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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(48)

 

 綾香は、葵の手を引いて、人ごみの中を颯爽と駆けた。

「え、え?」

 何が起きているのか、またこれから何が起こるのか分かっていない葵は、そのまま綾香の恐ろしいほどの力に引きずられていく。それでも人は避ける辺り、葵らしいと言えば葵らしい。

 綾香は、審査員席の前で止まった。

「おお、綾香君か。何か様か?」

 審査員席には、北条鬼一が座っていた。今までの試合に、それなりに満足しているのか、なかなか機嫌は良さそうだった。

「どうも、おじ様。ちょっと桃矢の試合は情けなかったけどね」

「ちょ、ちょっと、綾香さん」

 葵もさすがにあわてた。それは、少し話しただけでも、北条鬼一がそれぐらいで怒らないのは予測できるが、しかし、失礼という言葉を、葵は綾香と違って理解している。

「いや、言ってくれるねえ、さすが」

 北条鬼一は、別にまったく気にしていないようだった。自分の息子とは言え、格闘技に関しては、また別なのかも知れない。

「もうちょっとしごいた方がいいんじゃない?」

「いや、あれに関しては、俺は干渉しないことにしていてな。もっとも、道場に行けば、他の弟子と一緒にしごきはするがな」

 練武館は、もちろん体育会系の「押忍」の世界だ。先輩を立て、下手な試合をしようものなら、鉄拳さえ飛んでくるだろう。

 その中で、むしろ北条鬼一は、息子を特別に扱っているのかもしれない。甘やかしているとか、そういうものではなく、むしろ、教えたがっていないようにさえ見えた。

「格闘技をするかどうかは、あれの自由だ。もっとも、あんな無様な試合をするのなら、それも考えねばならないかも知れないがな」

「へえ、おじ様、桃矢に対して個人特訓とかしてないの?」

「昔は、それでもやっていたが、最近はあれの自由意志にまかせている。エクストリームと練武館の通常の練習では、練習のやり方も違うからな」

 練武館館長、北条鬼一がエクストリームの主催者ではあるが、基本的にエクストリームと練武館では、ルールが違う。

 練武館は、超実戦をうたっているだけに、打撃に関しては、目潰しと金的、頭突き、一部の急所以外は許している。後頭部に対する打撃に関してもだ。

 打撃としては、これ以上の自由はないと言えるほどのルールだ。それだからこそ、超実戦がうたえるのだ。

 反対に、組み技に関しては、対処の面で、柔道ぐらいする者もいるし、それなりにも教えるが、自分からタックルを仕掛けるようなことは教えない。

 北条桃矢が、一体何を思って練武館の中ではなく、エクストリームで戦おうと思ったのはわからないが、組み技もかなりのものだ。総合格闘を、最初から考えて練習していたに違いない。

「まあ、それは別にいいんだけど」

 いいんですか、と葵は思ったが、綾香にとってはせいぜい北条鬼一をからかう、恐ろしいこに、本当にからかう以上の意味はなかった。

「これから、午後の部始まるんでしょう?」

「ああ、そうだ。太鼓の音が合図であると思うが」

「じゃあ、マイク貸してくださる、おじ様」

 それを聞いて、北条鬼一は、横にいる葵を一瞥して、ニヤリと笑った。

「わかった。存分にやってくれ。ファンサービスとしてもいいだろうし、何なら桃矢をこき下ろしてもいいぞ」

「そんな暇なことしないわよ」

 綾香が、やはり何をしに来たのかよくわかっていない葵は首をかしげた。いかに綾香が非常識でも、葵の頭では、ただ北条鬼一を桃矢のことでからかいに来ただけ、などとは考えつかなかった。

 もちろん、そんな理由ではない。それは単についでだ。

「おい、綾香君にマイクを」

 係の者が北条鬼一に言われ、マイクを綾香に渡す。さすがに、綾香ほどになると顔も知られているのだろう、係の者別に不思議がることもなかった。

「じゃあ、ちょっと待っててね、葵」

 綾香は、葵にウインクすると、自分は誰も立っていない。試合場に一人歩いていった。

 別に試合をする格好でもない、驚くほどの美少女が一人試合場の真ん中に立ったので、ざわつきは消えないものの、そこに観客や選手が注目した。

 中には、それで余計にざわつく人間もいた。綾香の顔を覚えていたのだろう。エクストリームに関わっている中では、おそらく北条鬼一の次に有名なのだから、知っている者はかなり多いはずだ。

 北条鬼一が、自分もマイクをもってしゃべりだす。

『北条鬼一だ』

 その一言で、体育館のざわつきが消える。ここにいる者なら、まず北条鬼一のことは知っているので、当然と言えば当然だ。

『選手の皆、今日はいい試合が多くて、私も喜んでいる。午後からも、いい試合を期待しているし、それを裏切られるとは思っていない』

 ここで桃矢のふがいなさを口にするのでは、と綾香などは思ったが、北条鬼一にとっても、それは大したことではないのか、それにはふれなかった。

『さて、今日は試合には出ていないが、前年度、エクストリーム女子高校の部チャンピオン、来栖川綾香君が来てくれている』

 その一言で、試合場に立った綾香に、全員が注目する。そう言われれば、体育館にいる九割以上の人間が理解した。

 体育館にいる人間全てに注目させても、顔色一つ変えずに微笑んでいる綾香の本番慣れと、その神経のずぶとさはさすがである。

『彼女から、ぜひ皆に言いたいことがあると言うので、ファンサービスもかねて言葉をもらうことにした。綾香君、どうぞ』

 鬼の拳、現役最強と呼ばれる北条鬼一に自己紹介をさせたというのに、綾香には悪びれる様子も、恐縮する様子もなく、自然にマイクのスイッチを入れた。

『来栖川綾香よ』

 それは、かなりぞんざいな自己紹介だった。一介の女子高生としてはあまりにもえらそうな態度だったが、むしろ観客は喜んでいるようだった。

 その唯我独尊な性格も、綾香の売りの一つなのだ。それが証拠に、観客は喜んでいるし、カメラを持ってきている人間は、一斉にストロボをたいている。

 普通の私服なのだが、それだってどこか高貴に見える。

 ああ、やっぱり格が違う。

 葵は、それを見て、いつも思っていることを、再度確認した。いかに近くにいるように見えても、やはり綾香はどこか違う世界の人間なんだな、と思わせる。

 浩之が見れば、何を偉そうに、と言うだろうが、葵には、そのきらびやかな部分に、目を細めることしかできなかった。

『今日は、私の出場しないナックルプリンセスについて、みんなに耳寄りな情報があるので、マイクを取らせてもらったわ』

 そう言うと、綾香は葵の方を見てウインクした。

 葵が、顔に?マークを浮かべていると、後ろから、ぽんっと北条鬼一が肩を叩いた。

「ほら、綾香君が呼んでるよ」

「へっ?」

 葵がまたまた首をかしげた瞬間だった。北条鬼一の身体がぶれる。

 ズドンッ!

 次の瞬間、葵の身体は、試合場に向かって吹き飛ばされていた。

 

続く

 

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