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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(6)

 

「うまいわね……」

 この大会が始まって、綾香はそう何度つぶやいただろうか。

 試合場でにらみ合う男二人を見ながら、綾香はつぶやいていた。

「ほんとに、うまいです」

「うん、これは……なかなかね。エクストリームのレベルも、バカにしたもんじゃないじゃない」

 坂下が褒めるのも当然だ。空手の県大会だろうが全国大会だろうが、こんなハイレベルな試合はそうない。

 驚くべきことに、両方がかなりの実力を持っているにも関わらず、どちらもがその技に頼らずに作戦を立てて戦っている。

 高校生ほどの年齢なら、鍛えた技のみで勝てることはままあるのだ。作戦を考えても、それをうまく実行できるだけの実力と経験は、なかなか身につくものではない。

 だからこそ、技の鍛錬を欠かさない訳だが、この二人はさらに一段階上を行っていた。浩之など、飛び級しているようだ。

 作戦を立てて、その通りに実戦できる実力と経験。どう辛く判定しても、それがこの二人には備わっているようだった。

 寺町はともかく、浩之はどこでそんな経験をつんできたのか、坂下も疑問に思わないでもなかったが、事実、浩之は行き当たりばったりではなく、例えそうであっても、ちゃんと作戦をこなしている。

「とび蹴りとは、考えたわね」

「普通、こんな試合では使われませんもんね」

 こんな試合、エクストリームのような異種格闘技戦、どころではない。リアルファイトが売りのどの格闘技を見ても、飛び技というのは、技にはあるが、実際に試合で使われることは極端に少ない。

 飛び技の効果は、実に単純だ。威力が大きくなる。どんな小柄の人間でも、全体重にふりがつけば、威力は桁違いになる。

 反対に、飛び技の弊害も簡単だ。隙が大きすぎる。振りが大きくならざるおえず、それははっきり避けてくれと言っているようなものだ。

 だが、そこに浩之は違う要素を持ってきた。

 使われることのない飛び技、それをあえて使ったのだ。

 相手が予測できなければ、当然相手の不意をつける。いくら経験豊富な寺町でも、まさか相手が飛び技を使ってくるとは夢にも思わなかったのだろう。

 飛び技というのは、経験者にとっては素人くさい技ではあるが、ケンカでもとっさに使うには、異常な神経の図太さと、かなりの経験を必要とする。何せ、そんな大振りの攻撃、当たるわけがないのだ。

 不安定で、その後倒れる可能性も高い。そんなバカなことは誰もするわけがない。そう思わわれているだろう。浩之はそこを狙った。

「そこから、下、ね。浩之も、アドバイスなしでよく考えたもんよ」

「部長の実力を、よく理解しているから、とも取れますね」

 中谷がそう評価したのは、その下からの攻撃の意味を、ちゃんと理解したからだ。

 寺町ほどの選手になれば、例え予測不可能な飛び技にでも対応する。そして、一度ガードされるなり避けられるなりされたら、後がないのだ。

 ここは、確実に相手を倒さなくてはいけない。

 だから浩之は、寺町が反応できることさえ利用した。

 飛び技に反応して、上を警戒した寺町のあごを、下から蹴ったのだ。

 不安定な体勢の前蹴りでも、ふりがつけば必殺の技になる。浩之はそれにかけた訳だが、結局は失敗してしまったようだ。

 いや、全部が全部失敗したわけではない。

「それにしても、あれをガードできるなんて、すごいですね」

「さすがは天然格闘バカ、ってところだろうね」

 手ごたえは確かに浩之は感じていた。腰を落とした状態で、どうやって下からの前蹴りを防げるだろうか。

 だが、寺町はそれにも関わらずガードしていた。

 寺町は、ちゃんと脇をしめていたのだ。その力の使い易い状態で、何とか腕であごをかばった。

 腰を落とした状態では、自分から飛ぶということはできない。その余裕があるのなら、最初から避けれるという話もあるが、とにかく、受けてダメージを殺すというのは難しい。

 寺町は、だから身体を硬直させた。逃がせないなら、硬くして受けるのみ。

 そのごつい首は、あごを蹴られても脳をゆする力を幾分かは半減させてくれるとは言え、そのまま受けるのは厳しい。

 結論から言うと、寺町は腕の腕力で浩之の蹴りを防いだのだが、脇をしめる、という基本行動をおろそかにしなかったため、それだけの無茶な受け方ができたとも言える。

 もし、もう少し脇の絞め方がゆるかったら、おそらくさっきの蹴り一撃で、試合は決していたはずだ。

 もっとも、その後立ち上がり際に反撃するような非常識なことができる人間など、そう多くはいないだろうが。

 反撃をうまく横にかわした浩之も凄いが、綾香にはむしろ寺町の打たれ強さが気になった。実戦経験から、ダメージへの慣れが凄いのだろうが、それにしたって頑丈な身体である。

 蹴りを決めても倒せなかった浩之には、それはプレッシャーとなるはずだ。つくずく、侮れない相手である。

「でも、一撃、当てれましたね」

 葵は声を弾ませて言った。さっきまでの浩之は、惨敗するというのを自分で言っていたようなものだったのに、蓋を開けてみれば、ちゃんと互角に戦っているのだ。

「まあ、不意をつくのはうまいけど……」

 一度不意をつけれなかった以上、これからはまた一段と相手に打撃を与えるのが難しくなってくるだろう。

 まさに、仕留めたかった一撃で、取り逃がしてしまったのだ。浩之の精神的ダメージは大きいように思えた。

 寺町が、獲物を見つけた大型肉食獣のようなランランとした目で浩之を睨んでいる。それは楽しそうにさえ見えた。

 寺町は、右拳を上に構えた。

 今度はもったいぶりさえしなかった。その右拳があがっただけで、観客から歓声があがる。

 今度こそ間違いなく右拳を上に構えた寺町の姿には、隙がない、ようにさえ見える。

 それは、間違いだ。浩之の攻撃は、全部が全部失敗したわけではない。

「浩之、相手ダメージ抜けてないわよ!」

 まさに、それは命知らず。

 綾香のアドバイスが聞こえるか聞こえないか、ほぼ同時に、浩之は獣のような寺町に向かって飛び込んだ。

 

続く

 

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