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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(19)

 

「カハァァァァァ」

 試合の合図と共に、寺町は息吹を吐いた。

 その一息だけで、会場の空気が一瞬にして緊迫するのを肌で感じた。

 寺町の二試合目、三ラウンドと同じだった。この後、寺町は怒号のラッシュで反則の使い手を倒している。

 その決意は、いたって単純。相手の手の届くところには、自分も手が届き、そして相手の打撃が効く場所は、自分の打撃が効く。

 先の先手とでも言おうか。ただ間合いに入った瞬間から、そこは寺町の領土だ。

 例え、相手にどんな打撃を打たれても、打ち返す。いや、それからさらに自分から打つ。

 絶対の自信を持つ威力と、絶対の自信を持つ打たれ強さで実現する、防御無視攻撃のみの戦い方。

 それは無謀にも見えて、しかし、浩之はそれを一番恐れていた。

 おそらく、そのテンションに持っていくまでに、ほぼニラウンドかかるようだ。二試合目もそうであったし、今回も、ニラウンドの終わりでそれが見えてきた。

 向かってくる相手をいなして、勝ちを収めるというのは、よく格闘技ではある話だが、北条桃矢ぐらいになればわからないが、浩之には、それをいなすだけの実力がない。

 それに、あいにくと、俺のテンションも上がっちまったんだよな。

 浩之は、手を前で交差し、それをぐっと腰に引きつけた。

「フゥゥゥゥゥ」

 浩之も、ゆっくりと息を吐き出す。おそらく、準備ができるまで、寺町自身も、そして浩之自身も、手を出さない。

 多分、この時間は、後十秒もない。そこからは、多分一直線。開いた時間はない。技と技、力と力の応酬になるだろう。

 技でなく、息の吐き合い。笑ってしまうことに、それだけで体育館の中は極度の緊張感に包まれていた。

 二人が息を、吐き終わる。

 一瞬の間と、息を吸う音が、静かになった体育館に響いたような気がした。

 爆発的に、二人は動いた。

 寺町の、何のフェイントもない打ち下ろしの正拳が、浩之に向かって打ち下ろされる。浩之は、それを素早い動きで横にかわす。

 ズバッ!

 二人の動きが空を斬り、斬撃音と化す。確かに、それは真剣と真剣の斬り合いに似ていた。一発で、試合が決まる緊張感がいつも漂っている。

 シパッ

 回り込んだ浩之からの左のジャブが寺町の顔を捉えるが、それはただ寺町に浩之の位置を教えるだけであった。それは浩之にも当然わかっている。それは、牽制にさえならない。

 リズムをつかむためには、どうしても必要な打撃ではあったが、その仕返しは、ジャブの威力と比べると強すぎた。

 ズドンッ!

 寺町の左のフックが、浩之の脇を、ガードの上から叩いた。が、それは浩之の予想していた打撃なので、うまく力を殺した。

 次は、右っ!

 浩之は切り返しの右の打ち下ろしの正拳を読んで寺町のその拳に向かって身体を動かした。が、打ち下ろしの正拳は、すぐには打ち下ろされなかった。

 右……が来ないっ!

 そのコンマ何秒の判断で、浩之は左後ろに飛んで逃げていた。

 スパンッ!

 打撃音が重なる。寺町の返しの左フックと、浩之の下からアッパーのように振り上げられた右の掌打が、それぞれあごにヒットしたのだ。

 だが、その両方共が浅い。いつもなら、それでぐらつきもしたろうが、今の二人のテンションでは、それはダメージとは数えられなかった。

 いや、相手を倒すだけのダメージを与えれない以上、今の二人には、それは打撃ですらない。

 打ち下ろしの正拳を警戒して、左、つまり寺町の右に逃げた浩之だったが、それはインターバルを意味していなかった。

 時間を置くなっ!

 一瞬ふらつきそうになる身体を浩之は無理やり立ちなおし、すぐさま突っ込んでいた。時間を与えれば、お互い、回復するだけだ。

 間が開くと、決着がつかない。俺は、攻めるっ!

 待っていても、負けるだけ。それもある。だが、それより何より、浩之の中のおかしな衝動が、休む暇を与えてくれない。

 寺町との距離は、ほんの少しの間合いだったが、瞬発力に優れる浩之には、十分な距離だった。

 タンッ

 浩之は、優雅に飛んでいた。観客からは、まるで羽でもはえているように見えたろう、それほど自然に。

 打撃の威力では、寺町に劣ってしまう。ならば、劣らないだけの打撃を出せばいいのだ。

 避けられたとき、のことなど、浩之は少しも考えていなかった。ただ、寺町を倒せるだけの威力を誇る、思い当たる打撃を打ったに過ぎない。

 右の、飛び回し蹴り!

 全体重をかけ、上から打ち下ろすような蹴り、これは当たれば、寺町だろうと吹き飛ぶ。

 が、寺町は逃げなかった。そのかわりに、浩之が飛んだ瞬間に、強く、構えた。

 さすがだよ、このバカはっ!

 寺町が何をしようとしているのか理解して、浩之は侮蔑にも似た褒め言葉を心の中で発しながら、同じく、強く脚を振り下ろした。

 バキーンッ!

 まるで金属と金属がぶつかるような音を立てて、拳と脛がぶつかり合った。

 そして、お互い申しあわせたかのように、吹き飛ぶ。

 受け身も取れずに倒れる浩之は、それでもすぐに立ち上がった。寺町も、同じく派手に吹き飛んで吐いたが、また同じように立ち上がる。

「な、なんて無茶な……」

 そうつぶやいたのは、誰だったのだろうか。だが、体育館の誰しもがそう思っていた。ごく一部は、余計に血をたぎらせたろうが。

 寺町は、浩之の飛び回し蹴りを、何と打ち下ろしの正拳で叩き落したのだ。いや、同じく自分も吹っ飛んだのだから、叩き落したというより、叩きつけて、相打ちに持っていったという方が正しいのか。

 いかにその打ち下ろしの正拳突きに自信があるとは言え、あまりに無茶な行動だった。

 だいたい、脚には腕の三倍の力があると言われているのだ。お互い吹き飛んだからいいものの、普通ならばそのまま腕の力が負けて、そのまま壮絶KOになっているところだ。

 そうでなくとも、鍛えた脛と打ち合えば、ただ骨の塊が握られているだけの拳と、一つの骨でできている脛のどっちが堅いかは想像に難くない。

 だが、寺町は、拳を痛めた様子もなく、笑い顔で立ち上がった。しかし、同じように、浩之もその顔は笑っていた。

 二人の、かなりの格闘バカには、まだ楽しみは始まったばかりだった。

 

続く

 

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