作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(56)

 

 この場に似つかわしくない集団というか、むしろ、この場に非常に似つかわしい集団が、歩いていた。

 その姿があまりにも目立つので、浩之もついつい見てしまった。

 浩之の優に倍はあるだろうか?

 身長はともかく、細身の浩之は、体重はそれほど重くもない。その集団でいる人間は、どう見ても、一人で浩之の倍はありそうだった。

 そんな人間が、十人以上もかたまって歩いているのだ。目立たない方がおかしい。

 そして、それ以上に目立つ理由がある。

 浩之の二倍はあろうかという大男ならば、この場所にはかなりいる。しかし、それが、浩之の二倍はあろうかと言う、大女達なのだ。

 太っている、と断ずることもできないでもないが、その足運びも、立ち振る舞い、眼光、どれを取っても、格闘技の素人とは思えなかった。

「ありゃ、何だ?」

「相撲取りね。女相撲取りじゃない? 大学なんかでは、あるらしいわよ」

「……まあ、納得できるようなできないような」

 綾香の的確な、でもかなり突拍子もない説明に、浩之は一応納得することにした。

 格闘技とは、体重でするものではない。筋力をつけるのもいいし、脂肪で身体を保護するのもいいが、それが通じるのは、まだレベルの低い話だ。

 本当に強い格闘家は、そのスピードとパワーのギリギリの線を取ってくる。いかにダメージを削ってくれるとは言え、脂肪は重りでしかないので、絞られる傾向にある。

 もちろん、そこにずらっと並ぶ、多分女相撲取りは、ただ太っているわけではない。腕を見ても、脂肪の塊と言うよりは、木の丸太だ。

 他の格闘家に比べれば、相撲取りというのは、それは脂肪は多いが、それでも、体脂肪はそこまでではない。何故なら、身体全体がほとんど筋肉だからだ。筋肉は重い。よって体重も重くはなるが、それを俊敏に動かせるだけの筋肉をつけるのが、相撲取りなのだ。

「てことは、とりあえずの葵ちゃんの難関になりそうな選手の関係者か?」

「そうだと思うわよ。そこらへんを観察したけど、ここまで体格の大きな女性の集団はなかったから」

 綾香がそう言うのだから、間違いはないのだろうが……

「……綾香、お前」

「何?」

「何のかんの言いながら、葵ちゃんのこと心配してんじゃねえのか?」

 ビュッ!

 綾香のあまりの速さに、最後の「ン」の字が見えないほどの振り下ろしの正拳を、浩之は、何とか避けた。来ることを予想していなければ、それで倒されていただろう。

 間違いない、寺町の打ち下ろしの正拳を上回るスピードだった。威力まで確かめてみる勇気は、常識的な浩之にはない。

「って、何で試合終わったのに、こんな真剣にならないといけないんだ」

「浩之が変なこと言うからじゃない」

 そう言って、綾香はきょろきょろと辺りを見渡す。ちなみに、葵は緊張してトイレにいっている。あの試合着も着慣れていないだろうから、思うよりも時間がかかっているのかもしれない。

「私をトイレの連れ添いで行ってる好恵と一緒にしないでよ」

「いや、それはまたずいぶんな言い様だとは思うが……」

 一応、てれているのだと思う。拳でテレ隠しをされる身になってみれば、たまったものではないのだが、まあ、そんな姿でもかわいく見えるので、愛は偉大だ。

「商売柄、どうしてもそういうのは観察しちゃうのよ」

 何の商売か知らないが、とりあえずいいわけとしてはあまりうまくない、と浩之は思ったが、つっこむほど命知らずでもなかった。

「……で、その商売柄、相手を観察する綾香は、どれが葵ちゃんと戦うことになる選手か、知ってるのか?」

「知らない。見える選手は、どれも同じぐらいにしか見えないし」

 どういう目の構造、いや、頭の構造なのだろうが、をしているのか、綾香はだいたい相手の能力を少し見ただけで判断できる。その綾香が、どれも大して変わらないと言い切っているということは、所詮その程度ということだ。

「……でも、あそこにいる全員が、凄く強いってことはないだろうな?」

 それはそれで恐い想像である。

「そんなこともないわよ。まあ、はっきりとは言えないけど、葵ならあの程度、余裕じゃない? 十秒以内に倒さなかったら折檻ね」

 思い切りはっきりと言っていますが。

 綾香が確信を持って言っているなら、そうなのだろう。浩之としては、安心する部分もあるが、はっきり言うと、こんな地区大会で葵が負けるとは思っていないので、大して気にするほどのことでもなかったのかも知れない。

「葵が苦戦するなんて、よほどの選手よ。そんなの、見ただけでわかるわよ」

 いいえ、普通の人にはわかりません。わかるのは、綾香ぐらいのものです。

 よほどそう言ってやろうとも思ったが、まったく堪えないか、反対に浩之がボコにされるだけなので、命が惜しいのなら、ここは黙っておくべきところなのだ。

 命が惜しい浩之は、話をずらした。

「なあ、あの集団、こっちに近付いてきてるように見えるんだが……」

 それは、話をずらしたというのもあったが、実際にそうであった。その大女の集団は、こちらに向かってズシズシと歩いて来ていた。

「どこを通ってもいいじゃない。さすがに、あれだけいると、通行の邪魔かもしれないけど」

 危険なことを言いながらも、綾香の危険感知は働いていないようだった。

 なるほど、どこを歩いてもいい。しかし、どう見てもその大女達の視線は綾香に向かっており、ついでに間違えるでもなく、歩を自分達の方に向けていた。

 これは、誤解とかじゃないと思うのだが……

 しかし、よく考えてみれば、それは何もおかしなことではないのだ。

 横にいるのは、前エクストリームチャンプ、ついでに言えば、さっき後輩を使って選手達を挑発したばかりだ。

 浩之は、ちらりと横を見た。飄々とした綾香が、けっこう楽しそうな表情でいた。浩之が見ているのに気付いた綾香が、「何?」という顔で笑っている。

 それはもう、酷く笑っていた。

 間違いなく、楽しいものを見つけた、暇つぶしを見つけたときの目だった。ありていに言えば、つまり、殺気立っているということだ。

 浩之の頭の中をよぎった言葉は一つだけ。

 勘弁してくれ。

 この後、よくないことが起こる。浩之は、完璧にそれを覚悟した。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む