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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(63)

 

 ドガンッ!

 まるで車にひかれたような音をたてて、将子のぶちかましは、相手にぶつかり、そのまま相手を吹き飛ばした。

 相手は、試合場から外の、まわりで見ていた他の選手達の中まで吹き飛ばされた。

 他の選手達も、とっさに相手選手をかばうように手を出したので、床に叩きつけられるという最悪の事態はまぬがれたが、それでも相手選手に動きはない。

 そこまで飛ぶのだ、ぶちかましを受けたときに、とっさに腰を浮かして、衝撃を逃がそうとしたのだろうが、それさえ、その威力の前では無力だった。

 人一人を試合場中央から外に弾き飛ばすようなぶちかましの直撃を受ければ、打たれ強いとか打たれ弱いとか、そんなものは問題ではなかった。

 審判や係りの者があわててかけよる。下手をすれば、骨さえくだけているかも知れない。あごへの直撃だ。脳にさえ心配がある。

 ウレタンのナックルガードも、手の甲を使う将子には意味をなさなかった。掌打は、訓練しだいでは拳よりも危険な技になるのだ。

 完全に相手選手の意識は飛んでいた。空手として見ても、弱い相手ではなかったが、その選手を、木の葉のように吹き飛ばす将子のぶちかましには、背筋が寒くなるようだった。

「それまでっ! 勝者、枕将子選手!」

 審判は、試合を終えると、さっさと将子の勝ちを宣言し、自分も倒れた選手にかけよる。それほどに、危険な状態なのかも知れない。

「命に別状はないと思うけど、あれはあごにヒビぐらいは入ったわねえ」

 綾香が、タンカで運ばれていく相手選手を見ながら、どこか嬉しそうにそれを話す。

 浩之としては、そんな物騒な話題にはふれたくもないし、喜ばしいことなど少しもない。それに、そんな相手に葵は二回戦目で当たるのだ。

 盛り上がる、などというものではなかった。その威力に、選手どころか、観客も引いているようにも見えた。

 あの寺町の打ち下ろしの正拳突きでさえ、ここまでの派手な威力はなかった。もちろん、それは相手の身体に衝撃を逃がさないように叩き込んでいるということを、受けた浩之はわかるが、見た目の派手さと、危険さにおいては、将子に軍配が上がろう。

 あんなのを、葵ちゃんは相手にしなくちゃいけないのか……

 怖がる葵ではないだろうが、浩之も心配になってくる。葵なら、その全てを避けることも不可能ではないだろうが、勝負は水物、一度のラッキーパンチだってありえる世界だ。

 たまたま、逃げ切れなかった葵が、あのぶちかましを受けると思うと、受ける本人ではない浩之でも、寒気を感じる。

 葵は、さらにこの大会でも異例なほど身体が小さい。さて、直撃をうければ、何メートル飛んでいくか……

 試合を終えて、意気揚々と、試合場から降りてくる将子を、後輩達がでむかえている。が、すぐに将子はこちらに歩みを進めてきた。

 試合前よりもよほど人懐っこい顔で、将子は葵達に話しかけた。いや、その試合を見た後では、その人懐っこい顔さえ、怖く見える。

「と、まあ、こんなもんだったが、あんまり盛り上がってないなあ」

 あまりの威力に、観客は盛り上がるどころか、静かになってしまったのだ。確かに、横の綾香や、一部の格闘バカは身体や心を思い切りたぎらせているかもしれないが、それはごく一部の話。

「そんなことないわよ。私はけっこう楽しめたし」

 綾香は、フォローというよりは、抑えきれない、と言った風に将子にニコニコと話しかけた。綾香の性格なら、ここでいきなり将子にケンカを売っていったって、浩之は少しも驚かなかったろう。

 将子の後ろに控える後輩達も、かなり誇らしげだ。将子は相撲では強いのかもしれないが、それが直にエクストリームの強さにつながるわけではない。

 後輩達がえらく綾香につっかかっていったのも、おそらくはその不安からだろう。浩之だって、葵の不安がぬぐえるものなら、いくらでも相手につっかかっていくだろうが。

 残念ながら、それをどうにかできるのは、本人しかいないのだ。

「いや、でもさすが、相手も速いねえ。相撲の試合でも、あんな相手は見たことないよ」

 最初はいいようにぶちかましをよけられていたのだ。将子も強がっているわけではないし、相手をほめて、自分の強さをアピールしたいわけでもない。

 本心なのだろう。浩之にはわかる。格闘バカは、相手をバカにするときは、挑発するときだ。それ以外は、むしろ積極的に相手を肯定する。

 何故わかるのか? 簡単な話だ、近くに例がいくらでも……

「凄いです、今までいろんな人を見てきましたが、相手をあんなに吹き飛ばすほどの威力のある技は、初めて見ました!」

 その恐怖が、一番目の前にせまっているはずなのに、葵は凄く素直に将子の技をほめた。葵はもとから裏のある人間ではないので、もちろん、格闘バカでなくとも、将子のことを認めたろうが。

 その顔は、綾香よりも嬉しそうなのは、間違いなく格闘バカだからだろうなあ。

 綾香にとってみれば、前でいくら楽しそうに戦ってくれても、それを指をくわえて見ているのがせきの山だ。もちろん、横からつまみ食いをしようと思えばできないこともないが、少なくとも、将子に関してはそれもできない。

 何故なら、それは葵が戦うべき相手なのだ。葵に手を貸さないと言った以上、その気がなくとも、葵の助けとなることはできない。

 もっとも、これで将子が急に体調不良か何かで危険すれば、くやしがるのは間違いなく葵ちゃんだろうが……

 浩之なら、絶対逃げたい相手だ。ぶちかましであごを割られるなど、考えただけで嫌になる。

 しかし、浩之がそう思っているということは、葵や綾香や、そこにいる坂下にも、戦いたいと思う相手ということだ。

「いや〜、やっぱりあんたいいよ。普通、あれぐらいすれば、みんな引くよ。相撲の試合だって、私はぶちかましをあごに入れるなと言われてるんだからね」

 将子が注目選手である理由の、一番の理由はそれだった。大会で二人の相手のあごをぶちかましで割り、ぶちかましをあごに入れるのを禁止されたのだ。

 しかし、ここはエクストリーム。ルールにのっとっている以上、相手のあごを割るからと言って、禁じ手にはできない。

 そして恐るべきは。

 相手のあごを割るとわかっていて、そのぶちかましを平然と使ってくる、この枕将子という選手の恐ろしさだ。

 それを本当に理解できているのか理解できていないのか、葵は酷く嬉しそうだし、綾香も酷く嬉しそうだし、坂下までかなり嬉しそうだ。

 好意と殺意は紙一重、こんな悟りを、浩之は開きたいわけではないのだ。

「今から、将子さんと戦うのが楽しみになってきました!」

「お、言うねえ、あんたも。期待してるよ」

 酷く意気投合している二人を横目に、浩之は、葵を心配するだけ無駄ではないのか、という気持ちにとらわれたりとらわれなかったり。

 とにもかくにも、葵は、嬉しそうだった。

 

続く

 

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