作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(70)

 

 何故か試合のなかった浩之が試合のあった葵に看病を受けている間も、試合は動いていた。

 綾香と坂下は、葵へのアドバイスをさけて離れていたのだが、そうするとやることがなくなってしまう。

 なので、手持ち無沙汰になって試合を見ていたのだが、歓声があがったのは、その適当に見ていた試合でのことだった。

 巨躯、と言っていい大きさの選手が、彼女の相手であった。

 ただ大きくで動きが鈍いのならともかく、体格の大きさは格闘技では有利に働く。百八十センチも近いかと思われる巨体を持つ相手に、それは単なる女の子だった。

 ズダーンッ!

 だが、その大きな身体が、マットに凄いスピードで叩きつけられたのだ。しかも、後頭部から。

 日本人は小さな人間が大きな人間を圧倒するのを喜ぶ。もともと身体の大きくない種族であるから、身体が小さいのは、直に自分達日本人をさしているように思えるのだろう。

 そういう意味もあって、その試合のその一こまは、酷く歓声が大きかった。

 投げられた大きな身体の選手は、受身に失敗したのか、その大きな身体が反対に自分にはねかえってきたのか、投げられた後に動きが鈍る。

 何とか相手の手をふりはらって立ち上がったのはいいが、明らかに脚にきていた。

 それを見逃す相手ではなかった。

 柔道をやっているのだろう巨躯の選手の、その伸びてくる腕をかいくぐり、いともあっさりと懐に入り込み、今度は前からその大きな身体に腕を回す。

 あわてて相手も腰を落とすが、そのときには、その大きく差のある身体は、何の抵抗もないように持ち上がっていた。

 どんなに身体が大きかろうと、一度持ち上がってしまえば、ふんばるなど不可能。それに、相手はそんな暇など与えなかった。

 ズドンッ!

 そのまま、その小柄な選手は、後ろにそりかえり、大きな身体を持つ選手を頭から叩き落とす。大きいが、鈍い音が響いた。

 とっさに、大柄の選手は腕をついて受身を取ったようだったが、それでも頭からそのマットの上に落ちていた。

 エクストリームのマットは、表面はともかく、柔道で使われるような畳とははっきり言って固さが違う。全部のダメージを受身で流すのは非常に難しいし、何より、いくら受身を取っても、頭から落とされれば意味がない。

 柔道の受身というのは、頭部を打たないことだけを考えた受身なのだ。頭部を打ってしまえば、それは受身の意味を持たない。

 相手を投げた状態では、自分が下になる小柄な選手は、投げる途中に身体を半分ひねり、身体を横に逃がしておいたので、すぐに相手の上にまわる。

 身体をひねることにより、斜めから落としている意味もあるな、と坂下は感じた。坂下も、受け身ぐらいはできるのだが、斜めからの受け身というのは、非常に難しいのだ。

 その小柄な選手は、倒れた相手の後ろにまわり、素早く腕を取った。

 技をかけて一、二秒もたっただろうか。

 パンパンッ

 腕をとられていた大柄な選手が、マットを叩いた。

「それまでっ!」

 あわてて、審判が小柄な選手を外す。

 大柄な選手は、腕を押さえて動けないようだった。すぐに、タンカが運ばれてくる。頭を強く打っているのもあるし、かかった関節技は、アームロックだっただろうが、かなり危険な角度で決まったようだった。

 審判が勝者の小柄の選手に勝ちを宣言している。もう、そのときには相手の大柄な選手はタンカで運ばれているところだった。

「なかなかやる選手もいるもんだね」

 坂下は、そう素直な感想を言った。

「そう?」

 と綾香は同意しかねるというニュアンスを出しながらも、パンフレットを開く。

「見たところ……レスリングかな?」

「そうね。アマレスの方ね。タックルのスピードが速かったし、ブリッジもかなり鍛えてたみたいだし」

 大柄な選手は、他にも柔道着を来た人間に囲まれているとうことは、大学か何かの柔道部らしかった。エクストリームに出てくるのだ、それなりの実力者であろう。

 坂下も、大柄な選手のスピードには目をみはっていた。あまり身体が大きいと、どうしてもスピードが殺される。しかし、かなりの鍛錬をつんでいるのであろう、その選手の動きは素早かった。

 だが、それよりも相手はさらに素早かった。

 相手のリーチのある腕をかいくぐり、素早くバックを取って、後ろに投げてしまったのだ。大柄な選手も受け身は取っただろうが、そもそも、柔道の受け身は後ろに投げられることにはあまり慣れていないし、相手の技はもっと鋭かった。

 投げられるより、叩きつけられる、と形容した方がいいのだろう。後頭部を叩きつけられた大柄な選手は、後は何もできなかった。もしかすれば、後ろに投げられた時点で、勝敗は決まっていたのを、無理に大柄な選手は引き離したのかもしれない。その後には続けなかったが、一筋縄で行く選手ではなかったのだろう。

 しかし、相手が悪かったのだろう。坂下はそう思った。

 葵よりは大きいだろうが、それでも小柄な身体で、巨躯の選手をあっさりと投げてしまうのだ。そのパワーとばねたるや、恐るべきものがある。

 もちろん、腰を落としても、ブリッジは直接パワーで投げるので、なかなか我慢し辛いということもあるが、それは相手の方が力が強かったら、という前提がある。

「篠田逸香、ね」

 綾香が選手の名前をパンフレットから見て、チェックしているのだろうか?

 坂下は少し笑いそうになったが、それをこらえた。

 それは他でもない。葵の三回戦、つまり準決勝の相手に、あの小柄な選手がなる可能性が高かったからだ。

 坂下が見ても、弱い選手ではないと思うが、綾香に対抗できるか、と言われると疑問に思ってしまう。あんなに直接突っ込んでくれば、綾香のラビットパンチの餌食だ。

 いや、相手もそれはわかっているから、他に対抗策をねってくるだろうが、そんなことは関係ないのだ。

 綾香の相手にはつりあわない、じゃあ、綾香は何で調べてる?

 葵のことが気になるからに決まっているのだ。アドバイスはしないといいながらも、ついついチェックしてしまう辺り、綾香は葵の先輩ヅラがかなり板についているということだ。

 一回戦の相手も、打撃系だったからねえ。

 葵はまだ組み技の選手とエクストリームでは戦っていない。それを綾香は気にしているのであろう。

 未知の選手に遅れを取る可能性も、ないわけではないのだ。

 ここで綾香がチェックしたところで、どうせ教えはしないんだろうけど……

 かわりに、坂下は気にせずに教えるつもりなので、もしかすれば、坂下に教えるために言ったのかもしれない。

 それって意味ないような気もするけれど。

 素直でない綾香を見て、坂下は笑みをこぼしたのだった。

 それに気付かないふりをした綾香の態度が、坂下の予想を肯定する、何よりの証拠でもあった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む