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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(7)

 

 浩之が飛び込んだのは、決断と言うよりは当然だった。

 ダメージは残っているはず。それなら、ダメージが消える前に攻めた方がいいに決まっている。

 パパンッ!

 浩之のワンツーを、寺町は平凡にガードした。脅威である打ち下ろしの正拳は打たれなかった。それだけでも、今の寺町に余裕がないことがわかる。

 やはり、寺町は無理をしていたのだ。

 無理をできるというのは、確かに凄い能力だ。ダメージがありながら、それも立ち上がりぎわにあそこまでの正拳を打てる選手など、そうはいないだろう。

 だが、所詮無理は無理。何度もそれが行えるわけではない。あのとき、寺町はピンチを脱するために無理をしたが、今はそんな無理をする場面ではない。

 いや、やろうと思っても、そうできることではないはずだ。

 寺町は打ち下ろしの正拳を構えている。だが、それはこけ脅し。実際に寺町にはそれだけの力は……

 と、思いながらも、浩之はとっさに腰を落とした。

 ボヒュッ!

 寺町の打ち下ろしの正拳突きが、浩之の頭の上を風の壁を打ち破るような音を立てて通り過ぎた。

 浩之はそのままマットで手をつくと、その力を利用してあわてて寺町から距離を取る。

 まだ力を残してやがった!

 おそらく、ダメージが抜け切っていなかったのだろう。腕かどこかに負担がかかったせいかわからないが、予備動作があった。だからこそ、浩之はとっさによけれたのだ。でなければ、その目標までを一直線に突き抜く正拳をよけれなかったろう。

 まだ、攻めないとまずい。

 そう思っても、浩之は脚が止まった。

 今ここで寺町を攻めておかないと、つけいる隙などなくなる。それはわかる。ダメージが抜け切っていないので、打ち下ろしの正拳が避けれる。それもわかる。

 だが、その一撃が、どうしても浩之の出足を鈍らせる。

 くそう、今しかないのに……

 それほどまでに、寺町の打ち下ろしの正拳突きは恐ろしいのだ。威力を削られ、スピードも落ちている今でも、十分浩之には脅威なのだ。

 だが、このまま時間が過ぎてもジリ貧なのも事実。浩之は、腰を落として構えた。

 正拳突きが怖ければ、仕方ない。組み技に切り替えるまでだ。

 組み技にとって、怖い打撃は二種類。出会い頭を的確に狙ってくるカウンターと、組み付いた後のフックと膝蹴り。

 膝蹴りは、相手のバランスも悪くなるので、倒れた相手に対しての打撃が禁止されているエクストリームではそこまで脅威ではないが、腕力の強い打撃の選手のフックは怖い。

 タックルは相手の下にもぐりこむような体勢になるので、直に後頭部を相手にさらす。当然、打撃を打つ暇を与えないように倒すのがベストなのだが、寺町にはそう綺麗に決まるとは思えない。

 もちろん、自分も身体を動かして相手の打撃が当たり難くするのだが、一、二撃は受けるのは仕方ない。

 しかし、浩之は寺町の打撃、特にフックなどを受けるリスクは、なるだけ背負いたくなかった。

 寺町の打ち下ろしの正拳突きは、飛びぬけて強いが、寺町はそれだけではない。打撃の一つ一つが、ちゃんと形になっているのだ。まして、その腕力は浩之の比ではない。

 そんな相手の打撃を何発も受けるほど、浩之は打たれ強くない。

 そう思って、不用意なタックルはやめようと思っていたのだが、浩之はその考えを、試合で打ち下ろしの正拳突きを見て変えた。

 他の打撃も怖いかもしれないが、打ち下ろしの正拳突きは、もっと怖い。

 反対に言えば、打ち下ろしの正拳を受けずに済むのなら、さっさとタックルに戦略を変えるべきだ。

 打撃は、むしろ一撃与えることができただけで十分。それ以上を浩之の実力から望むのは無理というものだ。

 決めたなら、即実行!

 今ここで時間かせぎをされるのは非常に危険だ。浩之はそう思って、すぐにタックルをかける。

 ザッと一歩だけ歩を進めた体勢で、しかし浩之は脚を止めた。

「止まるなっ!」

 綾香の怒鳴り声が浩之の耳にも入っていたが、浩之は綾香に怒鳴られても、それ以上この体勢のまま距離を縮めることはできないと判断した。

 浩之は、すぐにタックルの体勢から、上体を上げて、いつもの構えに直す。

 しかし、その判断は間違っていない、と浩之は思った。綾香にしても、それが無理だと知りながら怒鳴った部分はあった。

 ……くそ、下から行くのが、こんなに怖いとはな。

 浩之は悪態をつきながらも、すぐに打撃の構えで寺町との距離を縮めた。

 ワン、ツー。

 パパンッ!

 浩之のワンツーを、寺町は難なく受ける。しかし、それが浩之の攻撃の終わりではなかった。

 ズドンッ!

 さらにコンビネーションの左ミドルを、寺町はガッチリとガードした。打ち下ろしの正拳のために上に構えられた右腕はそのままに、固められた右ももからお尻の筋肉で受けたのだ。その部分は筋肉が硬く、ダメージをほとんど受けないだろう。

 恐るべしは、その後の反撃が非常にやりやすいということだ。

 左ミドルを放ちながら、浩之はすでに身体を下に落としていた。このまま上体を上に残したままなら、間違いなく打ち下ろしの正拳突きの餌食になるのがわかっていたからだ。

 浩之はマットに手をつきバランスを取りながら、さらに変則の後ろ回し蹴りで寺町の頭を狙う。

 寺町は上体をそらしてその奇襲を難なくかわした。

 打撃は全部読まれている。

 もしかしたら、読まれているわけではなく、反応できるスピードなだけなのかもしれないが、とにかく打撃のことごとくを封じられた。

 浩之はバランスを崩したまま距離を取ろうとしたが、今度は寺町はそれを許してくれなかった。

 バランスを崩しながらも立ち上がろうとする浩之に向かって、寺町は素早く踏み込んできた。

 まじいっ!

 立ち上がろうとする浩之に合わせた動き。これは避けようがない。そして、打ち下ろしの正拳の直撃を受けて、無事に済む保障はどこにもなかった。

 逃げれない、これは。

 浩之は覚悟を決め、いや、それ以外の選択肢はなかったのだが、腕を身体の前で交差させ、足を浮かせた。

 ズバーンッ!

 浩之の身体が、軽々と飛んだ。

 

続く

 

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