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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(60)

 

「ファイトッ!」

 審判の声がかかった瞬間、相手は後ろに飛びのいていた。一秒でも、将子のつっぱりが届く距離にいたくないようだった。

 しかし、それは直に自分の打撃も届かないと言っているのだ。

 しかし、戦い方のわからない相手に、様子を見るのは当然だろう。葵でもそうする。

 いや、今回はそうするも何も、相手の出方が全然わからないのだ。

 普通、こんな大会に出てくるとは思わないし、何より、女子で相撲など、そんなに注目されている格闘技ではないのだ。

 異種格闘技に、相撲取りが出てくることは、完全と言っていいほどない。

 相撲協会が仕切っている相撲の世界で、異種格闘技をしようなど、追放されてもおかしくはないのだ。

 だからこそか、他の格闘技にはある、セオリーの対処の仕方というのがない。

 向こうの出方を見るというのに、素直に賛成はできないが、事前に考えているのと、実際にやるのとでは天地の差があるのだし、これは仕方ない。

 将子の方も、他の格闘技と戦うこともなかったろうから、相手の出方を見ているのは同じだ。仕切りの格好で動こうとはしない。

 ほんの数秒だろうか、それだけあれば、試合の始まった高揚感も落ち着く。実際、相手の顔もかなり冷静になっている。

 しかし、冷静になったのはいいが、今度は、また相手は困惑の表情になっていた。

「……攻めませんね」

 仕切りをしている以上、それが届く範囲でしか攻撃をする気がないのだろう将子はともかく、スピードでかく乱する必要のある相手は、少しも攻めようとしなかった。

 いや、もっと単純に攻めれないのだ。

「攻めないというか……これは、私でも攻めれないわよ」

「えっ!?」

 綾香が攻めれない。天才の名前を欲しいままにし、圧勝と言っていい勝ち方で優勝した、エクストリームチャンプに、将子はそう言わしめた。

 あ、綾香さんが攻めれないなんて、初めて聞いた。

 葵は、確かに攻めにくい相手ではあると思うが、何度か手を出してみるだろう。それだけさばく自信ならある。

 葵の驚愕の顔に、綾香は自分の悪戯が成功したのを確信して、ニンマリと笑った。笑われて、葵は初めて自分がからかわれているのに気付いた。

「あ、冗談なんですか?」

「言ったことは本当よ。私でも、ここでは攻めれない」

「じゃあやっぱり……」

 綾香に攻めれないと言わせるだけの相手を、自分でどうにかできる自信が、葵にはなかった。

 だが、そうやって綾香が葵を弄んでいると、浩之が横から助け舟を出す。

「何葵ちゃんをいじめて遊んでんだ、綾香。この状況で攻めれば、反則負けになるだけじゃねえか」

「反則ですか?」

「もう、浩之。ばらしちゃ駄目じゃない」

「てか、一目瞭然じゃねえか。仕切りで手をついてちゃ、相手が打撃を使えないのは」

 実力がどうこうというものではない。やったら、負けなのだ。

 将子は、仕切りの格好で拳をマットにつけている。この状態で攻撃すれば、将子を倒そうが、負けてしまう。

「これは盲点というか……将子さん、反則負けになりませんか?」

 倒れた相手に対する打撃は禁止されているが、だからと言って自分から安易に倒れたのでは、試合にならない。そこらは、厳しく取り締まられるはずだ。

「待てッ!」

 審判も、相手が戸惑っているのに気付いて、やっとその意味に気付いたのだろう。試合を止めた。

「君、自分から手をついては駄目だよ」

「おいおい、相撲取りに、仕切りをするなって言うのかよ」

 綾香に対する方が、よほど礼儀正しい言葉だった。自分の戦い方を注意されて、実はけっこう腹にすえかねているのかも知れない。

「しかし、手をついていては、相手は打撃を使えないだろう。試合の流れでそうなったら問題ないが、構えの時点でそれはまずい」

 審判の説明に、ハンッと将子は鼻で笑った。

「いいじゃないか、相撲取りが仕切りをするのは当然。別に、仕切りをしてるところに打撃を打ってきてくれても、こっちは全然かまわないんだよ」

「しかし、ルールが……」

 ルールに問題があれば、出てくるのはこの人。

 ゆらりと、北条鬼一が立ち上がる。今までも、散々ルールの問題を一刀してきた鬼の拳が、今回も出ざるおえなかったようだ。

 北条鬼一は、マイクを持って試合場に出てくる。

『あー、試合中だが、少しルールの改正をしようと思う』

 普通に考えれば、そんなことをしてもいいわけはないのだ。出ている選手は、それぞれに必死になって、今のルール内で戦おうとしているのだ。そんなときに、ひょこっと横から、誰かが有利になるルールをつけられては、たまったものではない。

『相撲取りが仕切りを取れない。なるほど、これは問題だ。よって、仕切りをしている相手に関しては、打撃を打つことを許す、選択ルールを取ろう。選手は、そのどちらかを自由に選択して良いことにする』

 つまり、仕切りにをしている相手ならば、思い切り打撃を打ってもいいと言っているのだ。それは、実はエクストリームには珍しい、打撃有利のルールだった。

 普通なら、空手を有利にさせようとするルールであるし、批評が出て当然の内容だが、北条鬼一は、実はかなり頭がまわるのでは、と見ている浩之などは思った。

『ただし、選択性であり、嫌なら取らないで結構』

 それは、ほとんど将子の言ったことがルールになったも同然だった。それに、選択性というのがある限り、公平さを損なっていない。

 仕切りをすることが特別であり、そのためのルールなのだ。それに、仕切りをしているところを打撃でやられるようでは、相撲取りとしてのプライドにもかかわろう。

 どっちが有利、不利というなら、打撃格闘家に、有利だ。しかし、完璧に有利ではない。相撲取りに仕切りを取らせる方が、よほど有利なのかもしれないのだ。

「さすが、鬼の拳、話がわかるねえ」

「なーに、空手家も有利になるルールだ。後から批評が恐いな」

 そう言うと、今度は相手の方を向いた。相手選手が、それだけで顔色を変える。

「空手家の恐さ、見せてやりなさい」

「オ、オスッ!」

 どうも、北条の所の門下生のようだった。その館長を前に、空手着を脱いでまで勝ちを狙うのだ、練武館の選手は、よほど教育がなっているようだった。

 勝ってこそ、全てだという。

 立つ瀬のなくなった審判だったが、北条鬼一に言われた以上、そうせざるを得ない。一度咳払いをしてから、審判は腕をあげた。

「それでは、位置に戻って」

 また、将子は仕切りを取った。今度は、そこに打撃が襲う恐怖があるはずなのに、将子はむしろ楽しそうだった。

「レディー……ファイトッ!」

 

続く

 

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