作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(88)

 

 葵の身体が、大きく宙を舞っていた。

 それは、さっきの横に流したのとは大きく違う、まるで車に轢かれたように、将子の身体の上に打ち上げられるように飛んでいた。

 そのまま、葵の身体は将子の身体の上を転がるようにして、将子の後ろに落ちる。

 ドスンッ

 受け身とかは関係なく、葵の身体が力なくしりもちをついた。

 その光景に、浩之達も観客も声を無くした。

 将子は、そのまま力余って前につんのめるが、そこは相撲取り、手もつかずに体勢を立て直すと、すぐに後ろを振り返っていた。

 まさに、車に轢かれた、その通りだった。葵の二倍はあろうかという巨体が、葵の細い身体を跳ね飛ばしたのだ。それに抵抗できずに葵の身体は後ろに跳ね飛ばされたのだ。

「あ……」

 トンッ

 しかし、浩之が葵の名をを呼ぼうとしたときには、軽い音を立てながら、葵の身体は飛び起きていた。

 観客も浩之も、その光景に、また声も出なかった。将子のぶちかましに、葵は宙を飛んだように見えたのだ。しかし、葵はすでに元気に立ち上がっている。将子に遅れはしたものの、その姿からはダメージは感じられない。

 観客以上に、将子の顔にも、驚愕の色が浮かんでいる。

「あたたたっ」

 葵は、着地に失敗してしまって打ったお尻を押さえているが、それ以外はどこもダメージはなさそうだった。

「な、何が起きたんだ?」

 浩之がまだ驚きから抜けないのを横目に、綾香はすでに状況を把握しているようだった。坂下も、大きく息をついた。

「葵も、伊達に練習してるってわけじゃないってことよ。浩之との練習も、ちゃんと役にたってるってわけね。やっぱりやっとくべきよね」

 俺との練習?

 さすがに浩之はぶちかましや身体ごとダメージのために当てるタックルというものはやったことがない。手足の打撃に比べれば、スピードも落ちるし、あまり戦略としては意味のないものだと思うのもあるが、あれにダメージがあるのが不思議なのだ。

 浩之の想像とは違い、体当たりというものは、思う以上にダメージが大きい。それを当てるための戦略というものは難しいので、こういう総合格闘技では難しいかもしれないが、安定しており、相手がガードし辛いという部分は、十分考慮に入れるべき技だった。

「浩之はタックルだったけど、他の技に葵が応用できないわけじゃないじゃない」

 タックルなら、何度か狙って、そのたびに避けられたり反撃されたりして、一度も決まっていないが、練習はしている。

「……あ、そういや、あったな」

 今の形と同じ格好を、浩之は思い出した。

 いつか葵と練習しているとき、浩之が狙った超速タックル。横に避けなかった葵には、浩之だってタックルが決まると思っていた。

 しかし、葵はそれをあろうことか、浩之の上に逃げたのだ。プロレスラーの香里がプロレスの試合で見せた相手の上を側転する動きを真似たものだが、浩之のタックルは避けられ、結局負けてしまった。

 しかし、言っては何だが、浩之のタックルと、将子のぶちかましでは、スピードもパワーも違う。それを何故葵は同じ動きで避けれたのか、浩之には疑問でならなかった。

 葵は、将子がすぐには攻撃してこないのを見ると、すぐに構えを取って万全のまま将子の動きを待つ。

 それは、将子も攻撃したいのだろうが、さっき自分のぶちかましをさけられたのだ。すぐには攻めれないのだろう。別に反撃を受けたわけでもないのだから、警戒する必要もあまりないような気が浩之にはした。

「ちゃんと、決まってるわよ」

「は?」

 綾香は、浩之の心の中をあっさりと読んで答えた。

「上を回転しながら軽くだけど、蹴りを後頭部に入れてるわよ、葵は。だからさっき将子選手が少しふらついたでしょ?」

 確かに、さっき前につんのめるような格好になっていた。ぶちかましの勢いがつきすぎただけだと浩之は思っていたのだが、そうではなかったようだ。

「ま、浅かったから、あれじゃあ倒すまではいけないだろうけどね」

「しかし、んなアクロバチックな技、いつの間に?」

「即興ね。だからこそ倒せなかったんだろうけど、もう一度やれば……葵なら、決めることはできるんじゃない?」

 アクロバチックな技は、むしろ綾香の得意とすることだ。しかし、葵だって、条件さえそろえばできないことはないということだ。

「でも、将子だって、一回やれば、慣れるだろ」

 葵の避け方は、あくまで意表をつくからできるのだ。やるとわかっていれば、あんな大きな動き、読まれて当然だろう。

「そういうわけにもいかないのよ、将子としては。だって、それだと、脚のガードが甘くなるもの」

「……なるほどな、よく考えてあるもんだ」

 浩之は、それを追い詰めた葵ではなく、その追い詰めなければいけなかった将子の作戦を評価した。

 ぶちかましは、将子のおそらく弱点となろう脚をガードするためのものでもあるのだ。腰を低く、前に突っ込むようにしてくる将子の脚は、相手の蹴りの射程範囲外になる。そうやって、将子は有利な部分のみで戦えるのだ。

 だが、葵はそれを反対に利用した。将子が脚を守るために体勢を低くすれば、あの相手の上を通過する回避ができる。しかも、相手の上で回転するようにして、蹴りまで入れるのをとっさに思いついた。

 もし、それを防ぐためには、将子は葵よりも後に動くか、または腰を上げねばならない。

 将子は、動きは確かにカウンターだが、技自体は相手よりも早く動いていた。でなければ、将子の攻撃よりも、葵の攻撃が先に届いてしまう。

 腰を高くあげれば、葵なら自分が身体を落として脚を狙うだろう。いかに将子にパワーがあろうとも、脚に力が入らなくなれば、ダメージはかなり落ちるだろう。

 将子の打たれ強さは、かなりのものだろうが、葵だって打たれ強いのだ。しかも、ダメージの逃がしにくい脚では、いかにも分が悪い。

 一回回避ただけ、もちろんそこで一撃入れているのだが、で葵は将子のぶちかましを封じてみせた。将子は、何かしらの作戦なく、簡単に仕切りを取れなくなったのだ。

 形勢は、たった一回の攻防で逆転する、それが、エクストリームだ。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む