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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(10)

 

 もうちょっと、かっこよく、か。

 かっこよく、とはよく言ったものだ。必死の思いで一ラウンドを戦い切って、二ラウンド目に突入しようとする者にかける言葉ではない。

 だいたい、それができれば苦労はしないっての。

 まったく、相変わらず無茶苦茶を言うものだ、あのわがままお嬢様は。

 自然に笑いたくなってくる。

 ……まったく、ほんとにいい応援だぜ。

 もちろん、笑っている場合ではないのだ。すでに試合場で待ち構えている、というよりは早く始まらないかとまるで急かすような、格闘バカの寺町を相手に、作り笑いならともかく、自然に笑みがでるような心境にはなれない。

 だが、綾香のけしかけるような応援は、確かに浩之の中で身を結んでいた。

 通じてるのだ、強敵ではあるが、絶対勝てない相手ではないのだ。

 できることなら、こんな試合いつまでも始まらないで欲しいものだが、そういうわけにもいかない訳だし、内心、少しだけだが、この試合にのぞむ気持ちが出てきた。

 勝ちたい、こいつに。

 いや、勝てるはずだ。ギリギリだろうと、紙一重だろうといい、このバカのように強い男を、倒したい。

 あんまり嬉しくはなかったが、浩之は少しだけ寺町の気持ちがわかった。あの格闘バカは、きっといつもこんな気持ちで試合にのぞんでいるのだろう。

 バカにはなりたくないよな。

 しかし、バカにならずには、この試合に勝つのは無理なのかもしれない。目には目を、歯には歯を、バカにはバカを、ということなのだろう。

「では、二ラウンドを開始します」

 浩之が試合場につくと同時に、審判から声がかかった。結局、逃げれない状況ではあるのだし、バカになっても勝つ方が、利口なのかもしれない。

「レディー」

 寺町は最初から右拳を上に構える。片角ながら、その角は人間を貫くことなど容易いのだろう。

 浩之には、そんな武器はない。両の拳、ついでに両脚を入れても、その天に向けられた右拳と比べれば見劣りする。

 ……ちくしょう、やるしかないってわけかよっ!

 浩之は、両腕をひきつけて構えた。

「ファイトッ!」

 沸き起こる歓声の中、試合が始まると同時に、寺町は腰を落とした。反対に、浩之は脚をそろえてフットワークを使い出す。

 寺町の作戦はをすぐに浩之は理解した。完璧な反撃狙いだ。

 腰を落とし、タックルを警戒すると共に、その体勢からなら、ほとんどの打撃をさばく自信があるのだろう。そして、一度捌いてしまえば、寺町には打ち下ろしの正拳がある。体勢十分で放たれるあの一撃を受ければ、KOは免れないだろう。

 さっきの飛び技に対する警戒方法がさしてされていないが、寺町のことだ。それも何か考えているのか天然なのかは別にして、対抗策はある可能性は高い。

 向こうから攻めてこないのは、やはり浩之を強敵と感じ、警戒しているからなのだろうか? であれば、今のうちに攻めておかないと、もし向こうに攻勢に出られると、浩之ではさばき切れないだろう。

 だけど、こっちの動きが予測できるか?

 案の定、寺町は浩之の構えを見て、いぶかしげな顔をして警戒を強めたようだった。

 打撃で戦うときも、さっきまではフットワークなど使っていなかったのに、戦略がいきなり変化したのに戸惑いを感じているのだろう。

 フットワークやすり足を、両方織り交ぜて使う選手はそう多くないだろう。どちらかを一方的に練習する方が効率がいいし、何より、そういう部分はすでに無意識の範囲であり、変えるという選択肢は普通ない。

 これも素人である浩之の特権か。浩之はどちらも使えたし、特に不得手な方もなかった。

 むしろ、自然にその変化ができるようになっている。覚える順番とか、運もよかったのだろうが、綾香がそうであり、修治がそうであるので、無意識のうちに真似るようになっていたのかもしれない。

 しかし、今回ばかりは、これはわざとだった。意識的に変えたのだ。

 もちろん、寺町を混乱させるという手段でもある。さっきまでの攻防で、打撃に関して言えば、やはり寺町の方が優れているのはよくわかった。

 寺町も、自分の方が打撃は有利と思っているはずだ。

 浩之が勝つためには、寺町の不利な戦い方、組み技に持っていくのが充当手段というか、それしかないはずだった。

 そこで、何故か浩之は打撃の構えを取る。

 構えはフェイントで近づいたら組み技に変える、という可能性が一番高い戦法だ。もっとも、素直に腰を落として構えた方が、相手の意表をつく以上の効果が得れる可能性は高い。

 何より、寺町は最初から組み技を警戒しているのだ。混乱はさせても、あまりメリットはない。

 ……というのが寺町にもよくわかっているはずだ。だから、この作戦は意味がある。

 深読みをさせて、混乱に乗じる手を浩之はよく使う。相手の方が実力は高いのだし、そうでもしないでも勝てないのだが、それはある意味一種の実力だ。

 さて、こいつはどう読んでくれるか。

 寺町の対応如何によっては、こちらも作戦変更を余儀なくされることもある。そこは浩之も慎重だった。

 策士、策に溺れる、ではかっこもつかない。

 もっとも、実力で劣っているからわざわざ策を弄するのだが……

 寺町は、腰を少し上に上げて、足を引いた。

 打撃、と読んでくれたな。

 浩之の作戦は、まず一段階は成功した。

 寺町の考えはこうだ。フットワークを見たところ、単なる格好だけではない。なら、打撃を狙っているのだ。その体勢からの組み技なら、即座に対応できる。そして、打撃の打ち合いなら、負ける気はしない。

 実に面白くない、つまりは強敵とはあまり戦いたくない浩之としては面白くない読みだ。

 つけいる隙が少なく、かと言って消極的ではない。むしろ、積極的過ぎるぐらいだ。これでもっと消極的な手段に出てくれれば、もっと楽なものなのに。

 作戦通りに進むのも、浩之としては困りものなのだ。何せ、寺町に一泡ふかせるためには、やはり賭けはしなくてはいけないのだ。

 作戦なしでは、賭けに持っていくことも難しいのも確かだが、生きる死ぬをそれ一回にかけるのは、やはり気持ちのいいものではない。

 寺町の目が、獲物を狙う欠食児童のようにギラギラとしている。

 もうそろそろ、攻めてもいいか?

 寺町の目はそう訴えている。男とアイコンタクトを取る趣味はないのだが、浩之は相手がわかるかどうかは別にして、目で訴えた。

 やなこった。

 浩之の考えを理解できたのかどうか、寺町の目が切実に訴えてくる。

 じゃあ、もう行くぞ。

 まるっきりわかってねえじゃねえか、おい。

 その浩之の心の突っ込みを合図にするように、二人はお互いにそれぞれの獲物に向かって、飛び出した。

 

続く

 

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