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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(59)

 

 試合場には、さっき綾香や葵の前で大見得をきった枕将子がいた。

 何の変哲もないシャツとショートパンツに、まわしをつけている格好で、これからエクストリームの試合をするとは思えない格好だ。

 いや、この将子がつけていなければ、笑いを誘うような格好でさえある。

 しかし、来ている将子の身体が、観客も相手も笑わせなくしていた。

 まるでボディービルダーのように引き締まった身体、それだけならともかく、それで人の何倍も太いのだ。

 シャツもショートパンツも、裾がパンパンにふくれあがっており、あれをつかむ、というのはなかなか難しそうだった。

 単なる普通の格好のくせに、それが格闘技専用の格好になるほど、枕将子の身体は一般人の身体を凌駕しているのだ。

 加えて、その眼光は、さっき親しげに綾香や葵に話をしていたときとは、まるで違っていた。後輩を怒るときでさえ、これほど鋭い眼光はしていなかった。

「なかなか見栄えのする選手ね」

 綾香の褒め方は、格闘家としてはあまり意味のないもののようにも思えるが、反対に綾香がそう褒めるのだから、なかなかのものだ。

 綾香のように、綺麗ではないが、こちらにもその気迫がびしびしと伝わってくる。まだ試合も始まっていないのに、観客も注目しているようだ。

「さすが注目の選手、なんだろうけど……あれって、本当に女なのか?」

 女性の身体は体脂肪率は男性よりも多いし、太いだけなら、身長のわりに細身の浩之を越すことは難しくない。しかし、それが筋肉となると話は別だ。

「よほど、練習をつんでいるんだと思います」

 葵の身体では、望んでも手に入らないものを、将子は持っている。もちろん、目指すものの違いもある。葵はパワーよりもスピードを取っている。あんなに筋肉をつけてしまえば、柔軟に、そして素早く動くことはできないだろう。

 しかし、常識を超える筋肉が生み出すパワーというのは、恐ろしいものがある。柔も剛も一体となって初めて力を発揮するのであるが、片方が極端に強い、というのは、常識でははかれないものを生み出すことさえある。

 相手の選手は、見たところ着ている服が空手着なので、空手家のようだった。しかし、試合が始まる前から、すでに気おされている感もある。セコンドと熱心に何かを話しているのは、その不安をまぎらわせるためか。

 と、そこで、相手選手は空手着の上を脱いで、シャツ姿になる。

 何も、不安でセコンドと話をしていたわけではないというわけだ。相撲ならば、その突進も恐いが、つかまれての投げも恐い。それに、ここのマットは決してやわらかくない。力まかせに倒されるだけでも、けっこうなダメージを受けるだろう。

 空手着は、つかむための専用の服ではないが、それでも、つかまれる部分が多いというのは、不安だろう。空手家にとって、理論的に見れば空手着がプラスになることはまずないのだ。脱いだのは、むしろ正解と言えよう。

 下はそのままだが、帯も外して、セコンドに渡している。

「相撲相手に、いくら黒帯を外すのは嫌だって言っても、腰をつかまれやすいものをつけて試合にはのぞめないってわけね」

 坂下は、少し相手の選手に反感を持っているような声で言った。

 いや、坂下にしてみれば、いか不利とて、空手着どころか、帯まで外すというのは、論外に思えたのだ。

「空手家のプライドってもんがないの?」

 不利なのは、わかる。実際、葵も綾香にプレゼントされてだが、空手着は着ないし、綾香だって、エクストリームでは空手着は着ていない。

 わざわざ組み技相手に、有利にしてやる必要はないのだ。それをわかっていても、坂下としても、納得しかねるものがある。

「冷静な判断じゃない? 余裕を持って、突き放したまま戦える相手じゃないと判断すれば、誰でもする行為よ」

 勝つか負けるか、結果として、エクストリームではそれしか残らない。スポーツマンシップを大切にして、そして自分の格闘技にプライドを持って戦ったとしても、負ければ、それもこんな地区大会で負ければ、それまでの話だ。

「有利不利って言うなら、私にもわかるわよ。でも、納得できるかは、また別よ」

 坂下も、坂下の意地を持っているのだ。ただ勝つためだけに、自分を曲げることはできない。そして、曲げないことが強さになるのだ。

「そこらへんを強制するつもりはないけど……情けないとは思うわ」

 しかし、坂下にそう言われても、将子の相手がそれを変えることはないだろう。勝つために、相手も必死なのだ。

「まあまあ、とりあえず、楽しませてくれるって言ってきたんだから、見てみようじゃないの」

 葵も、言われなくとも注目していた。

 正直、相手がいい。いや、葵にとって、将子の相手が空手家であるのは、実はいい知らせと言ってよかった。

 枕将子の打撃、しかも空手に対する戦い方が見えるし、よしんば、将子が負けても、葵は同じ空手なら、負ける気がしなかった。葵は、今まで綾香に相手をしてもらっていたのだ。同じ空手家で、綾香よりも強い者など、まずいまい。

 相手がどう来るかわかっているのなら、対処はしやすい。もっとも、相手にも空手を経験させてしまうという不利な部分もあるが……

 空手なら、負けない。それだけの自信が、今の葵にはあった。

「それでは、位置について」

 審判に言われて、相手と将子は、位置につく。

 正直、葵は少しドキドキしていた。どちらかが、一回戦を葵が突破できればの話だが、対戦相手となるのだ。それは、一瞬も見逃せない戦いだ。

「レディー……」

 相手は、素早くオーソドックスな左半身に構えた、拳は、少し引きぎみに構えている。いい選択であるのは、すぐにわかった。

 通常ならば、相手の出方がわかるまで、守り重視で、少し腕を前に出した格好で構えることが多い中、もうすでによく戦い方を考えていると言える。

 相撲取りの、重いつっぱりを受けるのに、片手だけでは無駄と読んだのだ。普通の打撃なら、根元からおさえれば蹴りでも止めれるとは言え、相撲取りは根本的に力が違う。しかも、相手は筋肉の塊。

 であれば、攻撃にしぼった方がいい。いかに鍛えていようと、渾身の正拳突きが急所に入れば、耐えれるものではない。そうでなくとも、カウンターでいいのをいれれば、それで倒せるはず。

 実に理にかなっている。しかし、それをあざわらうかのように、将子もゆっくりかまえた。

 オオッと観客が沸く。ただ将子は構えただけだが、それは見る者を驚かせるには十分な体勢だった。

 予想外と言うよりは、期待通りと言える。

 かがんだ将子は、マットに拳で片手をついたのだ。そして、腰を落とし、体勢十分になる。

 相撲の仕切りだ。こんな大会で、それをしようなどと考えること自体、おかしなことなのだろうが、むしろ、将子の顔は、さっきよりも自信に満ち溢れていた。

 意味はなくとも、その意思が、力となるのだ。

「ファイトッ!」

 

続く

 

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