作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(18)

 

 最近有名になってきた、総合格闘技の祭典、エクストリーム。

 様々な格闘家が、自分の鍛えた身体と技によってのみ、強さを証明しようとする、格闘界の王者決定戦。

 出てくる選手は、有名な選手から、無名な選手まで、その数はかなりのものになるが、それだからこそ、強い者がいる可能性は増える。

 その知名度は、綾香や、他の華のある、そして強い選手と、名物の北条鬼一の知名度で、今でこそなかなかのものではあるが、それでも、まだ一般にはそこまで浸透しているものではない。

 しかも、これは、本戦と違って、テレビ中継もない、単なる予選の一試合。観に来ている人数もたかが知れているし、お金も取られていない。

 だが、体育館に集まった観客、審判、選手達は、その試合に注目していた。きっともっと大きな会場で、お金を取ったとしても、試合の内容を知っていれば、多くの人がこの試合を観るために集まっただろう。

 主催者としては、こんな地区大会で行われるのが、もったいないと感じるぐらいの試合だ。

 試合をするのは、どちらも無名の選手。昨日までは名も知られていなかった、単なる一般人のはずだった。

 だが、多分、明日には二人の世界は一変するかもしれない。それほどの、試合だ。

 一人は、格闘バカを地で行く、寺町昇。

 鬼の拳で名高い北条鬼一のその鬼の拳を、片角ながらも、真似ただけでなく、十分な説得力と威力を持って突き出す男。

 何も考えてはいないのかもしれないが、その格闘センスは、他の者を寄せ付けない。

 実戦経験もあることから、どんな苦境さえも、読んで対応してくる、恐ろしいバカだ。

 一試合目は、優勝候補のボクサーを、ただ一撃で仕留め、二試合目は、足をふまれる反則を、反対に踏まれた足で相手の足を持ち上げて、バランスを崩させてからの一撃で、ともに右拳のKOで決めている。二試合目など、それで試合が決まっているにも関わらず、自分が身体を痛める危険もかえりみずに、前蹴りのとどめまで入れる格闘バカ。

 さして長身ではないが、その身体は鍛えに鍛えられ、高校生とはまったく思えない身体付きになっている。

 一試合目で、相手が悪かったのだが、失態を犯した北条桃矢にかわり、この大会の、優勝候補となった男だ。

 片や、素人同然ながら、その寺町と対等に戦う藤田浩之。

 格闘家としては線は細いが、相手の裏の裏をつく戦術と、ある意味一番怖い運を持って準決勝まで残ってきた。

 そして、知り合い以外には知られてはいないが、驚くべきことに、格闘技を始めたのがこの年の春から。

 エクストリームに出る選手もピンきりではあるが、少なくとも浩之の当たった選手は、弱くはなかった。中谷など、放っておけば、優勝候補になっていただろう。

 そこを勝ち抜く、おそらくは運もあるだろうし、素人ながらに、その実力は計れないものがある。

 さらに驚くべきことに、ニラウンド目で使った左のショートフックは、前の試合で相手が使ったのを真似たのだ。しかも、それでクリーンヒットを一撃入れている。

 最初から身体能力は飛びぬけているのだろう。おそらく、寺町に負けるのは筋力のみだ。

 そして、追加するなら、去年の高校女子の部を、圧倒的な強さで勝ち抜き、他の優勝選手からも、「戦いたくない」「高校生でよかった」「勝負は時の運になるだろう」「本当に女か?」などなど、何重のもいわくつきの言葉をもらった、格闘界の王女、エクストリームチャンピオン来栖川綾香と親しい仲だと思われている。

 実に間違っていないのだが、この二人よりも、綾香の方が目立っている気さえ起こってくる。まあ、それはいいとして……

 浩之と寺町、この二人は、酷く面白い試合をする。それが試合をしている当の選手にはあまり嬉しくないことだとしても、観戦する方にとっては、外せない内容だった。

 浩之も、まわりの視線の意味を、何となくではあるが、気付いていた。寺町は気にもとめていないのだろうが、つまり二人はどっちかと言うとさらしものなのだ。

 息もつかせぬ、打撃の打ち合い。一撃で試合がひっくり返る逆転性。そして、勝ちだけを狙っているプロの選手にはない、華。

 見てて楽しい試合なんかしたかないんだけどな。

 それこそ、試合が始まって一撃で倒せたり、終始攻めて危なげなく判定勝ちしたりする方が楽に決まっているのだ。

 こんな、強打者とゴリゴリと打撃の打ち合いをするのは、ダメージが多すぎる。

 しかし、この三ラウンド、観ている者の期待に答えたくなどなくとも、始まれば、必ず打撃の打ち合い、それも近距離で、おまけに全力で、となるのは目に見えている。

 それ以外の方法を、浩之はもう思いつかないし、それ以外の方法で、勝てるとも思えない。

 ……そりゃ、観てる方は楽しいわ。

 浩之だって、そんな試合があれば見てみたい。前ならそう思っていただろう。今もその気持ちは変わらないが、今は、むしろそれより……

 自分が静かにしていれば、歓声をかき消し、身体の中を血が、凄いスピードで駆け巡っていくのがわかる。

 それは疲労もあるが、今から始まるであろう、バカな意地の張り合いにときめいている自分がいるのに、浩之は気付いている。

 綾香といい雰囲気になったときだって、話せば絶対綾香には殴られるだろうが、こんなに胸が高鳴ったことはなかった。

 確かに、観ている方も楽しいんだろうが……

「では、準決勝、第三ラウンドを始めます」

 審判の声に、浩之は顔をあげた。いるのは、早く試合を観たいと言わんばかりの審判と、早く試合を始めたいと顔が言っている寺町。

 そして、きっと、試合を楽しみにしている自分の顔。

「レディー……」

 浩之は、左半身で、スタンダードに手を前に少し出し、拳を握らずに構える。奇はてらわない。自分が今まで一番練習してきた形で、正面から戦うのだ。

 寺町は、すでにそのトレードマークとも言える右拳を上に構え、腰を落とす。奇をてらうどころか、この男にはこれこそ王道。いつもただ正面から叩き伏せることしか考えてこなかっただろう、格闘バカの集大成だ。

 すげえ痛いだろうし、下手すりゃ怪我なんか簡単なんだろうが……

 きっと、この試合は、楽しい。

「ファイトッ!」

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む