作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(20)

 

 立ち上がったはいいが、寺町の拳の当たった脛がしびれて、浩之はがくっと倒れそうになった。

 まったく、この格闘バカには恐れ入るぜ。

 あそこで、むしろこうなる結果がわかっていたにも関わらず、脚を止めなかったのは、拳には勝てると思っての行為だったのだが、浩之とてただでは済まなかった。

 寺町も、右肩を押さえている。当然というより、むしろ、飛び蹴りと正面衝突して、拳や手首が壊れない方がどうかしている。

 俺の渾身の打撃のつもりだったんだがなあ。

 結果は、どちらもダメージを受けながら、引き分けに終わっている。正直に言えば、寺町はこの打ち合いに応じる理由はないはずなので、避けられてそれで終わり、という結果も十分考えられたのだが。

 浩之はすぐに攻めたかったが、脚にまるできついローキックを受けたかのようにしびれていて、すぐには歩を進めることができない。

 相打ちとは言え、チャンスなのに、それを逃すか?

 寺町は肩を痛めたようだ。浩之の全体重プラス蹴りの威力をもろに受けたのだから、そうなる程度のことはあってしかるべきだが、寺町のことだ、少し時間が開けば、痛くとも無理をしてくるだろうし、最悪治ってしまう。

 肩を痛めれば、防御も弱くなるし、打ち下ろしの正拳が使えない。であれば、浩之が打ち勝つ可能性は増える。

 く、動け、この脚っ!

 だが、浩之が動く前に、寺町が動いた。

 今度は、自分から浩之に向かって突っ込んできたのだ。

 こいつ、もう回復したのかよっ!

 浩之は、しびれた脚を、それでもついて構えた。この脚でどれだけ寺町に対抗できるかはわからないが、待っていてもやられるだけだ。

 しかし、これはまずい状況だった。脚がしびれて、動きが制限される中で、寺町の打ち下ろしの正拳を受けるというのは、ある意味自殺行為だ。

 寺町は、出会い頭に打ち下ろしの正拳を……打って来ない?

 ズドンッ!

 寺町の、珍しい右の回し蹴りを、浩之は何とかガードして防いだ。

 蹴りのモーションが大きいし、威力も、そこまでのものじゃない。

 浩之は、しびれる脚をひきずりながら、それにすぐに気付いていた。寺町も、打撃を放つたびに、顔をしかめている。

 寺町の肩の痛みも、まだ抜けてはいないのだ。

 だから、打ち下ろしの正拳は打てないし、バランスが悪くなり、他の打撃も精度も威力も落ちる。

 しかし、浩之はこんな状態なのに、相手に向かってくる寺町のバカさ加減に、今はあきれることもなかった。

 今の俺なら、同じことをしそうだしな。

 寺町の精彩に欠ける左フックを、浩之はやはりバランスを崩しながら避ける。

 こっちもまだ片脚がいかれてるが……それだって、近くに相手がいれば手が出せる。少なくとも、寺町は射程圏内にいる。

 スパンッ

 浩之の左のショートアッパーが、寺町のあごを捉えた。片脚が使えないというのは、踏み込みもできなければ、腰をひねることもできない状態で、このアッパーも、単なる手打ちのパンチになってしまったが、それでも効果はあるはずだ。

 それでも、寺町は、少しも効いた風もなく、左のストレートを打ち返す。

 スパーンッ!

 寺町の左のストレートが、浩之の顔に直撃した。

 直撃だが……この程度の威力なら、耐えれる!

 実際、寺町の打撃は、そのまま受けるには辛い。だが、今の浩之なら耐えれた。ダメージは残るが、それも我慢するのだ。寺町も同じことだ。さっきのショートアッパーだって、効いていないわけがない。寺町も、我慢して打ち返しているのだ。

 しかし、浩之は両手を使えるが、片足が使えないおかげで、腰がほとんど使えない。左右返しが使えないので、コンビネーションはガタガタだった。

 それと同じく、寺町は片腕が使えないし、痛みも激しいのだろう、打撃を打つたびに顔をしかめているし、脚では、あまり身体をひねらない状態での連続技というのは難しい。

 精彩に欠ける、とはよく言ったものだ。

 さっきまで、むしろ華麗に動いていた二人は、その動きを著しく制限されていた。だが、それでも二人は攻撃の手を止めようとはしない。

 多彩な戦略と、見事な動き、さっきまでの試合には、それがあったが、お互いにダメージを受け、その動きを制限され、それでも相手を倒すために二人の取った行為は、足を止めての打ち合いだった。

「これは……きついわね」

 ほとんどがむしゃらに打ち合っている浩之と寺町に、観客はわいていたが、綾香はぼそっとそうつぶやいた。

「センパンッ、がんばれっ!」

 葵は綾香の横で声を張り上げている。さて、今の浩之にその声が届いているかどうか……

 お互いダメージを受けて、足を止めての打ち合い。駆け引きの機微よりも、この方が身体にかかる負担は多い。

 二ラウンド目までも、お互いにダメージを受けあいながら戦ってきたのだ。おそらく、すでに限界は近いはず。

 だが、身体がそうであっても、精神がそれを許していない。もう立っているのがやっとのはずなのに、その精神に引きずられて、二人とも立っているだけのはずだ。

 だが、反対に言えば、その精神を一撃で削るだけの打撃でない限り、二人は倒れない。

 今の二人に、それだけの打撃を打つのは難しい。それでも、ある程度の打撃は打てるのだから、当然、ダメージは増えていく一方だ。

 これは、ほんとにやばいかもね。

 勝敗の問題ではない。下手をすれば、後遺症を、そのどちらにも残す可能性があった。ガードが間にあっていることもあるし、お互いに、急所だけは打たれないようにしているので、それもまだ時間はかかるとは言え、このままずっとこの打ち合いが続けば、危険は増すばかりだ。

 しかし、綾香にも、この試合は止めれない。綾香は浩之が勝つのを信じているのだ。それが、試合を止めるなどできない。

 二人の身体のことは、審判にまかせるしかないのだ。審判も、一応はプロだ、二人のダメージのことは考えてくれているはずだ。

 綾香が心配そうに見守る、という状態は、かなり危険な状態であったのだろうが、それには誰も、特に試合場で打ち合いを続ける二人は、気付かなかった。

 当然だ、この打ち合いの中、まわりを見る余裕などない。

 脚の痺れが、少し回復てきたのを、浩之は感じていた。

 他のダメージはもっと増えているのだから、全然有利な話ではないのだが、それでも動けるのと動けないのでは、大きな違いがある。

 それに、これ以上時間がたてば、多分寺町の肩も回復する……

 打ち下ろしの正拳を使われたら、それでアウトだ。その前に、決着をつけなくてはならない。

 打ち合いで、ほとんど戦略も何もなく、思考力も衰えた状態であっても、浩之はその一瞬を狙っていた。

 それも勝つための本能。よく考えた作戦ではなかったが、そうしなければ、勝てないという気がしていた。

 両脚が、前に行く瞬発力に耐えれるようになったら、すぐにでも実行しなければならなかった作戦だ。

 そして、そのときは来た。

 脚が、ギリギリ感覚を取り戻し、寺町が、顔をゆがめながらも、右拳を握り締めた瞬間、浩之は反射的にそれを実行に移していた。

 ブンッ!

 寺町の左フックを掻い繰り。

 浩之は、寺町にタックルをしかけていた。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む