「あんたが来栖川綾香かい?」
大女の集団の一番戦闘にいた、こいつは本当に女かと思うほどの大女が、綾香を睨みつけながらたずねてきた。
「さっき前で自己紹介は済ましたと思うけど?」
綾香は、ドスの聞いた声を聞いても、当然だがまったくひるむこともなかったし、反対に、虚勢を張ることもなかった。
まだケンカを売られているわけではなかったが、相手の口調は、完全に綾香に敵対心むきだしだったので、浩之はハラハラしながらその光景を横で見ていた。
もちろん、それは綾香の身の安全よりも、その大女達の身の安全を心配したからだ。
「ふ〜ん、これがエクストリームチャンプねえ」
他の大女達も、綾香を観察する。細く長い手足に、同じく細くくびれた腰、反対に、大きく膨らんだ胸、つややかな長い黒髪、猫を思わせるつり目、あざ一つないその白い肌。プロポーションは完璧と言っても差し支えなかったが、格闘家としては、あまりにも美しすぎるし、細すぎる。
一通り綾香を観察して、一人がぷっと吹き出した。
「こりゃあ、エクストリームも大したことないか?」
他の者も、そを聞いてドッと笑った。
「こんな細い小娘が、チャンピオンなんてな。きっと、他のやつらはもっと弱いんだろうな」
その言葉で、一気に場が緊張する。綾香は怒るどころか、うきうきと目を輝かせているが、大女の言った言葉は、他の選手達にも聞こえたのだ。
格闘技をやっているものは、そこまで血の気が多いわけではない。いや、強くなればなるほど、身の程をわきまえてくる。
強くて乱暴者、など素人での話だ。強くなれば、そんなに簡単に暴力をふるったり、すぐに激昂したりはしない。
ここに来ている選手は若い者が多いので、そういう精神的に未熟な者はまだ多いかもしれないし、こんなエクストリームに出るような選手は負けず嫌いなのは確かだ。
だが、その大女の言った言葉は、そういう常識を簡単に覆す意味を持つ。ありていに言えば、挑発としては今この場では、最高のものだった。
何人もの選手が、その大女の集団を睨む。殴りかからないだけの分別はあるのだろうが、それでも、黙って済ませるわけにはいかない雰囲気だ。
まあ、だからこそ綾香の目がうきうきしてるんだろうが……
挑発というものは、相手を冷静でいなくさせるのが目的だ。この大女は、使い方を間違っている。目の前にいるその美少女は、挑発されれば、嬉しそうにこそすれ、激昂などしないのだ。
しかし、他の選手が何かを言う前に、そして、綾香が反対に相手を挑発する前に、その大女達の中から、大女達を諫める声がした。
「お前達、何失礼なこと言ってるんだ!」
その大声に反応して、大女達が、びくと身をちぢこませる。
大女達の間から出てきたのは、その大女達と比べれば、酷く小さい女性だった。
いや、こんな大女に囲まれているからそう見えるだけであり、決してその身体は小さくない。身長は綾香を優に上回っているし、その身体は、他の大女達よりも、よほど女らしくなかった。
その長身の身体は、まるで筋肉の塊であった。綾香のように、無駄のない鍛え方をされているレベルをはるかに通り越した、恐ろしいほど太い身体だ。
しかし、他の大女と違うところは、その身体には贅肉が見当たらなかったことだ。
女性は男よりも、皮下脂肪はつきやすい体質である。しかし、もしかすれば、この女性は、浩之よりもよほど太い身体を持っているにも関わらず、体脂肪率は浩之よりもよほど低いかも知れない。そう思わせるだけの身体をしていた。
それでも、腕はそれこそ葵の太ももほどもあるのでは、と思えるほどに太い。
その女性は、精悍そうな顔つきを、どこか不器用に笑わせて、綾香に頭を下げた。
「もうしわけない、来栖川さん。こいつらの教育がなっていないのは私のせいだよ。ほら、あんたらもあやまるんだよ!」
その女性に怒鳴られて、他の大女達も、しぶしぶながら、頭を下げた。
これは……綾香のあてが外れたか?
綾香はここぞとばかりに、相手にケンカを売ってうさをはらそうとしていたはずだ。しかし、こう頭を下げられては、挑発することもできない。
もっとも、それがいいことではなく、悪いことだと思う方がどうかしているのだが……
案の定、綾香は少しだけ残念そうな顔をして、すぐに笑顔に戻った。
「それぐらいいいわよ。それに、よく言われるしね」
よく言われるのは嘘はなかろう。しかし、言った人間が本当に無事で済んだことなど、数えるほどしかないのも確か。
しかしまあ、命知らずはいたもので、その筋肉の塊のような女性に、大女が一人反論した。
「しかし、先輩。こんな小さいなりで勝てるのであれば、私達でも優勝できてしまいます」
しかし、それもすぐに却下された。
「それを言うなら、私にあんたらが勝てない道理もなくなるだろ」
なるほど、その通りである。いかに筋肉の塊のような身体とは言え、大女の方が大きく、そして重いだろう。実際のところはどうなのか知らないが、体格が全てを決するならば、この大女達は、間違いなく最強のはずだ。
「先輩は特別であります」
「はあ、あのなあ。ここに、もっと特別な人物がいるんだよ」
そう言って、綾香を指差す。
そりゃ特別も特別、間違いもなく怪物なのだから、特別を通り越している。
浩之の心の声が聞こえたわけでもないだろうに、いや、表情で読まれたのか、綾香が繰り出した本人曰くつっこみの裏拳を、浩之は素早くかわした。
気付いた次の瞬間には、裏拳が過ぎ去っていた。
その一撃だけで、大女達は驚愕した。後になって、綾香が裏拳を放ったのはわかったろうが、おそらく、その拳自体は、速すぎて見えなかったのだろう。
まだ裏拳が放たれたと気付くだけ、よく練習をつんできている。そう言っていいだろう。
「……ってなあ、まだ言葉に出してないことでつっこむなよ。しかも裏拳で」
「いいじゃない、あの程度なら、まだ避けれるんだし」
つまり、綾香はまだまだ本気で放ったわけではないということだ。
大女達は、その一撃で、黙り込んだ。もちろん、まだ綾香は本気を出していないが、それでも、この細い少女が、尋常でない動きをしただけはわかったのだろう。
しかし、一人、その筋肉の塊のような女性は、驚いた風もなかった。綾香なら、それぐらいできて当たり前と思っているのだろうか。
「ああ、挨拶がまだだったね。初めまして、私は枕将子。あんたんところの後輩と、二回戦であたる強敵さ」
筋肉の塊のような女性、枕将子は、そう言って今度は男前な顔でニヤッと笑った。
続く