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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(91)

 

「葵ちゃんっ!!!!」

 その声と同時に、将子が突っ込んでくるのを、葵は感じた。そう、見たというよりは、それを感じたのだ。見るにはあまりにも将子の突っ込んでくるスピードは速かったが、それを感じることができた。

 それで、葵の身体は勝手に反応した。

 将子が飛び込むのに合わせて、葵も将子の懐に飛び込んでいた。

 パパンッ!!

 破裂音にも似た音が響いたときには、すでに二人は交差した後だった。

 将子は裏拳を打ったような体勢で固まり、勢いを殺せない葵は、そのままの勢いで距離を取って、しかし葵は、前にひざを折る。

「葵ちゃんっ!!」

 必死に叫ぶ浩之の姿を視界の端に感じて、葵はそちらを向いて、にこりと笑うとバランスを取り戻して、立ち上がった。

 それを待っていたかのように、今度は、後ろに裏拳を打った格好のままだった将子の脚が落ちる。しかし、こちらも倒れるまではいかない。すぐに体勢を立て直し、葵に向き直る。

 葵は右のフック、左のボディーを綺麗に打ち分けて、将子にクリーンヒットさせていた。しかし、さすがは相撲取りと言おうか、フックの手ごたえはかなり強かったのに、それでも倒れなかったのだ。

 一方、将子は綺麗にコンビネーションを入れて後ろに逃げようとする葵の身体を追うように、裏拳を放ったのだ。それは葵の後頭部にかすり、葵に少なからずダメージを入れていた。

 そこまでの動きは、浩之にも見えた。一方的に葵がやられていないのはよくわかっていたつもりだったが、それでも心配にはなる。

 浩之から見ても、その肉の塊のような腹筋にパンチが効くわけがないと思うと、一方的にダメージを受けたのかと心配した場面だった。

 しかし、いかに一撃必殺を狙った場面ではなかったとは言え、葵のフックの直撃だ。ダメージがないわけではない。

 直撃?

 そう、葵はちゃんと将子にクリーンヒットを入れていた。

 浩之の声で我に返った葵は、将子が突っ込んでこようとしているのを見て、チャンスと感じたのだ。考えてはいなかったのかもしれないが、少なくとも身体はそう感じた、だから、前に出たのだ。

 将子が怖いのは、その出だしだ。葵も、それがあるからうかつに仕掛けられない。

 どういうことかというと、将子はカウンターをいつでも取れるのだ。相手が動いてからでも、それに合わせて有利なように動けるという能力が将子にはある。

 これは、相撲取りのような腕力が強く、体重が重い者を相手にするときに、案外陥りやすい問題だった。つかまれるのが嫌なので、接触を極力避けようとするのだ。

 だが、将子からしてみれば、相手が勝手に反応できるだけの距離をあけて攻撃してくれるのだ。戦いやすいことこの上ない。しかも、出だしには、絶対の自信があるのだ。

 そのやり方すら、試合中に覚えたのでは、と葵は感じていた。それはそれで恐ろしいことなのだが……。

 しかし、今あのときは、将子からの仕掛けだった。葵の様子がおかしいのを見て、時をあけずに仕掛けてくるのは、確かに勝負勘も優れていると言える。

 だが、一つだけ、葵は常識ではないものを持っている。

 それがそばにあるだけで、葵は常識を覆せると信じれた。才能や、努力に頼らずに、こんなにも自分を変えてくれる、その存在は、まさに葵にとっての奇跡。

 センパイの言葉で、目が覚めた。

 浩之は何のアドバイスもしていない。しかし、葵にはその声があるだけで百人力だった。坂下と戦ったときもそうだったし、今もそれが実証された。

 本当は、ただ自分を取り戻しただけなのだが、葵はそうは思わなかった。浩之が、どこからか力を与えてくれているとしか、思えなかった。

 それが、恋する格闘少女の、不純な力だった。

 後頭部をかすった裏拳のダメージは、そんなに多くない。

 将子も、葵の身体と捉えるので必死だったという証拠だった。そうでなければ、今のはダメージを残すように力を込めて打つはずだ。

 今のは、スピードだけを重視したせいで、いつもの威力はない。一瞬は利くが、残るダメージはない。むしろ、残るダメージの方を得意とするだろう将子であっても、力とスピードの両立には限界があるのだ。

 ……残るダメージ?

 自分の手にある感触も、右のフックはむしろスピードを上げての打撃だったので、クリーンヒットのわりには軽い。その後逃げるために下しか打てなかったので、左でボディーを打ったのだが、左の感触は、重いものが残っている。

 おかしい打ち分けではない。胴体に切れるパンチをしても、ダメージはないし、あの場合、フックに全力をかければ、耐えられてもっと手痛い反撃を受けていたろう。

 ああ、だめだ、考えがまとまらない。

 葵の中に、何か答えが生まれそうだった。つまり、将子を倒すための、何かしらの答えが。

 脚が一番いいのだが、もう将子は打たせてくれないだろう。下手にローなど打てば、今度こそカウンターを合わせてくるだろう。ローに限らず、キックは自分の動きすら止めてしまうのだから。

 鍛えられた首では、手打ちのパンチではダメージを浸透させれないし、キックは後が危険過ぎる。蹴りにつなげるためには、動きを止めないといけない。

 ダメージを多く当てるためには、近くで打ち合い? それこそ自殺行為だ。将子の腕力は、葵を上回るし、打撃だけならともかく、組まれては、ほとんど勝機はない。

 でも、もぐりこまないと、打撃は届かない。それは仕方ない。でも、逃げることはできなくてはいけない。いや、それさえ違う、逃げるのではなく、倒さなくてはいけないのだ。

 懐に入り、倒す。

 ぞっとする光景だった。その巨体の身体の下にもぐりこみ、小さな身体でしとめるなど、できるのか、葵自身にすら自信がないどころか、無謀としか思えなかった。

 でも、何とかダメージは当てれるはずだ。それを続けて、フィニッシュにもっていくためには……将子さんの動きを、止めるしかない。

 残るダメージ、残る感触、脚を止める方法。

 そして、将子の姿。身長もあり、体格にも恵まれている。脂肪も少なく、骨格も大きそうだ。本当に、格闘に合った身体である。

 しかし、将子は、相撲取りであり、空手家ではないし、ボクサーではないし、レスラーではない。

 わかった。

 葵に、一筋の道が見えた。その難攻不落とも思える、将子に勝つための道が。

 無茶は当然することになる。しかし、できれば、勝てる。葵は、そう信じた。そう、将子が試合中に成長するなら、成長させればいいのだ。

 次はわからない、でも、今回は、私が勝てる。

 葵は、将子に向かって、動きだした。

 

続く

 

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