

 浩之はそう思った。相手の打撃があまりにも常識を外れているのだから、まともにやれば折れる。ならば、相手の力を利用すれはいいのだ。

 しかも、相手の打撃を受け流しながら、当然相手の意識は攻撃を弾き飛ばした方に向いているはずだ。

 この後ろ回し蹴り、避けるのは難しい。

 桃矢の力を利用しての後ろ回し蹴り、自分の身体で死角を作っての打撃だ。スピードを考えてえも、避け難いはずだ。

 ドウッ!

 聞こえてきたのは、一発目の力に逆らわなかったときに聞こえて軽い音ではなかった。重い、とにかく重い音だった。

 相手選手の身体が、その力に負け、横に跳ね飛ばされる。

 倒れることもなく、すぐに体勢を立て直すが、対戦相手は、信じられないようなものを見る目で桃矢を見た。

 右のストレートに大して、右の拳。確かに、言われてみればおかしいのだ。

 セオリーならば、というか、少なくとも桃矢のようなレベルになれば常識のはずだ。相手の打撃は、相手の身体の内に向かうように弾くことぐらい。

 絶対、とまでは言わなくとも、それがいいに決まっているのだ。

 例えば右のパンチを外側に弾けば、相手は自分を正面にとらえることができる。反対に、相手の打撃を内側にに弾けば、そのまま相手の後ろにまわれるのだ。

 それを、いくらやりやすい方向ではあるとは言え、右で外側に弾くなど、まったく正反対ではないか。自分は相手に背を見せることになるし、相手は正面に自分をとらえる。

 絶好の反撃体勢だ。そんな体勢を桃矢が許すとは思えない。

 おそらく、桃矢はそれをわざとやったのだ。誘っておいて、流せない状態で、相手の打撃に合わせて拳を打ち込む。

 しかし、これだけの作戦ならば、ひっかかる方が悪い。それだけなら相手も驚愕などしなかったろう。

 対戦相手が驚愕したのは、その作戦にではない。

 きっと、渾身の力を込めた後ろ回し蹴りだったのだろう。桃矢ほどの選手をそう何度も出し抜けるとは思っていないだろうから、これで決まらなければ、勝てないとさえ思って放った後ろ回し蹴りだったはずだ。

 桃矢は、こともあろうに、それを拳で、身体ごと弾き飛ばしたのだ。

 後ろ回し蹴りで相手が後ろを向いた瞬間に、桃矢は一歩踏み出し、丁度相手の膝の後ろ辺りに拳を叩き込んだ。

 そして、そのまま力任せに横に弾き飛ばしたのだ。

 恐るべき力だった。それは寺町と同等か、それ以上の力だ。しかも、技をそれで無理やり押さえ込む辺り、その二人の拳は同じだった。

 しかし、それも仕方のないことなのかもしれない。何故なら、二人は目標や参考にした人物が同じなのだから。

 ズイッと動きを止めた相手に向かって、桃矢は歩を進めた。もう格付けは済んだ。後は仕留めるだけ、そう言っているかのようにさえ見えた。

 その桃矢に対して、相手は果敢にも迎え撃った。カウンターで一撃入れば、倒せるかもしれない、そう思ったのだろう。幸い、桃矢は組み技を使ってこない。

 相手も一回戦を突破しているのだ。実力も、それなりにあるのだ。臆して逃げるようなまねはしない。

 だが、むしろ、今回ばかりはその方が正しかったのかもしれない。

 ズドンッ!

 桃矢の一撃が、相手のガードを弾き飛ばした。本当は避けたかったのだろうが、間に合わなかったのだ。

 一撃で、ガードの両腕が跳ね飛ばされ、しかし、次の打撃に対するために相手は腰を落とした。上からの打撃だ。上体を落としてしまえば、目標を無くす。

 しかし、対戦相手と同じように、桃矢も腰を落としていた。

 対戦相手は、とっさに頭をあげて逃げようとした、相手が腰を落とせば、当然立ち上がったり上体を後ろにそらせば拳は届かない。

 だが、腕のしびれが取れるにしろ、頭をあげる動作にしろ、桃矢にとってみれば、もう一撃入れる余裕は十分ある時間だったのだ。

 バグンッ!

 桃矢のアッパーのような拳が、相手の身体を大きく上にそらした。その威力を、首では殺し切れず、上半身ごと上に持ち上げられたのだ。

「まだ余裕はあるだろうけど、やりすぎね」

 綾香の言葉の次の瞬間には桃矢は腰をあげて、再度構え直した。すでに対戦相手に意識はなかろう。だが、桃矢の目はまだ続きを求めていた。

 ズォンッ!

 桃矢の渾身の鬼の拳が、対戦相手の鳩尾を貫いた。

 重く鈍い音にも関わらず、相手の身体が後ろに一メートルほどずれる。

 ゲェッと、対戦相手は胃の中のものを吐き出しながら、その吐しゃ物の上に崩れるように倒れた。

「フンッ!」

 その壮絶な光景を作り出した本人は、一息気合いを入れると、審判の判定を待った。

「そ、それまで!」

 審判は、あわてて試合を終わらせ、救護班を呼んだ。

 胃の中の物を吐き出さされた対戦相手に、桃矢はもう一瞥もくれることはなかった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む