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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(62)

 

 飛び込んだ、と思った瞬間、相手選手は横に飛んでいた。

 ブハッ!

 また、将子のつっぱりが、物凄い音を立てて空を切る。

 正面から当たれば、その腕力は脅威だった。それを考えれば、相手がフェイントで将子の攻撃を誘って横に逃げるのは当然の話だ。

 だが、少し違うのは、相手の動きは予想以上に速かった。

 シュバッ!

 切り裂くような音を立てて、相手のローキックが、やはり空を切る。

 横に逃げて、脚を狙う。葵がシミュレートする将子の戦い方そのままだった。体重の重い、腕力の強い相手は脚を狙うのが常套手段だし、それは効果が高いと葵も考えていたのだ。

 問題は、将子のぶちかましをどうよけるかだが、それも相手選手はクリアしていた。異種格闘技戦の経験不足だろう、将子は簡単に相手のフェイントにひっかかっている。

 しかし、将子はそれでも、経験のないローキックを避けた。

 ぶちかましが命である将子が、それを二度も避けられるのは致命傷ではあったが、反対に、一番対処しにくいであろうローキックを避けてみせたのだ。

 同じ打撃系同士でも、ローキックは避け辛いものなのだ。組み技系の選手なら、わざとローを受けて相手の脚をつかまえるかもしれないが、避けるのは至難の技。

 それを、将子は当たり前のように行った。間一髪、というには余裕のある、慣れた攻防だった。

 それに驚いたのか、相手選手は攻めをやめて距離を取る。

「ロー、避けたんじゃないのか?」

「そうですね、しかも、慣れてますね」

 柔道ではないのだ。相撲の脚払いは、そんなに速くないし、払うというよりは、むしろ相手の脚にからめるのを目的としている。例えば英輔が下段の技になれているのとは大きな違いがあった。

 相手としては、ここはローでダメージを蓄積させて、動きのにぶったところでとどめの打撃を狙う、そういう案を考えていたのだろうが、その一撃目がかわされたので、あわてて距離を取ったのだ。

 試合中でも、将子がそれに簡単に反応したのに気付いて、作戦が不可能なのを理解してすぐに距離を取るところも、相手はなかなかのものだが……

「しかし、相撲取りって、あんなに軽快に動けるものなのか?」

 最初のぶちかましは、凄いスピードで突進してくる戦車を思わせたが、ひょいとローキックをかわした様は、まるで軽業師だ。

 相反する二つの効果を、その筋肉は作り出せるのだろうか?

 相撲ではない。であれば、それ以外の格闘技を研究してきたということか?

 葵の疑問に、言葉を抑え切れなかったのか、綾香がポロリとヒントのような、しかし、言われてみればごく普通のことを言った。

「ま、考えてみれば、それぐらい普通じゃない。ここ、エクストリームの試合上に、あの相撲取りは立とうと思ったんだから」

 相撲の攻略法を、枕将子という注目選手がいることを知った時点で考えたろう。相手が特殊な格闘技を使うのだから、特殊な対処方法を使えば、むしろかなり有利に試合を進める相手だ、誰しもがそう思うはずだ。

 だが、それは裏返せば将子も同じ。

 自分の弱点を、誰しもが狙ってくるのだ。だったら、その弱点を重点的に消しておけば良い。

 攻撃に関して言えば、何かにしぼればそれで済む。しかし、防御に関しては、それこそ多種多様な種類がある。

 将子は、その防御の中で重点的に鍛えた方がいいものがわかっているのだ。

 不利を有利に代える。エクストリームに出るにあたって、考えているのは相手ばかりではない、特殊な格闘技を使う将子も当然なのだ。

 そのパワーと、反射神経をもってすれば、わかっているローキックを避けることも可能、そういうわけだ。

 自分には不利はない。それを見せ付けるかのように将子はそれを見せ、意気揚々とまた仕切りを取る。

 横に避けて脚を狙うのは無理だった。

 相手の選手の取る行動は、これで正面に限定される。あの身体には、胴体への攻撃は効きそうにないし、頭は、その首には効果が薄そうだ。

 そのぶちかましに突っ込むのはかなり怖いだろうに、それでも、相手はもう一度飛び込むつもりだ。もう、そろそろ横に逃げるのも読まれるだろう。

 しかし、反対にここで前に出れば……

 将子のぶちかましの中に、今度こそ相手選手は飛び込んでいた。腰を落とし、そのフットワークのスピードで、ギリギリまでひきつけ、わずかに横によけながら。

 ブワッ!

 三度目、将子のぶちかましが避けられた。そのまま相手は横を通りすぎるように避ける。

 でも、ここからでは攻撃は……

 と思った瞬間、相手は将子を通り過ぎたところで、歩を止めた。

 振り返るのに時間をとられて終わり、葵はそう思った。

 が、相手はそこから振り向きもせずに、脚をあげる。

 後ろ蹴り!

 空手では基本の技だが、後ろの相手にでも使える打撃であり、かつ、その威力は普通の蹴りよりも強い。

 しかも、相手も後ろを向いている体勢ならば、避けようがない。

 振り向くのでは、遅い。渾身の後ろ蹴りを、腕ではじく程度では止めようがない。

 唯一の逃げる方法は、自分も前に出て、後ろ蹴りの射程外に出る方法だが、将子は、その場で止まって相手を追うように振り向く。

 そのスピードは速く、片腕が相手の後ろ蹴りに当たるほどではあったが、葵は、それでは避けれない、と思った。

 渾身の後ろ蹴りを、腕ではじく程度では……

 バシンッ!

「え?」

 葵が間抜けな声をあげ、観客はわっとわいた。

 相手の渾身の後ろ蹴りが、振り向きざまの将子の腕によってはじかれたのだ。

 そんなバカなっ!

 腕と脚だけでもその力差は三倍と言われているのに、さらにそこから威力の高い後ろ蹴りをはじくなんて……

 バランスを崩す相手選手とは違って、将子は体勢十分で振り向いていた。

 そして、将子は何を思ったか、わざわざ手をついて、仕切りを取った。

 そのまま攻撃していれば、相手は回避不可能な状態で打撃をくらっていたところを、わざわざ手をついたのだ。それはほんのわずかな時間ではあったが、相手選手が少しでもバランスを取り戻すには、十分な時間だった。

 避けれる、今までの相手の実力を見て、葵はそう判断していた。

 案の定、相手は上体を落とす。自分が土俵についた時点で負けである相撲には、下に対する攻撃はない。それをよく研修していた。

 将子選手の身体が一瞬沈み。

 ドガンッ!

 派手な音を立てて、相手選手の身体が宙に吹き飛んだ。

 

続く

 

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