この場に似つかわしくない集団というか、むしろ、この場に非常に似つかわしい集団が、歩いていた。
その姿があまりにも目立つので、浩之もついつい見てしまった。
浩之の優に倍はあるだろうか?
身長はともかく、細身の浩之は、体重はそれほど重くもない。その集団でいる人間は、どう見ても、一人で浩之の倍はありそうだった。
そんな人間が、十人以上もかたまって歩いているのだ。目立たない方がおかしい。
そして、それ以上に目立つ理由がある。
浩之の二倍はあろうかという大男ならば、この場所にはかなりいる。しかし、それが、浩之の二倍はあろうかと言う、大女達なのだ。
太っている、と断ずることもできないでもないが、その足運びも、立ち振る舞い、眼光、どれを取っても、格闘技の素人とは思えなかった。
「ありゃ、何だ?」
「相撲取りね。女相撲取りじゃない? 大学なんかでは、あるらしいわよ」
「……まあ、納得できるようなできないような」
綾香の的確な、でもかなり突拍子もない説明に、浩之は一応納得することにした。
格闘技とは、体重でするものではない。筋力をつけるのもいいし、脂肪で身体を保護するのもいいが、それが通じるのは、まだレベルの低い話だ。
本当に強い格闘家は、そのスピードとパワーのギリギリの線を取ってくる。いかにダメージを削ってくれるとは言え、脂肪は重りでしかないので、絞られる傾向にある。
もちろん、そこにずらっと並ぶ、多分女相撲取りは、ただ太っているわけではない。腕を見ても、脂肪の塊と言うよりは、木の丸太だ。
他の格闘家に比べれば、相撲取りというのは、それは脂肪は多いが、それでも、体脂肪はそこまでではない。何故なら、身体全体がほとんど筋肉だからだ。筋肉は重い。よって体重も重くはなるが、それを俊敏に動かせるだけの筋肉をつけるのが、相撲取りなのだ。
「てことは、とりあえずの葵ちゃんの難関になりそうな選手の関係者か?」
「そうだと思うわよ。そこらへんを観察したけど、ここまで体格の大きな女性の集団はなかったから」
綾香がそう言うのだから、間違いはないのだろうが……
「……綾香、お前」
「何?」
「何のかんの言いながら、葵ちゃんのこと心配してんじゃねえのか?」
ビュッ!
綾香のあまりの速さに、最後の「ン」の字が見えないほどの振り下ろしの正拳を、浩之は、何とか避けた。来ることを予想していなければ、それで倒されていただろう。
間違いない、寺町の打ち下ろしの正拳を上回るスピードだった。威力まで確かめてみる勇気は、常識的な浩之にはない。
「って、何で試合終わったのに、こんな真剣にならないといけないんだ」
「浩之が変なこと言うからじゃない」
そう言って、綾香はきょろきょろと辺りを見渡す。ちなみに、葵は緊張してトイレにいっている。あの試合着も着慣れていないだろうから、思うよりも時間がかかっているのかもしれない。
「私をトイレの連れ添いで行ってる好恵と一緒にしないでよ」
「いや、それはまたずいぶんな言い様だとは思うが……」
一応、てれているのだと思う。拳でテレ隠しをされる身になってみれば、たまったものではないのだが、まあ、そんな姿でもかわいく見えるので、愛は偉大だ。
「商売柄、どうしてもそういうのは観察しちゃうのよ」
何の商売か知らないが、とりあえずいいわけとしてはあまりうまくない、と浩之は思ったが、つっこむほど命知らずでもなかった。
「……で、その商売柄、相手を観察する綾香は、どれが葵ちゃんと戦うことになる選手か、知ってるのか?」
「知らない。見える選手は、どれも同じぐらいにしか見えないし」
どういう目の構造、いや、頭の構造なのだろうが、をしているのか、綾香はだいたい相手の能力を少し見ただけで判断できる。その綾香が、どれも大して変わらないと言い切っているということは、所詮その程度ということだ。
「……でも、あそこにいる全員が、凄く強いってことはないだろうな?」
それはそれで恐い想像である。
「そんなこともないわよ。まあ、はっきりとは言えないけど、葵ならあの程度、余裕じゃない? 十秒以内に倒さなかったら折檻ね」
思い切りはっきりと言っていますが。
綾香が確信を持って言っているなら、そうなのだろう。浩之としては、安心する部分もあるが、はっきり言うと、こんな地区大会で葵が負けるとは思っていないので、大して気にするほどのことでもなかったのかも知れない。
「葵が苦戦するなんて、よほどの選手よ。そんなの、見ただけでわかるわよ」
いいえ、普通の人にはわかりません。わかるのは、綾香ぐらいのものです。
よほどそう言ってやろうとも思ったが、まったく堪えないか、反対に浩之がボコにされるだけなので、命が惜しいのなら、ここは黙っておくべきところなのだ。
命が惜しい浩之は、話をずらした。
「なあ、あの集団、こっちに近付いてきてるように見えるんだが……」
それは、話をずらしたというのもあったが、実際にそうであった。その大女の集団は、こちらに向かってズシズシと歩いて来ていた。
「どこを通ってもいいじゃない。さすがに、あれだけいると、通行の邪魔かもしれないけど」
危険なことを言いながらも、綾香の危険感知は働いていないようだった。
なるほど、どこを歩いてもいい。しかし、どう見てもその大女達の視線は綾香に向かっており、ついでに間違えるでもなく、歩を自分達の方に向けていた。
これは、誤解とかじゃないと思うのだが……
しかし、よく考えてみれば、それは何もおかしなことではないのだ。
横にいるのは、前エクストリームチャンプ、ついでに言えば、さっき後輩を使って選手達を挑発したばかりだ。
浩之は、ちらりと横を見た。飄々とした綾香が、けっこう楽しそうな表情でいた。浩之が見ているのに気付いた綾香が、「何?」という顔で笑っている。
それはもう、酷く笑っていた。
間違いなく、楽しいものを見つけた、暇つぶしを見つけたときの目だった。ありていに言えば、つまり、殺気立っているということだ。
浩之の頭の中をよぎった言葉は一つだけ。
勘弁してくれ。
この後、よくないことが起こる。浩之は、完璧にそれを覚悟した。
続く