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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(55)

 

 注目の選手、吉祥寺の試合が順当に決まり、次の試合もつつがなく進んでいた。

「で、正直どうだ、葵ちゃん。さっきの子に、勝てると思うか?」

 一応は試合を観ながら、浩之はそう訊ねてきた。

「そうですね……遠距離の打撃をほとんど見せていないので、正確なところはわかりませんが、かなりの実力者というのは確かのようですし、楽勝、とはとても言えないと思います」

 それは、浩之にもわかる。タックルを決めた組み技系の選手を、あそこまで完勝するのだ。弱い選手なわけがない。

「相手選手も、別に弱そうじゃなかったのになあ」

「そうですね、タックルのスピードも、かなりのものでした」

 タックル、つまり相手の腰なり脚なりを飛び込んでつかんで倒すという技術は、総合格闘技の中ではかなり重宝されるが、実際にそれを教える格闘技は少ない。

 レスリングと、サンボぐらいだろうか。後は、柔道には確かに諸手刈りというものがあるが、あれは自分の脚が止まるので、厳密な意味ではタックルとは言い辛い。

 実際、柔道でかなりの実力を持つ英輔も、タックルよりも他の投げ技の方が得意なのだろう、なるだけ他の投げ技に移行できるように動いていた。

 そういう意味で、吉祥寺の相手は、よくタックルを練習してきていたというわけだ。そのスピードは、総合格闘技において、決め手ともなりうる類の強さだ。

 しかし、反対に言えば、吉祥寺は、それを正面から止めてみせた。スピードがあろうが、それが予想できる技である限り、そう脅威ではないのだが、完全に読んでいたから、あんな結果になった、とはわかっていても、そうそう納得できるものではない。

 つまり、組み技系の選手にとっては、吉祥寺のやったことは、自分達組み技系では、ほとんど手も足も出ないと言われているようなものなのだ。

 タックルを完全に打撃格闘家に潰される。その図を、吉祥寺は観ている選手全員に印象付けたのだ。

 もともと、エクストリームは空手家である北条鬼一が主催しているわりには、組み技系の格闘技が有利にできている。

 倒れた相手への打撃は禁止であるし、ひじ、頭突きのの使用も禁止、組み技でも、ヒールホールドなど、危険な技は禁止されているが、それは多数ある技の一つを禁止しているだけであって、そう不利になるものではない。

 組み付いて、倒してしまえば、打撃格闘家など恐れずに足らず。組み技系の選手は、大なり小なりそう思っているはずであるし、それは嘘ではない。

 打撃格闘家に当たった浩之は、実際に相手を倒すことに苦心したし、反対に言えば、打撃格闘家は倒れないことに苦心しているはずだ。

 吉祥寺選手の評価には、打撃だけ、という評価はあったはずだ。でなければ、情報としてない方がおかしい。

 しかし、吉祥寺選手は、それを簡単に覆して見せた。それは、今日の彼女の試合全てについてくる話になるだろう。

 組み技系の選手は、うかつに吉祥寺選手にタックルをかけれない。かけて、もしタックルを潰されれば、後はあの膝蹴りだ。完璧に動きを封じられた状態では、逃げることも攻めることもできないであろう。

 そして、組み技系にとって一番有利であるタックルを封じれば、後は打撃系のものだ。打撃で打ち合って、葵は少ししか観てない、そして、吉祥寺も意識的に見せていなかったのだろう、打撃で、勝つのは難しいように思える。

「あの膝蹴りを見て、私も使えるかとも思ったんですが……よく考えてみると、多分、私には不可能だと思います」

「……ん、まあ、俺もそうは思う」

 浩之も、正直に答えた。

 浩之ならば、あの膝蹴り、練習すればものになるかもしれない。しかし、葵には難しい技では、と浩之も思っていた。

 単なる膝蹴りだ。威力で同じだけ出すのなら、葵にだってできる。しかし、あの体勢、となると話は違ってくる。

 まず、体重の違いだ。

 吉祥寺選手は、それはその身長から見れば細いだろうが、それでも葵と比べればおそらく十キロと言わず重いだろう。

 その重さがあるからこそ、相手を上からおさえつけて、なおかつ片足を振り上げても、相手に返されないのだ。葵の体重では、もし脚を振り上げているのが気付かれれば、簡単に返される可能性がある。

 そして、体重と合わせて葵のニ大弱点である身長だ。

 背の高さで、自重を見た目重くすることが可能な上に、その長い脚だからこそ、不安定な状態でもコンパスの長さで振りをつけることができるのだ。

 葵も、身体から見れば脚は短い方ではないのだが、もとから身長が低い。リーチの差は、懐にもぐりこんでしまえば、有利不利は逆転してしまうとは言え、あのように、振りをつけるようなものは、明らかに葵の方が不利だった。

 そして、最後の理由が、組み技に対する技術だ。

 葵には、相手のタックルを完全に止めるだけの技術がない。浩之のタックルに関しても、上に逃げるというトリッキーな動きで避けている。

 そのスピードに対応して、打撃を出すことも、不可能ではないだろう。しかし、受け止める、ということはできないし、しない。

 体重も身長も負けているのだし、組み技に対しては、技術だって劣るだろう。

 組む、という行為自体、葵には不利でしかないのだ。

 あの膝蹴りの技術は、確かに役にはたつかもしれない。しかし、葵にとってみれば、あの状態になったこと自体が負けに等しいのだ。

 相手に組み付かれないようにしながら、打撃で倒す。葵の戦い方の理想はそれだ。組んでいることが間違っている。

「いい技術だとは俺も思うけど……葵ちゃんには、必要ない技術だな」

「はい、ああなってしまったら、私の負けですから」

 総合格闘技で、打撃だけを使う選手が、本当に打撃だけで勝つのは難しいのだ。もちろん、葵だって、組み技の対処方法ぐらいは練習してきたが、それだって、気休め程度しか意味がないのはよくわかっている。

 普通なら、不利な戦いであり、葵のやろうとしていることは、無謀としか思えない。

 しかし、と葵は思う。

 綾香は、組み技の一つも使わずに、今まで勝ってきた。

 綾香と比べるのは、あまり意味がないのかもしれないが、それでも、天才を超える怪物の所業であったとしても、できるという事実があるのだ。

 そして、綾香と同じく打撃を使って、葵は綾香に勝とうとしているのだ。

 エクストリームを低く見る気など葵にはないが、それでも、地区大会ぐらい勝てねば、同じ打撃を使う綾香に勝てるわけがないのだ。

 綾香は、本戦さえ、打撃だけで勝ったのだから。

「私は、打撃で戦います。同じ打撃なら、そうそう負ける気はありません」

「おお、言うようになったな、葵ちゃん。よ〜し、その意気だ」

「はいっ!」

 葵は、大きく返事をした。それはまるで自分を鼓舞するかのようであった。

 

続く

 

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