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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(17)

 

 インターバルなど、大した時間ではなかった。浩之のダメージを回復させるのには、まったくと言っていいほど時間が足りない。

 しかし、完全回復までの時間など、両方にないのだ。それよりも、今はその回復の時間で、この浩之に芽生えた、無茶苦茶な気持ちを消す方が問題だ

「さて、行くか」

「立てますか、センパイ?」

 葵の心配通り、浩之は立ち上がれなかった。言ったはいいが、ダメージでまったく脚が動かないのだ。

「大丈夫、浩之?」

 綾香が珍しく心配そうに聞いてくるので、浩之は苦笑した。

「大丈夫なわけねえだろ……だいたい、駄目だと言ったら、休ませてくれるのか?」

 そんなわけはない。気合いが足りないと言って折檻されないだけましの状況だろう。

「もちろん、そんなことはさせないわよ」

「ほれ見ろ」

「何言ってるのよ。本当なら、もうここに勝って帰ってきてるはずよ」

「無茶言うなよ」

 無茶は綾香とて重々承知。もう浩之はボロボロだ。三ラウンドを立ちあがって迎えることもできないかもしれない。

 しかし、綾香もこの試合の結果、そして浩之がこれからどうやって戦うのかを、非常に見たいのだ。ここで止めてなるものか。

 自分の好いた男の必死の姿に見惚れても、誰も文句はない、いや、誰にも文句は言わせない。

 かっこいいなんてものじゃなかった。今綾香と浩之だけなら、抱きしめて背骨の一本ぐらい砕いてしまいそうだ。

「でもまあ、本当に大丈夫じゃないかもしれないぜ。何せ、今の状況を少し楽しく感じてるからな」

「それは……」

「末期かもしれないわね」

 多分、葵は別のことを言おうとしたのだろうが、それは綾香のちゃちゃに消された。しかし、綾香の言うことももっともだった。

 頭の方も末期ではあるが、身体の方も、浩之はすでに末期だった。

 今も、試合に行こうとしているのに、身体が言うことを聞かない。脚が震えて立てそうにないのだ。しかも、そう簡単に治るものではない。

 もっとも、寺町にも同じだけダメージを当てている自信も、浩之にはあった。条件は五分五分。どちらかが根をあげるまで、このバカらしい戦いは続くのだ。

 てわけで……寺町がやれることを、俺ができないわけにはいかないんだよ!

 浩之は、ぐいっと腕の力を使って、葵に肩を借りながらも立ち上がった。少しでも倒れていたのがいいのか、何とか脚は立ってくれた。

 浩之は葵から手を放し、何度か深呼吸した。何とか、脚は立ってくれた。

「起き上がるのにも一苦労ね」

「向こうも同じだろうけどな」

 寺町も、何とか立ち上がったところだった。浩之の方を見ていたのは、おそらく同じ思いがあったからだろう。

 こいつには負けたくない。

 いや、少し違うか。浩之は自分の意見を、少しだけ正しい方向に修正した。

 こいつに、勝ちたい。

「どう、やれそう?」

 綾香は、心配そうに聞きながらも、客観的に浩之のダメージを計る。出てきた答えは……

「浩之、あんた、よく立ったままでいられるわねえ」

「自分でも不思議だよ」

 そう、不思議になってくる。ダメージは酷くて、さっさと倒れて立ち上がりたくないくせに、試合を早く始めたいという気持ちが先立つ。

 やる気がないのが、俺のトレードマークだと思ってたんだけどな。

 今日だけは、それを返上してもいい、と思った。

「思うんだ、あの格闘バカとは、俺の全精力を使って、戦っとかないといけないんじゃないかってな」

 半強制的に、浩之はこの場に立ったはずだった。綾香が脅すから、命の危険を感じて寺町と戦っているはずだった。

 最初は浩之の意志であったとしても、いつかそれは強制されていたような気がする。

 だが……ここからは、俺の希望だ。

 色々なものがある。寺町と戦うことによって得るものは、大きい。

 今、自分の横で心配そうに自分のダメージをはかっている、このわがままな女に勝つために、俺はここにいるのだ。

 そのためには、あいつを、この格闘バカと戦って、勝てば、何かそれに一歩近づけるような気がする。

 ……ああ、でも正直言うと、今俺は楽しんでいる。寺町と戦うことを、両方がそれこそ身を削って殴りあう、その時間が楽しいのかもしれない。

 それから出てくる答えなど、一つだった。

 俺は、強くなったんだな。

「葵ちゃん、綾香……」

「何ですか、センパイ」

「何、遺言?」

 誰が、と心の中で突っ込みながら、浩之は、きっといつもならおかしいなと思うことを二人に聞いた。

「俺、かっこよくやれてるか?」

 二人は、それを聞いて、思い思いの気持ちを胸に秘めながら、何故かどちらも赤面して、でも真剣に、葵は葵なりに、綾香は綾香なりに答えた。

「いつもセンパイはかっこいいですけど……今日、今は特別!」

「これで勝ったら、ほんとに認めてあげる、かっこいいって」

 後一歩。それで、後押しには十分の力となる。

「凄く?」

「はい、凄く!」

「約束するわ。凄くかっこいいって!」

「二人とも、サンキュな」

 やりがいも、ある。目的も、決まった。そして、楽しめる。

 寺町に負ける要素は、浩之にはなくなった。打ち下ろしの正拳? それに負けないだけの、後押しがある。

「浩之ちゃ〜ん、がんばって〜!」

「ヒロ〜、まけんな〜っ!」

 観客席から、聞き知った二人の声も聞こえた。それに声のした方に手をふって応える。

 別に他人のために戦うわけじゃないけどな。

 いや、はっきり言おう。俺は、自分のために今ここ、この場所に立っている。

 でも、それでも、まわりの応援は、俺に力をくれる。でなければ、この脚、動いてなどくれなかっただろう。

「両者、中央へ!」

 審判の声がかかった。とうとう、二人の決着をつける時間が来たのだ。

「じゃ、ちょっとくら行ってくるわ」

「がんばってください、センパイ」

「負けんじゃないわよ」

 浩之には、勝てるとは言えない。だが、勝つ以外、浩之に道はなかった。

 ここまで来ても、まわりの後押しに頼っている情けない男の、是が非でも負ける訳にはいかない、ここが正念場なのだ。

 

続く

 

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