浩之に隙を作っての、寺町の手刀が、浩之の首めがけて振り下ろされた。
こんなとき、浩之は自分で不思議がるほどに冷静だった。
左のケサ斬りの手刀、スピードも威力もあるが……振りが大きい。
ブオンッ!
浩之は、一歩後ろに下がる、それだけで、寺町の手刀は空を斬った。
振りが大きい打撃を打てば、後は隙だらけだ。
寺町の顔面が、浩之の攻撃圏内にさらされていた。
ハイキックを入れれる、それで、終わりだっ!
手刀を避けられて上体の泳いだ寺町の顔面めがけて、浩之は脚を振り上げた。葵と何度も何度も練習したハイキック、そう簡単に失敗はしない。
ヒュンッ!
だが、浩之のハイキックは、寺町の手刀と同じように空を切った。
違う、空を切らされたのだ。
さっき手刀を放って上体の浮いていたはずの寺町は、腰を落として浩之のハイキックを避けていた。
渾身の力を込めたハイキックを避けられ、浩之に隙ができる。
まずい、誘われたっ!
浩之は、寺町が右の拳を上に構えるのを視界の端に捉えた瞬間に、覚悟を決めた。ガードしたところで、その打ち下ろしの正拳の威力をどれだけ防げるだろうか。それぐらいならば……
何度も綾香のやってきたのを見てきたのだ。無理でも、今しなければ、確実にやられる。
寺町の打撃は、そんな覚悟の後押しの時間さえくれないのだ。
浩之は、自分の空振りした蹴りの威力を殺さずに、そのまま自分の身体を回転させた。と同時に、寺町の打ち下ろしの正拳が、打ち下ろされた。
ズバァンッ!
その光景に、綾香も葵も坂下も、他の観客達も、全員が息を飲んだ。
寺町の筋肉の塊のような身体が横に跳ね飛ばされ、浩之はかわりに細身の身体を遠くまで跳ね飛ばされる。
ガードは、間にあわなかった。ガードなしで、浩之は寺町の打ち下ろしの正拳を顔面に受けることになったのだ。
それは、必殺の一撃と言ってもよい状況であった。
だが、そのかわりに、浩之は寺町の脇腹に後ろ回し蹴りを叩き込んでいた。跳ね飛ばされ、倒れた浩之だったが、寺町も同じように倒れていた。
ダブルノックダウンに、一瞬の沈黙後、ワッ会場中が沸く。
「くっ……」
浩之は苦痛を飛びそうになる意識を何とか保ちながら、頭を起こす。
寺町も、浩之とは離れた場所で悶絶している。いかに打撃に強いとは言え、後ろ回し蹴りの直撃だ、無事で済む訳がない。
……と言っても、俺もたいがいだけどな。
きっと熱が出てこの痛みを出すには、四十二度ほどの熱が必要だろう。それだけの頭痛だった。寺町の打ち下ろしの正拳をもろに受けたのだ。これで済んでいるのが、まだ救いなのかもしれない。
ちっ、脚にも力が入らないか。
立ち上がろうにも、ガクガクと膝が震えて立ち上がれない。もし寺町も倒れていなかったら、このままKOになってしまうところだ。
二人の反応を見ている審判のコールがまだないからこそ、KOをまぬがれているのだが、寺町も立ち上がろうとしていた。
浩之はさっき、寺町の打ち下ろしの正拳突きをよけれないと判断した瞬間に、相打ちに持っていったのだ。しかも、普通なら狙うこともできないような体勢から。
綾香のやってたのを何度も見たが、できるとは思わなかった。
ハイキックを空かされた後に、さらに身体を回転させて、後ろ回し蹴りにつなげる。アクロバチックと言うよりは、ほとんど反則のようなコンビネーションだ。
綾香はさらにここから、それこそ冗談のように、上段の後ろ回し蹴りにつなげるのだが、そこまでは浩之には不可能だった。
だいたい、寺町が右拳を構える時間がなかったら、浩之もそんなことはできなかっただろう。相手が、寺町であり、打ち下ろしの正拳を寺町が狙ったからこそできた相打ちだ。
さらに言えば、中段の後ろ回し蹴りだったからこそ、寺町の身体を横に弾いて、打ち下ろしの正拳の威力を少しでもそげたのだ。でなければ、一撃で意識を失っていただろう。
しかし、これでダメージは、フィフティー・フィフティーか?
浩之は、立ち上がった。寺町はすでに立ち上がっていたが、追撃の様子を見せなかった。
「君、大丈夫か?」
どうも、審判はカウントを取っていたようだ。ダメージに耳に入ってくるものを理解できなかったようだった。
それでも、俺は立ち上がれている。ついでに、寺町も立ってるけどな。
「はい、大丈夫です」
どれだけまともに答えれているのか、自分でもよくわからなかったが、ここで止められるわけにはいかないのだ。
こいつに勝つまでは、止まるわけにはいかんだろ。
審判が寺町の方を見ていないのをいいことに、寺町もふらついていた。
ほれみろ、十分ダメージは当たっている。ここで止めれるか。
「……君の名前は?」
「藤田浩之」
意識があるかどうかをはかるために、名前を聞くという行為をするとは聞いていたが、何か聞かれると情けないもんだな。
そう思いながら、浩之は構えた。その頭には、自分の負っているダメージとか、審判が試合を止めるとか、そういったものは消えていた。
単純に言うと、ダメージでかなりのところ思考能力が奪われていた。
だが、ダメージなら、寺町も同じだった。目だけはらんらんと浩之をにらみつけてはいるが、どこか視点がさだまっていないように見える。
が、闘志で動いているのは、寺町も同じ、というより、こちらの方が本家、寺町も、右拳を上に構えた。
打ち下ろしの正拳をはじくとこはできない。ならば、特攻か?
自分の持てる技の全てを頭の中からひねり出し、浩之は作戦を考えていた。コンセプトは、「寺町をどうやって倒すか」だけに絞られており、反撃や、カウンターなどのことは少しも考えていなかった。
浩之が、一番恐れていたことを、浩之は今やろうとしていた。
つまり、寺町に対する近距離での打撃の打ち合いだ。これほど嫌がっていたというか、勝ち目がないと避けていたものに、今の思考力の衰えた浩之はたどりついていた。
しかし、寺町が相手である以上、それは仕方のないことだろう。
寺町も、すでに受けにまわるとか、そんなことを考えていなかった。自分の鍛えた身体で、強敵を倒すことしか考えていなかった。
審判が、二人の様子を見て、そして判断を下した。
「待てッ!」
続く