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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(11)

 

 一瞬で二人の距離が縮まる。二人の突撃のスピードは、他の選手達とは一線を博していた。

 だが、それだけに、浩之の突撃は無謀なものに見えた。

 出会い頭での打ち合いは、あまりにも危険なのだ。二人が二人とも飛びぬけた瞬発力があれば、距離はすぐに詰まってしまう。距離さえあればスピードのある打撃もよけれるが、距離がなければ、それもままならない。

 だが、その一歩を踏み出さなくてはいけないのだ。

 寺町に打ち下ろしの正拳を打たせる。それが浩之の作戦だった。

 威力もスピードもプレッシャーも申し分ない。だが、打った後は隙があるし、連打できる打撃ではない。それだけ浩之は読んでいた。

 どうやっても、この打ち下ろしの正拳は捉えるのは不可能。であれば、連打できない弱点をつくしか手はないのだ。

 いかに、その拳が恐怖であろうとも。

 打てっ!

 寺町の広い射程に入った瞬間に、浩之は念じた。リーチの分と考えていると、さらにそこから伸びてくるのだ。かなり間合いが読み難い拳だが、反対に、寺町はこの技を見せ過ぎた。浩之が距離を読む暇を与えるほどには。

 距離があれば、ギリギリでも避けれる。一度よければ、それでチャンスは来るっ!

 パンッ!

 しかし、浩之の左ではなく、右のガードを打ったのは、速くはあったが、軽い左の拳だった。

 普通のジャブ?!

 浩之の思考が、一瞬オーバーヒートする。

 寺町は伝統派に近い空手。ジャブのようなグローブでもなければほとんど効かないような技をかけてくることは、この大会一度もなかった。

 まさか、二回戦と同じに時間稼ぎか?

 しかし、寺町は一度浩之の変則飛び前蹴りを受けている。判定になれば、いかに押しているとは言え、むしろダメージが判定に大きく関わってくるエクストリームでは、不利なはずだ。

 なら、一体何を……

 策士、策には溺れなかったが、策を練るには、いささか時間が足りなかった。そして思考のために気を取られ、動きも止まっていた。

 寺町の左拳が深く引かれたと同時に、浩之はとっさに腕で左脇をガードした。

 ズバァンッ!

 左腕を引くふりもそのままに、寺町の空手の教科書があれば絶対に載ったであろうほど、完璧な形の右中段回し蹴りが浩之の身体を横に吹き飛ばしていた。

 くそっ、計られたのは俺かっ!

 ジャブにしては肘を奥に引いたのに気付かなかったら、直撃を受けていたろう。ガードしてさらに身体を打撃とは反対側に飛ばしてもまだ腕がしびれるような蹴りだ。

 もともと、浩之は寺町の打撃をガードする気はさらさらなかった。いかにガードしてもダメージは殺し切れはしないのはわかっていたからだ。

 勝つためには、避けるしかない。そう思ってのフットワークの構え、少なくともその要因の一つではあった。

 寺町は、それを読んできた、あまつさえ、それさえも逆手に取ってきたのだ。

 浩之に強い打撃が来ると予測させておいて、そこで一発力の抜いた、ただしスピードのあるパンチを打つ。

 普通ならただの牽制のジャブだが、策をめぐらせている浩之には、それはあまりにも危険なジャブであった。それに対処しようと、その意味をわざわざ考えてしまったのだ。

 ジャブはジャブ、それ以上でもそれ以下でもない。普通に対処すればいいものを、深く読みすぎたのだ。

 その空白の間に、隙の大きい回し蹴りとは、恐れ入る。もしあれが打ち下ろしの正拳ならば、反対に浩之はもっとうまく対処していたろう。少なくとも、浩之の意識は両拳に集中していた。

 左拳と、上に構えられた右拳に意識を取られているときに、横からの回し蹴りとはよく考えたものだった。

 ほとんど運でガードできたようなものだ。少なくとも、浩之の実力のみでは、今のは直撃を受けて終わっていた。

 俺が打ち下ろしの正拳を、狙っているとまでは気付いていないかもしれないが……

 寺町の追撃を逃れるべく寺町のまわりをまわるように浩之は動きながら思考をめぐらしていた。幸い、腕のしびれもそこまで酷いものではない。

 よしんば、それを読まれていたとしても、向こうはそれでもいいが、他の打撃も意識しながらは、かなりやり辛いな。

 浩之の「賭け」も、持っていくまでは一苦労のようだった。ここまで頭がめぐる上にさらに打撃も浩之の上となると、手の出しようがない。

 ……が、考えようによっては、これはチャンスだ。

 打ち下ろしの正拳の回数が減ってくれるのは、他のどんな作戦よりも嬉しい話だ。浩之にとっての一番の脅威は、やはりその打ち下ろしの正拳なのだから。

 しかし、それは寺町もわかっているはずなのに、何故打ち下ろしの正拳を打ってこない?

 不気味ではあるが、ここはプラスに考えることにした。さっきのように深読みしてピンチを招くぐらいなら、がむしゃらに攻めて活路を見出した方がよかろう。

 ……もっとも、この格闘バカに対して、がむしゃらに攻めるなんて怖いことができればの話だがな。

 寺町がどう考えているかは別にして、こっちも攻めないことには、勝てないからな。

 射程に入るのは怖いが、そうしなければ、打撃は撃てない。距離のあいた蹴りなど、寺町相手には猫の手ほども役には立たないだろう。

 こいつと、打ち合いかぁ?

 浩之は、次の瞬間には寺町の打ち下ろしの正拳の射程に入っていた。

 ぴくっと寺町の右拳が震えた瞬間に、浩之は左の蹴りを放っていた。

 こいつはフェイントだ。

 浩之の読み通り、寺町は打ち下ろしの正拳を打つことなく、後ろに下がって浩之のミドルキックを避けた。

 賭けその一、読まれたのか警戒されたのか、とりあえずは失敗か。

 何も無茶をして、いや、かなり無茶ではあるのだが、浩之は相打ちを狙っていたのだ。右を上でかまえる寺町の脇はどうしても開く。そこにミドルを入れれば、あばら骨が折れるかもしれない。そうでなくとも、かなりのダメージにはなるはずだ。自分もガードの上から打ち下ろしの正拳をくらうかもしれないが、うまくすれば、ダメージの総量で勝つ可能性はある。

 無傷で勝てる相手ではない。それは重々承知していた。しかし、それを実行に移すとは、寺町も考えていないはずだった。

 いきなり狙ったのはまずかったか?

 浩之とて余裕はない。相打ちになるにしても、なるべく早くしたいのだ。餌撒きの時間をもっと増やそうにも、その間に食われてしまうこともありうる。

 俺の心意を、寺町なら読んでくるだろうが……

 今の動き、きっと綾香や葵は目を疑っているだろう。良く見ても特攻、悪く言えば無謀な相打ち狙い。

 寺町がそれを理解して、それに合わせてくれたなら、活路はある。

 これが作戦の全貌ではないのだ。寺町に読まれた部分もあるが、寺町には読ませない部分もある。

 浩之は、そこに賭けるしかなかったのだ。このバカに勝つために。

 

続く

 

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