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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(46)

 

「作戦、ですか?」

 葵は、浩之をボコボコにした綾香に作戦を聞かれ、少し戸惑った。

「そう、一応、どんな格闘技を使うかはわかる選手もいるんだから、作戦を立てておいても、間違いじゃないと思うわよ」

 もちろん、相手がそれを予測して、その格闘技では通常使われることのない技を使ってくることも考えられないでもなかったが、むしろそれは、通常よりも簡単な話になる。作戦というのは、実行できてこと意味があるのだ。使い慣れていない技など、普通は大した脅威にはならない。

「まさか、何も考えてなかったとか?」

「え、まあ……」

 葵は、あはは、と苦笑しながら答えた。

「あははってねえ、そりゃ、私ぐらいになると作戦なんてほとんどいらなくなるけど……」

 言うにことかいて、綾香は通常ならば無茶苦茶なことを言うが、綾香の場合、それは別段自信過剰でもリップサービスでもなく、事実なのだから恐ろしい。

「組み技相手に、距離を取って戦うぐらいしか、考えてませんでした」

 葵が、柔道の対処法を学ぶために柔道をしているように、組み技の選手も、打撃に対する対処法というものを、練習してきているはずだ。

 それに対抗するには、確かに作戦というのは悪い選択ではない。

「打撃相手なら、そう遅れを取るとは思わないけど……組み技相手は、公式戦では初めてでしょ?」

 綾香は、本当に葵とは打撃しか練習しなかった。相手につかまれる前に、殴り倒してしまえば、確かに勝ちだし、葵が綾香からは組み技については何も質問しなかったというのもある。

 綾香が打撃だけでエクストリームを席巻したように、葵もそれをやりたいのかもしれない。

 しかし、綾香が打撃だけで勝てたのは、組み技に対しての対処方法が完璧だったからに他ならない。または、打撃が凄すぎただけという話もある。

「それは、綾香さんと違って、私じゃあ打撃だけで勝つのは難しいと思います」

「うーん、まあ、そうかな」

 微妙なところである。正直、去年のエクストリームのレベルであれば、準決勝辺りまで、葵なら打撃一本で行けたかもしれない。もちろん、綾香に当たらなければだ。

 しかし、今年はナックルプリンセスという、二十ニ歳以下の部であることもあるし、他の今まで参加していなかったような有名な選手も増えている。

 地区大会ぐらいは、という気もしないでもなかったが、気を抜く理由にはならないのだ。綾香の知らない、本当に強い選手と当たる可能性だってないでもないのだから。

 だが、葵の目は、そんな夢を見ているような目ではなかった。本気で、勝ちを狙いに行っている目だ。綾香にはわかる。

「それに、センパイみたいに、これだっていう作戦を思いつくほど、私は頭も良くないので。それなら、今まで綾香さんや好恵さん、センパイに鍛えてもらった自分の方が、よほど頼りになると思うんです」

 ついでに、葵本人のがんばりもね。

 葵は、褒めると恐縮してしまうので、その言葉は心の中だけにしておいた。

「でも……浩之、そんなに頭良くないと思うけど」

 最後辺りの作戦など、まったく作戦とは呼べない作戦だった。相手が失敗、または騙されたときのことだけを考え、作戦が失敗してしまったときのフォローなど、少しも考えていなかったのだから。

 それが仕方のないこと、というのも、もちろん理解している。普通で勝てない相手に勝つためには、何かを犠牲にするか、賭けに勝つ以外、方法はなかったのだ。

 しかし、今回は状況が違う。葵なら、相手の弱点を攻める、自分が有利な方法で戦う、それだけで、だいたいの試合に圧勝できるだろう。

 やっぱ、ここで地力の違いってのが出てくるわねえ。

 いかに才能があろうとも、まだまだ素人に毛が生えた程度の練習量の浩之と、やはり、綾香の目から見て、才能にも恵まれ、そして、努力を何年も怠ってこなかった葵とでは、結果に差が出るのは当然なのかもしれない。

「そんなことないです。あれだけの戦力差で、試合を覆そうと思えば、無理が出るのは仕方ないですし、正直、私ではあれをあそこまで覆す方法は思いつきませんでした」

 物事をどうにかしてしまう。そういう力は、確かに浩之は持っているのかもしれない。無茶であろうとも、無理であろうとも、結果を残すことが、あの天才にはできるのかもしれない。

 そういう意味では、葵が浩之を尊敬するのは間違いじゃないわね。

 綾香だって、たまに関心してしまう浩之だ。葵から見れば、その力は、羨ましいと同時に、尊敬してもしたりないものなのだろう。

 まあ、私という相手じゃあ、どうにもできなかったみたいだけど。

 さっき葵の身体をいやらしい目で、本人は否定したが、あながち嘘でもなかった、見ていた浩之は、綾香に倒されて、意識はあるようだが、その場に倒れている。

「コレを尊敬するかどうかは置いておいて……」

 コレ呼ばわりされた死体は、何か言いたそうではあったが、ろくに口も動かせないだろうし、何より、変な、浩之にしてみればしごく当然のことを口にした瞬間に、綾香にとどめを刺されるのは目に見えていたので、黙らざるおえなかった。

「だったら、私はこの地区大会、葵にアドバイスはしないわよ」

 綾香は、別に真面目な顔をしていたわけではなかったが、葵はそれを聞いて、顔を引き締める。

 今までの自分を信じる、その言葉に、嘘はないだろう。

 葵が、今までの練習の中で、綾香に感謝しているのは間違いなかった。だが、それも、感謝こそすれ、という意味も含まれる。

 作戦がない? そんなわけはない。葵は、確かにそこまで頭のまわる方ではないのかも知れないが、総合格闘技で、作戦も何もなしに出るほど自信過剰でもなかろう。

 葵は、暗にだが、綾香の助言を断ったのだ。

 自分の思う通りに戦いたい、などというわがままではない。いや、わがままさから言えば、もっとわがままだったのかも知れない。

 綾香と、本気で戦いたいのだ。

 なるほど、綾香の助言を受ければ、この地区大会、案外余裕を持って抜けれるのかも知れない。だが、それでは意味がないのだ。

 いや、葵の考えていることは、一つだけ。

 綾香は、葵にとって最強の強敵なのだ。その力を借りて戦うのでは、それを越すことなど、夢のまた夢。

「いい、私のアドバイスなしで、勝ってくるのよ?」

 それは、むしろ葵の自由意志を尊重した結果だったが、試合の結果となれば、強制だった。綾香の申し出を断るのだ、負けて帰ってくることなど許されない。

「は、はいっ!」

 葵は、それでも怯えず、固まらず、大きな声で返事をした。

 この大会で、他の選手にとって、一番難敵になるだろう少女が、目を覚ましたのだ。

 

続く

 

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