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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(12)

 

「センパイ、かなり無茶してますね」

 葵ははらはらしながら浩之と寺町の戦いを見ていた。

 浩之のやり方は無茶もいいところ、強敵、しかも強い打撃を持つ相手に合い打ちを狙った動きをしたのが、葵には理解できた。

「一筋縄じゃあいかない相手だもの、仕方ないのよ」

 綾香は、浩之の作戦がある程度見えていた。

 いきなり相打ちを狙ったとしても、相手は、いかに寺町とて乗っては来ないだろう、いや、寺町だからこそ、乗っては来ないと予測できる。

 寺町は自分の打撃には絶対の自信があるとは言え、最初から相打ち狙いの相手と正面からぶつかるのは得策ではない。

 脅威である打ち下ろしの正拳も、狙えば絶好のカウンターのタネだ。相手も無事にはすまないだろうが、寺町だってそれは同じ。

 まさかそんなことはすまい、と思っている以上、最初の相打ちが合わないのは当然だ。寺町としても、とどめを狙うにはまだまだ浩之が弱っていないと思っているだろうし、すぐには決めて来ないはずだった。

 そんなときだからこそ、浩之は相打ちを狙ったところもある。まさかこの段階で相打ち、というのが相手にないなら、まるまる自分の有利だからだ。

 寺町は結果として後ろに下がったので、相打ちになることはなかったが、「相打ちを狙った」という事実は、少なからず寺町を揺さぶることができるはずだ。

 そこまで浩之が何を考えて動いたかはわかっていたが……

 ……ほんとに、狙った作戦はこれだったの?

 相打ち狙いは、寺町を揺さぶることはできるかもしれない。だが、その程度でしかない。最初で決められなかった以上、寺町は平気で相打ちを狙ってくるはずだ。それだけの自信と無謀さをあのバカは兼ね備えている。

 相打ちを狙う以上、浩之が有利になることはない。こんなお粗末な作戦では、寺町を突き崩すことなど不可能だ。

 ……だったら、まだ何か隠しているのね。

 寺町に二ラウンドに入ってから押されっぱなしではあるが、それでも浩之はちゃんと勝ちを狙って何かをしているはずだ。

 隙を狙っているのだろうし、心理戦という意味では寺町に負けっぱなしかもしれないが、細々とやっている。

「あっ!」

 葵が横で叫んだのは、浩之がまた無謀にも寺町との距離を縮めたからだ。明らかに打撃を狙う腕を引いた体勢は、寺町相手にはあまりにも危なげだ。

 寺町は、突っ込んでくる浩之に冷静に、打ち下ろしの正拳ではなく、左の正拳を合わせる。今度は距離があるので、浩之は難なく避けるが、浩之自身もその場で止まるしかなかった。

「一撃で止められたわね」

 ズバシィッ!

 綾香の冷静な判断と同時に、風を切る物凄い打撃音が響いた。

 今度は、足を浮かせる間もなく、寺町の打ち下ろしの正拳が浩之のガードの上を捉えていた。

 それでも、今度は純粋に一メートルほど飛ばされて、浩之は距離を取るしかなかった。むしろ、寺町の追撃がなかっただけましな状態だった。

「今のは……危ないんでは」

 葵が、不安というよりも驚愕の色を濃くして、綾香に聞くわけでもなくつぶやいた。

「ガードごしとは言え、直撃だったわね。浩之の脇のしめが甘かったら、今ので終わってたわよ」

 綾香も、別に葵に説明する必要はないのだが、冷静に判断して語った。

 相打ちを狙って深くにもぐり込もうとしていた以上、浩之は足をうかせることができない。そこに左で動きを止めておいてからの打ち下ろしの正拳だ。浩之は相打ちを狙うことさえできなかった。

 こと打撃に関しては、確かに寺町の方が何枚も上手ね。

 左一発で相手の動きをコントロールしてしまうところなど、エクストリームの実力者と同等の駆け引きのうまさがある。

 地区大会とは言え、準決勝なのだから、そのレベルの選手がいてもおかしくはないが、今までまったくの無名だったのが信じられないぐらいだ。

 浩之は、憎々しげに寺町を睨みながらも、足が止まった。

 寺町はまだ様子をうかがっているのか、追撃に来ないが、浩之には確実にダメージが入っているだろう。

 それとも、まだ浩之が動けると警戒しているの?

