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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(84)

 

 クリーンヒットどころか、まだ葵の拳は、将子にダメージをほとんど与えていなかった。

 スピードが身上であるはずの葵が、パワーが身上であるはずの将子をつかまえきれていないのだ。それは、苦しい展開だった。

 もちろん、まだ葵もダメージらしいダメージは受けていないし、疲労もほとんどない。しかし、逃げていたわけではないのだ。

 積極的に手を出してこの状態だ。まだ一ラウンド目とは言え、自分の不利を葵はよく自覚していた。

 チラリと観客の方を見ると、浩之がかたずを飲んで自分のことを見守っているのが確認できた。坂下は、しぶい顔で見ているし、綾香は、まだ余裕の表情だ。

 浩之からの声援は……ない。じっと、葵の姿を見ている。

 本当は、少しでも声をかけて欲しかったけれど。

 ……わかりました、センパイ。まだまだ、ということですね。

 浩之は、ただ葵をはげますだけではない。時にはいましめ、時にははげまし、時には叱り、時には甘えさせてくれる。

 それは、何故かいつも丁度いい場面で、葵を助けてくれた。

 今回も、葵の精神は、浩之の態度一つで回復した、と言っていい。

 まだまだ甘えるには、早い。

 本当の本当に、自分の中の全てを出し切ってから、それでも駄目なときは、初めて浩之の声援で力をもらうべきなのだ。

 多くの人に力をもらっていても……戦っているのは、自分。自分の努力なくして、勝利はない。

 では、どう攻める?

 葵がそう考えて、距離をとっていると、将子が、仕切りの形を解いて、上体をあげた。

 将子さんが、疲れた?

 仕切りの形は、あまり長期戦に向いたものではない。一気に相手に突っ込む、最初の動きを重視したものだ。陸上のクラウチングスタートに似ていると言えるだろう。

 そんな体勢を、ずっと続けているのは、確かに疲れるだろうが……

 将子は、一歩、ずんっと前に出て、また仕切りの構えを取る。

 ……え?

 一歩分、葵と将子の距離は縮まっていた。まだ距離はあるが、将子が前に一歩進んで、仕切りを取っただけなのに、試合場が嫌に狭く感じるようになっていた。

 これは……将子さんの、プレッシャー?

 実際には、試合場の大きさはかわらない。しかし、将子が中央近くで仕切りを取っている限り、広い範囲が将子の攻撃範囲内となる。

 試合場は、決して狭くはないのだが、将子の今までの動きを見ている限り、射程はかなり長そうであり、葵の行動範囲は、かなりせばめられていた。

 もちろん、その攻撃範囲内よりも、さらに奥に入らない限り、葵が将子にダメージをあてることはできないのだが……。

 うまい、やはり、異種格闘技戦は、これが始めてではないのだ。

 しかも、エクストリームを十分に意識した戦いをしてきたとしか思えない。試合場の広さまで、考えて戦えるというのは、経験なくしてはできないことだ。

 葵が、攻撃しかねているのを見て、自分から攻撃に転じたのだ。その性質上、カウンターを狙った方が有利なので、その有利さだけを残し、葵を追い詰めるために、一歩進んだのだ。

 このままじっとしていても、おいつめられるだけだ……。

 葵は、フットワークで、将子の正面から逃げる。将子はそれに器用に追いついて向きを変えるが、少なくとも、正面に来ない限り、ぶちかましは来ないのだ。葵がつっこむだけの暇はないが、時間かせぎぐらいはできる。

 その間に、葵は作戦を考えなければならなかった。

 葵は、一応相撲の弱点をある程度は考えてきていた。下段の攻撃はないし、後頭部を狙うこともない。倒れた状態では、腕力はともかく、格闘技としての実力はそう高くないのもわかっていた。

 しかし、それも机上の空論だった、ということだ。

 相撲はそうかも知れないが、将子の実力はまぎれもない本物であり、かつ、まだその弱点を克服しているかはわからないまでも、その弱点をつけるだけの隙がない。

 フェイントは読まれ、手を出せば、狙いすましたぶちかましが飛んでくる。そのスピードはよけるのが精一杯であり、反撃の余裕はない。

 ということは、まずはあのぶちかましをどうにかしなければ、勝機はないということだ。

 葵の考え付く方法は、すでに一回戦でやられていた。横をすり抜けての後ろ蹴りだ。これは、将子の振り向きが早すぎる上に、例えそれが蹴りであっても、将子の腕力ならば、はじくことができてしまう。

 それに、葵は後ろ蹴りはそんなに多く練習していない。何故なら、実戦、つまりケンカでならともかく、こういう試合では、後ろ蹴りなど使わないからだ。

 もともと、後ろ蹴りは威力は高いが、トリッキーな動きをしなくてはいけない。試合では相手に後ろ蹴りを出すことができるほど距離を空けて、バックを取られるなど起こり得ない状況なのだ。

 しかも、相手が正面にいるとなれば、相手にみすみす背を向けてしまうことになる。わざわざ自分から不利を背負うことになるのはいただけない。

 そう考えれば、一回戦目の相手はうまくやったのかもしれない。それで結果負けたのは、ただ将子が強かっただけで、よく考えた狙い方だった。

 しかし、あれでは駄目だ。葵は将子の一回戦の相手よりも、さらに鋭い後ろ蹴りを出す自信はある。だが、それでは足りないだろう。

 まだ、工夫が足りたいのだ。将子に一撃入れるには、まだ……

 葵は、自分にできる技、自分のやれる動き、将子のやってくるであろう動き、そのもろもろを、頭の中で高速にシミュレートした。

 結果から言えば、葵は、とりあえず一矢むくいる方法を、思いついた。

 うん、私になら……できるかもしれない。うまく、いくかわからないけれども。

 葵は、横の動きを続けながら、機会を狙った。

 突っ込んでくることぐらい、将子もわかっているだろうし、将子はそれを積極的に狙っているのだ。そこを叩かれる可能性もあるが、それを恐れていては、勝てない。

 動いていれば、一瞬の隙というものはできる。そして、スピードに関して言えば、葵は、将子よりも動ける自信があった。

 一瞬の隙、足運びの少しの失敗でおきる、わずかな隙。普通は、隙とも言えない隙を、葵は待った。それぐらいしか、将子は隙を見せないのだから。

 ほんの少し、将子の動きがぎこちなくなる。葵のゆるやかな動きからトップスピードにあわせようとして、そこで起きた隙だった。

 それに、葵は合わせて、一気に飛び込んだ。

 目の前で、すぐに将子が仕切りを取るのにも、かまわずに。

 とどけ、私の……

 将子と、葵の身体が、交差した。

 

続く

 

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