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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(45)

 

 ナックルプリンセスの対戦表は、昼を過ぎてから張り出された。男子の部が、選手を見てからの準備ができなように試合前に張り出されるのと同じようにして、フェアにするためだ。

 選手には、普通の紙でも対戦表が配られていた。

 葵とその他三人は、仲良くというか、興味深々でその対戦表を見ていた。

 あかりと志保は志保の誘いでしばらくの間街をぶらついてくると言ってどこかに行ってしまった。

 あかりはかなり浩之の心配をして残りたがっていたが、確かに、素人が邪魔になる可能性もあった。それほど、葵は集中しているのだ。

「ふーん」

 綾香が、何か意味深な声を出す。が、きっとそれには意味はなかったのだろう。

 この地区大会、綾香が興味をそそられるような選手は、葵を除いていない。まして、綾香は基本的に相手のことを気にしないのだ。

 知らずに当たって、フェアな戦いをするというよりは、わからない方が楽しい、そういう理由なのが、綾香らしいところでもある。

 しかし、葵は違う。葵は努力で戦うタイプで、当然、その努力は相手に対した努力という意味もある。

 おそらく、試合を観たことのある選手はいないだろうが、まかり間違えばいるかもしれないし、前に坂下の持ってきた情報として、強いと言われていた選手をマークしておくのは無駄ではなかろう。

「で、どうなんだ?」

「さあ、私は全然知らない選手ばっかりね」

 綾香の場合、きっと対戦した相手であろうとも、あまり覚えてないと言うのではないだろうか。浩之はそんなことを思っていた。

 綾香が「覚えている」という選手は、面白かった、強かった選手だけだろう。後は、覚えていても、興味はないので、話をふるわけがない。

「前私が後輩からもらってきた情報に書いてあった選手は?」

「えーと……名前思い出せん」

「藤田まで……」

 まあ、仕方ない。坂下も、別にプリントアウトした紙は葵にあげてしまっているので、選手の名前など、いちいち覚えていない。

 葵は、前に坂下にもらった紙を取り出す。

「えーと、キックボクシングの吉祥寺春選手と、相撲の枕将子選手ですね」

 葵は、指でなぞりながら、選手を探す。

「枕将子選手は……私と二回戦に当たるみたいです」

 ちなみに、葵は四回勝つと優勝、浩之達と人数はあまり変わりはないようだった。しかし、その中で、二人しかいない紹介されるほどの選手に、二回戦で当たるというのは、あまり運が良くない。

「吉祥寺春選手は、決勝でないと当たることはないですね」

「他の選手は?」

「えーと、私も知らない選手ばかりで……」

 対戦表を見たからと言って、そこにやっている格闘技が書いてあるわけでもない。他の格闘技で有名でない選手というのは、紹介されるわけもなく、ほとんどの選手を知らない。

「相手がどんな選手かわからないというのも、少しプレッシャーです」

 葵は、少し力なく笑った。緊張でガチガチになってはいないが、それでも、やはり試合が近づくにつれ、緊張というものが頭をもたげてくるようだった。

 でも、なあ……

 葵が不安になるのもわかるが、それ以上に、浩之はその不安が杞憂だということを知っていたし、何より、葵の言うことは、単純に相手にも言えるのだ。

「葵ちゃんだって、他の選手には知られてないだろう?」

「それはそうですけど……」

 条件は五分五分、不安に思う内容ではないのかもしれない。いや、不安どころか……

「俺としては、最初に葵ちゃんと当たる選手ってのは、えらく不幸だと思うがなあ」

「私も同意権だよ」

「それもそうね。せっかく出場したのに、一回戦目が葵じゃあ、相手はかわいそうね」

 三人は、口をそろえた。

「え、そんなことはないと思いますけど……」

 葵の今の格好は、綾香のエクストリーム初出場記念の、身体にぴったりとつく、厚手の水着のような試合着だ。露出度は少ないので、華やかというほどではないが、それでも、葵の線の細さははっきりと浮き出ている。

 葵の身体つきは、正直格闘家とは思えない。背もそう高くもないし、何より、格闘技をするにしては、細すぎた。

 もっとも、それは単に外見だけの話で、下手をすれば葵は浩之に力で勝ってしまう、というか下手をせずとも勝つ。

 技はさっきも見たように、切れに切れまくっているし、エクストリームを視野に入れての練習は、例えどんな種類の格闘技であっても対応できるだろう。

 その強さを持ち、それでおいて、こんなにかわいいのだ。まず、相手はその外見に騙されるに決まっている。よしんば、相手が油断しなかったとしても、だからどうこうできるような甘い葵ではないのだ。

 綾香に、優勝ぐらいして当然と言われる努力の格闘少女は、きっとこの地区大会で、強さを存分に発揮するだろう。

 あがったりしても、今は自分に自信があるし、浩之、綾香、坂下と、頼りになる人間が近くに沢山いる。

 これだけの戦力を見て、負けると思う方がどうかしているのだ。

 しっかし、ほんとに、この細い身体のどっからあんな力が出てくるんだろうなあ?

 引き締まってはいるが、筋肉はあまりついているようには見えないし、骨格も細い、綾香の話では、それでも少しは大きくなったようだが、胸は相変わらず……

「……あの、センパイ」

 葵の、もじもじとした声を聞いて、浩之は背筋に悪寒が走るのを感じた。いや、葵の声はかわいいのだが、いかんせん、綾香の殺気はそれを上回る。

「何、じろじろ見てんのよ」

 ブンッ!

 綾香の突っ込みの裏拳を、浩之は何とか紙一重でかわした。

「お」

 綾香が、嬉しそうな声を出した。きっと、浩之が、手加減したとは言え、自分の裏拳を避けたのを嬉しく思ったのだろう。

 もちろん、それは単に、殺気の芽生える過程に過ぎないのだが。

「へえ、あれ避けれるんだ。だったら、今度からは、もうちょっと本気出してもいいってわけね?」

「ま、まあ待て、綾香。俺は葵ちゃんのこの細い身体のどこから力がわいているのか不思議に思っただけで、何もやましい気持ちがあったわけじゃ……」

 問答無用、その言葉、ここで使わない理由はなかった。

 確かに、最後辺りはやましい気持ちがないとは言い切れない辺り、浩之らしいと言えば浩之らしい。こりないという意味も含めて。

 葵の作戦もそっちのけで、綾香は、浩之に向かって笑顔と、ついでに拳を繰り出した。

 

続く

 

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