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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(21)

 

 寺町の、次につなげるはずだった、おそらくそのつなげる打撃は、打ち下ろしの正拳突きだったのだろうが、浩之はそれをしゃがんでかわしながら、寺町の胴体に向かって思い切り突進していた。

 脚よ、持ってくれよっ。

 そのタックルは、まさに捨て身、これを避けられれば、もう後はないというタックルだった。それだけ、完璧なタイミング、完璧なスピード、そして完全な反射的覚悟で、浩之の肩は寺町の胴体を捉えた。

 細身の浩之と、ガタイの良い寺町との体重差はかなりのものだろうが、しかし、一気にふりのついた体当たりをして、動かないわけがない。

 寺町が、それでも腰を落として防御の体勢に入ろうとしている。

 やばい、これを防御されたら、後がない。

 浩之は、とっさに寺町の右脚を取った。それは、本当にとっさの行為ではあったが、この状況下では、まさに必殺の状態。

 いかに寺町が腰を落とそうとも、脚を取られていてはそれ以上腰は落とせない。さらに、膝蹴りも、片足を封じているのだから、打てば倒してくれと言っているようなものだ。片足ではふんばりが効かないのも言うまでもない。

 そして、一番重要なことは、寺町の打ち下ろしの正拳はこれでほとんど封じられたことになる。

 もともと、寺町の打ち下ろしの正拳は、左半身から腰の回転、腕のふりでほとんど距離的には限界の射程を持ち、かつ、威力も高い。

 右足をとられた、つまり、右足を前に出した状態では、腰がほとんどひねれない。それは、寺町の必殺技を封じたのと同じだった。

 寺町は、腰を落としたが、それも脚を取られた不安定な状態でだった。

「よし、倒れる!」

「センパイ、もう一息!」

 綾香と葵が、まわりの歓声にまぎれながらも、大きな声を出していた。これで倒してしまえば、いかに寺町とて、どうにもできないはずだ。

 寺町はその力で脚を外そうとしているが、完璧に掴まれた状態では、それもできない。

 浩之も必死なのだ。これで倒せば、勝ちが決まるかもしれないが、これで倒せなければ、おそらく、負ける。

 誰が、放すかよっ!

 浩之はさらに力を入れて、寺町を後ろに押す。力と身体が寺町の方が上なので、なかなか倒れないが、その綱引きが少しずつ浩之の方に向いてきているのを、浩之は感じていた。

 ぎり、ぎり、と一歩ずつ、浩之は勝利に近づいていた。

 が、そこで黙って倒される、格闘バカではなかった。

「ゼイッ!」

 ドコンッ!

 鈍い音を立てて、寺町の右のフックが浩之の後頭部に当たった。

 脳天を突き抜けるような衝撃に、浩之はこらえた。寺町がこの体勢でも打撃を打ってくるのはわかっている。だが、一発我慢すれば、それだけこの綱引きは浩之の方に傾く。寺町が打撃に神経を向ければ、その分力が抜けるのだ。

 この程度の打撃じゃ、俺は落ちないっ!

 また一歩、浩之の勝利が近づいただけであった。

 そして、この戦い、浩之が勝つ。寺町には、今の状態で、浩之を一撃で倒せる打撃は打てない。打ち下ろしの正拳であろうとも、この体勢では、大した威力は、もちろん、恐ろしい威力があるのだが、一撃で浩之を倒すだけの威力はない。

 そして、浩之は、寺町を倒して打撃さえ封じてしまえば、それで勝ちはほぼ決定する。

 浩之の中に、油断など、一つもなかったが、そう考える部分がなかったわけではない。この格闘バカに、勝てるかもしれないのだ。

 この体勢から、出せる打撃なんて……

 次の瞬間、寺町の身体から力が抜け、浩之の力に押し負けて、寺町の身体が後ろに倒れた。

 その決定的光景に、観客が沸く。

 やった……

 スパーンッ!

 次の瞬間、浩之のあごに、寺町が後ろに飛ぶように倒れながら打ち込んできた、膝蹴りが直撃した。

 パンチでは、今の浩之は倒せない。そう判断した寺町は、何と、自分から倒れながら、開いた左の膝で、浩之のあごを狙ったのだ。

 右脚を取られている以上、それを抜かないと膝蹴りは打てない。そして、抜く方法は、ただ一つ、後ろに逃げることだったのだ。

 もちろん、その後は倒れるしかない。だが、寺町は賭けた。その体勢のままでは、必ず負けると判断して、最後の賭けに出たのだ。

 当てるのもおそらく難しいだろう、変則の打撃を、寺町は決めた。それは、浩之の意識を一撃で刈り取るほどの威力のある打撃。

 寺町の身体が、当然後ろに逃げながらな上に、片脚を取られ、さらにタックルをかけられた状態だったので、後ろに受け身も取れずに倒れる。

 浩之の身体は、膝蹴りを受けた場所でそのまま膝をつき。

 俺の……

 次の瞬間には、立ち上がって、倒れた浩之にのしかかっていた。

「勝ちだっ!」

 浩之は叫んでいた。叫ばないと、身体が動かなかったのだ。自分の限界のリミッターを外しでもしなければ、そこから立ち上がることなどできなかった。

 だが、浩之は立ち上がり、寺町の上に乗っていた。

 完璧な、マウントポジション。

 一試合目では、修治が北条桃矢のマウントポジションを返していたが、通常は、こんなもの返せるわけがなかった。

 打撃を封じられた打撃格闘家を、組み技も使えるオールマイティーの格闘家がマウントポジションに取ったのだ。これは、決定と言ってもいい形だった。

 いや、決定だ。これで勝てないわけがない。

 勝った、この格闘バカに。いかにこいつでも、残り時間ずっとマウントポジションに取られた状況から逃げ続けるなど不可能。

 しかも、空手着は、柔道のそれと比べると、確かにつかみ難いが、それでも絞め技を使うには十分な衣類だった。

 関節技にもいける。ここで、負ける要素は、一つもなかった。

 一つもないはずなのに。

 寺町の目が、生きていた。いや、生きていた、というより、完璧に獲物を狙う、獣の……違う、戦いを楽しむ、格闘大バカの目だった。

 寺町の肩の上で構えられた右拳。

 それは、直撃を受ければ、誰だって吹き飛ぶ、寺町の渾身の打撃。

 こいつ、倒れた状態で打撃をっ!

 確かに、それは反則だった。反則だったが、寺町が、反則負けを恐れるタイプだろうか?

 否、この男は、戦えればそれで満足の男だ。

 しかし、まさか、ここに来て……

 寺町は、息を吸い込んだ。

 だが、ここで打ち下ろしの、いや、打ち上げの正拳突きを受ければ……俺は、負けるっ!

「セヤーッ!」

 浩之の身体が、打撃を受けたように、後ろにのぞけった。

 

続く

 

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