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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(15)

 

「待てッ!」

 審判の言葉を、浩之も寺町も理解できなかった。だから、二人とも距離を縮めようとしていた。

「待てッ!」

 再度言うと、審判は二人の間に割って入った。

「どけよ、そこのバカ、仕留めるんだからな」

「どけ、この相手、俺が倒さんで誰に渡すものか」

 どちらもとも、止まる気はなかった。審判が止めてよやろうとしている二人への声援が、観客席からも飛んできた。

 「やめるな〜っ!」だの、「そのままやれ〜っ!」だの、無責任なものではあったが、もちろん二人はそのつもりだった。

 二人の気迫に、審判は一瞬ひるんだが、しかし、それで下がるわけではなかった。むしろ、余計に大きな声で言った。

「待てッ、二ラウンド終了だ!」

「はっ?」

「へっ?」

「だからニラウンド終了だ。両方セコンドへ戻れ」

 いつの間にそれだけの時間がたっていたのか、ニラウンドは終了していた。しかし、実際審判以外はほとんどがその試合に見とれていて、それに気付いていなかった。

 それだけ白熱した試合だったのだ。意識が半分飛んでいたのは、何も浩之や寺町だけではない。

 実は葵どころか、綾香もそうだったのだから、審判はさすがはプロだった。

「何だ、俺はてっきり試合を止めるとばかり……」

「同じく……」

 二人が二人とも、ダメージを負いながら、意識が半分、ついでに理性が全部吹っ飛びながらも、止められるのではと理解していたのは、ある意味すごかった。

「まだ二人とも立ってきているし、外傷もない。止める理由もない。それに……」

 もう四十には到達しているであろう審判の親父は、ニカッと笑った。

「こんな面白い試合、止めたらそれこそ館長に怒られる」

 練武館の人間がここでは審判をしているのだ。もちろん、審判も格闘技を長い間やってきた猛者ばかりだ。

 というより、審判は選手の生命を預かる、大事な仕事ではあるが、反対に、それさえ守っていれば、実に格闘バカの集まりなのだ。

「自分も見てみたいしな、この試合の結末」

 ここにも寺町の親戚がいるのかよ。

 さっきまでの自分のことは完全に棚にあげて、浩之はそう心の中で悪態をつきながら、背を向けて綾香達の方に向かった。

 寺町も、同じく背を向けて中谷と坂下がセコンドをしてくれている場所に向かう。

 浩之の心境から言うと、背を向けているのをいいことに、今から寺町の不意をついて倒したいところだった。

 相手が強敵どうとかというより、完璧に頭に来ていた。怒りではなく、その打撃のダメージが。

 三ラウンドが始まるまで待てるかよ。

 寺町を完膚なきまでに倒さない限り、その気持ちは落ち着きそうになかった。

 だが、今から後ろを狙っても勝ちにならないどころか、寺町のことだ。嬉々として反撃してくるのは重々理解できていた。

 ここはおとなしく……

 綾香と葵の近くまで歩いてきたところで、ぐらりと浩之の身体が揺れる。

 ドサッ

 浩之が倒れる前に、綾香がその身体を抱きしめるように止めていた。

「お疲れ、浩之。ほんとならもう少し苦労をねぎらってあげたいんだけど」

「やめろ、人が見てる」

「じゃ、な、く、て、まだ三ラウンドが残ってるでしょ」

 ベチッ

 綾香が浩之の身体を放すと、浩之はそのまま倒れた。

「おいおい、辛いんだからこのまま抱きかかえておいてくれよ」

 そういいながらも、浩之は起き上がる。が、ダメージが多いのか、そのまま立ち上がらずに、あぐらをかいた。

「こういうとき、座るとよく気が抜けて立ち上がれなくなるって言うけど?」

「それでもいい」

 そう言われていようとも、浩之には今が大事だった。寺町から受けた打撃は、気が抜けるとかそんな生易しいものでどうこうなるレベルをはるかに超えていた。

「あ、寺町の方も膝ついて立ち上がれないみたいよ」

 綾香の応援だか実況だかわからない言葉は、浩之は無視した。向こうも同じだけのダメージを受けているというのを教えようと綾香がしていたとしても、今はまず自分のダメージの回復だった。

「センパイ、ドリンク、飲めますか?」

「ああ、ありがとう、葵ちゃん」

 ドリンクをもらおうと、葵に手を伸ばすと、ふと葵と目があった。

 今までなら、心配している顔しか見なかったような気がするが、今の葵は、何か自分に非常に期待を持った目で、そう、まるで綾香を見るような目で見ていた。

「センパイ……凄いです」

「凄いって……何が?」

「今の試合ですよ。こんな面白い試合、エクストリームの本戦だってなかなか見れませんよ」

 葵が少し興奮したようにまくしたてた。

 レベルが高い、と言わず、面白い、と言ったことに、浩之は少なからず頭の痛い思い、というか頭が痛かった。

 大の男が、鍛えた技でどつき合いをしているのだ。それは見ている方にとってはおもしろかろうが、やっている人間にとってはたまったものではない。

 実際、浩之は寺町の打撃のせいで頭が痛い。寺町だって同じ状況だろう。何度も打撃を当てたが、そのどれもが十分な手ごたえがあった。

「面白い……か」

「はい、こんな試合ができるなんて……私、改めてセンパイのことを尊敬しました!」

 尊敬の目で見られても困る。何せ、尊敬されても、ボコボコにされるまでやらなければ尊敬されないのなら、されるだけ損というものだ。

 実際、続きなど無視して、このまま倒れてるのが楽なんだけどなあ。

 そうは思ったが、しかし、それは許されることはなさそうだった。

 観客も、審判も、主催者も、きっと寺町も、葵も綾香も、許してはくれない。

 俺だって、これで終わりなんて許すかよ。

「でも、浩之……」

 許されることはない上に、次の綾香の言葉は、浩之をけしかけるには、十分な威力があった。

「……少しは、かっこよくやってきたじゃない」

 綾香は、どこか照れたように言った。褒めるという行為がてれくさかったのかもしれない。

 ……やっぱかわいいよな、綾香は。

 ただし、綾香のかわいいてれ顔を見るために、ここまでやらなければならないというのも、酷な話だ。

 浩之は、何度だって、綾香のその顔を見たいのだから。

「……まかせとけ、次はもっとかっこよくやってくるぜ」

「期待してるわよ」

 かっこよく、か。

 それがどんなにしんどいことなのかは、今のニラウンド目で十分わからされていたが、それでも、浩之はそう答えてしまった。

 わかってはいても、引けないときというのがあるのだ。

 今引くなど、浩之本人が許せない。綾香の顔を見るためも、もちろんそうだが、こんな中途半端な状態で終わりなど、許せない。

 まだ、俺は寺町と決着をつけてないんだからなっ!

 あのバカを倒すまで、浩之はゆっくり倒れることもできそうになかった。

 ようは、俺が倒れるか、寺町が倒れるか、二つに一つだ。

 浩之の考えは、冷静になっても、そこにしかたどり着かなくなっていたのだ。

 

続く

 

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