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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(14)

 

 浩之に隙を作っての、寺町の手刀が、浩之の首めがけて振り下ろされた。

 こんなとき、浩之は自分で不思議がるほどに冷静だった。

 左のケサ斬りの手刀、スピードも威力もあるが……振りが大きい。

 ブオンッ!

 浩之は、一歩後ろに下がる、それだけで、寺町の手刀は空を斬った。

 振りが大きい打撃を打てば、後は隙だらけだ。

 寺町の顔面が、浩之の攻撃圏内にさらされていた。

 ハイキックを入れれる、それで、終わりだっ!

 手刀を避けられて上体の泳いだ寺町の顔面めがけて、浩之は脚を振り上げた。葵と何度も何度も練習したハイキック、そう簡単に失敗はしない。

 ヒュンッ!

 だが、浩之のハイキックは、寺町の手刀と同じように空を切った。

 違う、空を切らされたのだ。

 さっき手刀を放って上体の浮いていたはずの寺町は、腰を落として浩之のハイキックを避けていた。

 渾身の力を込めたハイキックを避けられ、浩之に隙ができる。

 まずい、誘われたっ!

 浩之は、寺町が右の拳を上に構えるのを視界の端に捉えた瞬間に、覚悟を決めた。ガードしたところで、その打ち下ろしの正拳の威力をどれだけ防げるだろうか。それぐらいならば……

 何度も綾香のやってきたのを見てきたのだ。無理でも、今しなければ、確実にやられる。

 寺町の打撃は、そんな覚悟の後押しの時間さえくれないのだ。

 浩之は、自分の空振りした蹴りの威力を殺さずに、そのまま自分の身体を回転させた。と同時に、寺町の打ち下ろしの正拳が、打ち下ろされた。

 ズバァンッ!

 その光景に、綾香も葵も坂下も、他の観客達も、全員が息を飲んだ。

 寺町の筋肉の塊のような身体が横に跳ね飛ばされ、浩之はかわりに細身の身体を遠くまで跳ね飛ばされる。

 ガードは、間にあわなかった。ガードなしで、浩之は寺町の打ち下ろしの正拳を顔面に受けることになったのだ。

 それは、必殺の一撃と言ってもよい状況であった。

 だが、そのかわりに、浩之は寺町の脇腹に後ろ回し蹴りを叩き込んでいた。跳ね飛ばされ、倒れた浩之だったが、寺町も同じように倒れていた。

 ダブルノックダウンに、一瞬の沈黙後、ワッ会場中が沸く。

「くっ……」

 浩之は苦痛を飛びそうになる意識を何とか保ちながら、頭を起こす。

 寺町も、浩之とは離れた場所で悶絶している。いかに打撃に強いとは言え、後ろ回し蹴りの直撃だ、無事で済む訳がない。

 ……と言っても、俺もたいがいだけどな。

 きっと熱が出てこの痛みを出すには、四十二度ほどの熱が必要だろう。それだけの頭痛だった。寺町の打ち下ろしの正拳をもろに受けたのだ。これで済んでいるのが、まだ救いなのかもしれない。

 ちっ、脚にも力が入らないか。

 立ち上がろうにも、ガクガクと膝が震えて立ち上がれない。もし寺町も倒れていなかったら、このままKOになってしまうところだ。

 二人の反応を見ている審判のコールがまだないからこそ、KOをまぬがれているのだが、寺町も立ち上がろうとしていた。

 浩之はさっき、寺町の打ち下ろしの正拳突きをよけれないと判断した瞬間に、相打ちに持っていったのだ。しかも、普通なら狙うこともできないような体勢から。

 綾香のやってたのを何度も見たが、できるとは思わなかった。

 ハイキックを空かされた後に、さらに身体を回転させて、後ろ回し蹴りにつなげる。アクロバチックと言うよりは、ほとんど反則のようなコンビネーションだ。

 綾香はさらにここから、それこそ冗談のように、上段の後ろ回し蹴りにつなげるのだが、そこまでは浩之には不可能だった。

 だいたい、寺町が右拳を構える時間がなかったら、浩之もそんなことはできなかっただろう。相手が、寺町であり、打ち下ろしの正拳を寺町が狙ったからこそできた相打ちだ。

 さらに言えば、中段の後ろ回し蹴りだったからこそ、寺町の身体を横に弾いて、打ち下ろしの正拳の威力を少しでもそげたのだ。でなければ、一撃で意識を失っていただろう。

 しかし、これでダメージは、フィフティー・フィフティーか?

 浩之は、立ち上がった。寺町はすでに立ち上がっていたが、追撃の様子を見せなかった。

「君、大丈夫か?」

 どうも、審判はカウントを取っていたようだ。ダメージに耳に入ってくるものを理解できなかったようだった。

 それでも、俺は立ち上がれている。ついでに、寺町も立ってるけどな。

「はい、大丈夫です」

 どれだけまともに答えれているのか、自分でもよくわからなかったが、ここで止められるわけにはいかないのだ。

 こいつに勝つまでは、止まるわけにはいかんだろ。

 審判が寺町の方を見ていないのをいいことに、寺町もふらついていた。

 ほれみろ、十分ダメージは当たっている。ここで止めれるか。

「……君の名前は?」

「藤田浩之」

 意識があるかどうかをはかるために、名前を聞くという行為をするとは聞いていたが、何か聞かれると情けないもんだな。

 そう思いながら、浩之は構えた。その頭には、自分の負っているダメージとか、審判が試合を止めるとか、そういったものは消えていた。

 単純に言うと、ダメージでかなりのところ思考能力が奪われていた。

 だが、ダメージなら、寺町も同じだった。目だけはらんらんと浩之をにらみつけてはいるが、どこか視点がさだまっていないように見える。

 が、闘志で動いているのは、寺町も同じ、というより、こちらの方が本家、寺町も、右拳を上に構えた。

 打ち下ろしの正拳をはじくとこはできない。ならば、特攻か?

 自分の持てる技の全てを頭の中からひねり出し、浩之は作戦を考えていた。コンセプトは、「寺町をどうやって倒すか」だけに絞られており、反撃や、カウンターなどのことは少しも考えていなかった。

 浩之が、一番恐れていたことを、浩之は今やろうとしていた。

 つまり、寺町に対する近距離での打撃の打ち合いだ。これほど嫌がっていたというか、勝ち目がないと避けていたものに、今の思考力の衰えた浩之はたどりついていた。

 しかし、寺町が相手である以上、それは仕方のないことだろう。

 寺町も、すでに受けにまわるとか、そんなことを考えていなかった。自分の鍛えた身体で、強敵を倒すことしか考えていなかった。

 審判が、二人の様子を見て、そして判断を下した。

「待てッ!」

 

続く

 

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