 確かに……足は止まったが、浩之は動ける程度のダメージしか受けていないはずだ。それはKO寸前のダメージと言うが、その程度で根をあげるほど浩之は甘い男ではない。

「……多分、浩之はダメージをわざと負ったのね」

 綾香は、浩之の作戦を、無理やり読んだ。

「え、わざとですか?」

「……うん、間違いないわね」

 寺町が追撃して来ないのを見て、浩之は肩を落とした体勢から、また打撃の体勢に戻ってフットワークを使い出す。

 その姿は、さっきまでダメージで足が止まっていた人間だとは思えない。

「わざとダメージを負って、寺町が突っ込んでくるのを誘ったのよ」

「で、でも、それを強打者でやるのは……」

 葵の言うとおり、それを強打者相手にするのは自殺行為。寺町は十分に自分の打つ打撃の威力をわかっている。もし、辺りが浅く、それでも相手がダメージを負った格好をすれば、警戒するのは当然だった。

「それぐらいの危険は、覚悟なんでしょうね」

 相打ちを狙っているのだ。その程度の危険、大したものではない。失敗すれば無様に負けるだけだが、勝つためには、やれることを全てやらなくてはいけないのだ。

 それにしても、浩之も味な真似をするもんね。

 自分の動けるギリギリの手ごたえをコントロールしたのだ。動物的カンで動いているのだろう寺町には読まれたが、少なくとも横で見ていた葵にはわからなかった。

 大したものだ。勝つ方法を思いつかない相手に、ここまで作戦を練れるだけ、そして実行できるだけ、浩之の強さ、それは俗に執念というが、それは恐ろしいほどだ。

 でも、ここからどうするつもりなの?

 相打ちは、寺町にとっては望むところ、誘いも読まれた。二ラウンドが始まって、寺町はまだダメージを受けていないのだ。反対に、浩之はさっきわざとであっても、ギリギリのダメージを受けてしまった。

 自分が不利になる作戦まで使って……浩之は、何を狙っているの?

 何かを狙っているのだ。さっきの誘いも、決定的ではなかったが、それは浩之にとっても、必勝の作戦ではないということだ。

 ここまで来て、まだ浩之は作戦を隠している?

 ただ出せない、その隙をうかがっているのだとしても、我慢強いことだ。多くの作戦を練り、それを実行することによって、寺町の心理的プレッシャーを増やしていくというのは、その準備段階でしかないということだ。

 寺町も、だいぶ警戒している。攻めの少ない寺町は、怖さ半減なのだが、寺町はそれに気付いていないのか、そういう状態に、浩之が意識的に持っていっているのか……

 再度、浩之は寺町に対して突っ込んだ。

 ヒュッ!

 寺町の左ストレートを、浩之は難なくかわし、近距離に身体を置いた。

 だが、それで足を使い切ったのか、空く一瞬の空白時間。

 まずいっ!

「浩之っ!」

「センパイッ!」

 綾香と葵の叫び声が重なった。

 寺町の、その打ち下ろしの正拳の射程内で動きを止めるのは、まさに必死の状態。寺町の右拳は、上で構えられているのだ。

 ヒュボッ!

 思わず目を覆いたくなる瞬間、浩之は上体を落として、ダッキングで寺町の打ち下ろしの正拳の軌道から避けた。

 一直線に、相手を打ち抜き、一直線に戻る寺町の打ち下ろしの正拳突きは、空を切った。

 だが、浩之も体勢が悪い。このタイミングでは、寺町が打撃を打つタイミングの方が早い。

 コンマ何秒というその時間でタイミングをはかれる綾香も無茶苦茶だが、確かに、それは寺町の方が先に攻撃できるタイミングだった。

 しかも、足が残って……ない!

 腰の落とされた浩之には、逃げるだけの足が残っていない。しかも、脇が今回は開いている。ガードも弱い。

 寺町が、無防備の浩之の顔面に向かって、左の拳を振りぬいた。

 パンッ!

 軽い、はじくような打撃音。

 ような、ではない。はじいた打撃音だった。

 浩之の左のショートフックが、寺町の左の正拳突きを外に弾いていた。それにつられ、寺町の上体が浮いた。

 驚愕に開かれる寺町の目、浩之は、それさえ捉えていた。

 パアンッ!

 成功っ!

 心の中で叫びながら、返す刀の右のストレートが、無防備な寺町の顔面を捉えた。

 

続く

 

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