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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(77)

 

「凄い試合でしたねっ!」

 葵は、少し興奮気味に試合を反芻していた。

「確かに、相手もなかなかのものだと思ったんだけど……結局、一ラウンドもたなかったね」

「はい、技もそうですが、やっぱり経験がものを言っているんだと思います」

 葵は、素直に吉祥寺を尊敬していた。

 技の冴えに関しては、それはもちろん群を抜いてはいるが、それがこれだけの結果を引き出すのではない。

 運もあるだろう、しかし、吉祥寺の強さは、その経験だ。

 こう打てば相手はこう動く、ああやってやれば、相手はどうする、そういうことを、身体にしみこませているのだ。それを実戦された日には、相手はたまったものではないだろう。

 実際、弱いとも思えない相手を、どちらも一ラウンドKOしているのだ。さらに言えば、ダメージを受けていないというのは、こういう一日で行われるトーナメント方式では、かなり有利なことなのだ。

「……狙っているんだろうな、多分」

「そうですね、自分がダメージを受けないように、最短で、自分は疲労しないように、最小で、相手を倒しているように私には見えます」

 言うほど簡単なものではない。勝てないから、消極的になったり、引き分けになるのだ。まして、ポイントに関しては、エクストリームはいまいち信頼がおけない。

 手数よりも、ダメージを見る審判もいれば、手数や、今までの試合運びで、総合的に見る審判もいる。

 引き分けは、思うよりも危険なのだ。だから、勝つには、KOかギブアップが望ましい。もちろん、無理をすれば自分も危険になる。だからこそ、引き分けなどが起こるのだが。

 勝てない相手に、何とかして勝つ手、としては引き分けで判定に頼るのは、かっこ悪かろうが、選択肢としてはある。

 だが、吉祥寺は、おそらくあのまま戦っていても、KOか引き分けかわからないが、勝っていたろう。

 それを、短期決戦に持ち込んだのは、理由があると言え、かなり危険を伴う。

 反対に、それだけのことをする自信が、あるということだ。

 その自信は、その経験や技、度胸など、色々混ぜ合わせた「実力」から引き出されているのは、間違いないだろう。

「本当に、凄い人です。好恵さんや綾香さん以外にも、あんな人がいるなんて……」

「……それってどういう意味?」

 綾香と一緒にされるのも納得いかなければ、最後に吉祥寺が試合を決めたと思ったときに浮かべた、壮絶な笑みを見て、それと似ていると言われると、いくら坂下でも、ムッとしてしまうのは当然だ。

「あ、いえ、恐いというか何というか……」

「……」

 ……まあ、葵に言い訳は求めてないけどね。

 言い訳どころか、思ったことをそのまま口にしている葵を見て、坂下は大きくため息をついた。正直さは、こういうところにも出るのだ。

 ほんと、こんな正直な娘を前にして、よく藤田の野郎、手を出さないわね。

 葵が浩之のことを好きなのは、すでに共通認識のレベルに達している。こんなかわいい子にそんな態度を取られれば、だいたいの男はころっといくだろう。

 それが、藤田浩之という男なのだろうけど。

 宇宙的鈍感なのか、今のご時世、まれに見るほど奥手なのか、そういう意味では信頼に足る男なのだろう。

 もっとも、理由が前者であることは坂下も知っているし、しかもさらにスケベ親父であることはこれまた一般常識レベルの話なので、信頼おけない気もする。

 まあ、お似合いだとは思うけどね。

 綾香も浩之のことを狙っているのは確かなので、葵の希望がそう簡単にかなえられることはないとは言え、坂下は、この後輩の恋がうまく行くことを祈った。

 坂下は寛大な人間なので、例え先輩を恐い呼ばわりした後輩に対しても、怒りというのは、ちょっとぐらいしかないのだ。

「あっさり終わったわね〜」

 その浩之をつれてどこかに行っていた綾香が、何の話をしていたのか知らないだろうし、そういう場面でもないのに、何故か話をそらすようなことを言いながら戻ってきた。

「でも、凄い試合でしたよ」

「作戦の裏を取られたら、あんなものってことね」

 それは、浩之に対して言っているのだろうか?

 葵はそんなことを思ったのだが、口にはしないことにした。綾香の性格ならば、浩之に言っていることは間違いないし、実際、策を裏手に取られたとき、挽回するのは相当きびしい。だからこそ、策を成功させることのできる人間が強いのだが。

 しかし、その策士と言うべき人物、浩之は、何故か綾香の横にはいなかった。

「センパイはどこに行ったんですか? 綾香さんと一緒にどこかに行ってたように見えたんですけど」

 単にトイレという話なのかも知れないが、葵は何故か気になったので、聞いてみた。

「あ、浩之? さ、さあ、知らない」

 綾香が、少し動揺したように見えたのは、葵の錯覚だったのだろうか。もともと、感情を隠す人間ではないのだが、動揺することなど、普通はありえないのだし、きっと自分の目の錯覚だろう、と葵は結論をつけた。

「それより、葵にはあの変則の蹴りがかわせる?」

「あ、はい。まあ、知らない技ではないので」

 またも話をそらしたように思えたのだが、珍しく綾香が格闘技に関係のある話をふってきたので、葵は話を続けた。

「あんなの、私だって使えるわよ」

 坂下は、その話の不自然さを気にもしなかったのか、ふんっと鼻をならした。それは、坂下にとっては使えない蹴りではない。

「単体なら、全然恐かないよ、あんなの」

「でも、そう言っても、変形に見せかけて、そのまま前蹴りとか、二択に持っていくことはできるし、なかなかやっかい……」

 

 

 吉祥寺の使った変則の蹴りは、前蹴りから、回し蹴りに変化する、奇襲技。もちろん、熟練すれば普通の蹴りの威力を出すのだから、危険な技だ。

 しかし、知っていれば、簡単にふせがれるという欠点もあるが、それさえ、やり方によっては、作戦の一つとなる。

 変則蹴りと見せかけて、そのまま前蹴りを放つのだ。

 それをうまく決めるとどうなるかと言うと……

「あ、綾香……これはシャレになんねえって……」

 股間を押さえ、力尽きた、というより痛みで動けない浩之が、ゴミのようにころがっていたりするのだ。

 

続く

 

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