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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(102)

 

 審判に注意を受けながら、葵は試合を終えた。

 相手がすでに立ち上がれない状況であるので、両者を試合場にたたせることはできなかったが、将子はそれでも、後輩の手を借りて、何とか試合場を自力でおりる。

 その後ろ姿に、葵は何も言えなかった。ここは、勝者と敗者のわかれる場所、敗者にかける言葉など、勝者にあるはずなく、勝者に言わなければいけない言葉など、敗者にはない。

 語らうために、ここに立ったのではない、勝つために、誰しもここに立っているのだ。葵が、今飲み込んだ言葉を出したとしても、それは感傷でしかない。

 だから、葵も試合場を降りる将子に背を向けた。

 ……と、浩之に抱きつくことがなければ、至極シリアスな展開で、葵の二試合目は終わった。文句なしのKOでだ。

 戻ってきた浩之の笑顔が、少しひきつっているのに葵は気付いた

「……とりあえず、ここ、動かないか?」

「……あ、はい、すみませんっ」

 浩之が何でそんなことを言うのか、すぐにわかったので、葵はあわてて頭を下げた。

「いや、別に俺も嫌じゃないんだが……」

 あくまで、浩之が嫌ではないのは、葵に抱きづかれたこと自体だ。まわりからじろじろと注目を受けるのも嫌だし、それを耐えれたとしても、綾香の危険極まりない抜き手の攻撃を受けても平気とは、とても言えなかった。

 綾香の攻撃はともかく、ここから動けば注目は少し減るだろう。

「綾香と坂下はどうする?」

 坂下は葵と浩之の様子よりも、どう見ても試合の方を注目しているだろうし、綾香は綾香で葵に助言をしないと言った手前、試合が終わるまでは極力葵とは話しそうになかった。

「私は試合見てるよ」

 そう興味なさそうに坂下は言った。実は坂下も浩之についていって葵をほめてやりたかったのだが、葵のことを考えてやめてやった。綾香がいる以上、なかなか浩之を独占、というのはむずかしかろう。今はそれができる貴重な時間だ。それを邪魔するほど坂下は後輩に厳しくない。もっとも、それも綾香の行動次第で意味がなくなるのだが。

「あ、私はちょっと用事があるから」

 試合が終わってハイテンションの葵と、いつも鼻の下の長い浩之、この二人を一緒にさせるのはまずいような気もするのだが、不思議と、綾香はそれに興味がなさそうだった。

「じゃ、また後でね〜」

 そう言うと、綾香は勝手に一人でいそいそとどこかに行ってしまう。

「?」

 その不審な行動に、残った三人は首をかしげる。

 浩之と葵についていかないとしても、試合を見るものと思っていたのだが、綾香は試合場から出て行った。観客席にわざわざいくのはおかしいし、用事と言っても、こんなところで綾香に用事があるとは思えない。

「……」

 あっさりと姿を消した綾香が何かをたくらんでいるのでは、と三人は不安そうな表情で顔を見合わせた。

「……まあ、一番狙われるのは俺だから、とりあえず警戒しとく」

「そうですね、警戒に越したことはないと思います」

「もっとも、綾香が本気なら、そんなもの関係ないけどね」

「不安なこと言わないでくれよ、坂下。俺だって、まだ死にたくねえんだからな」

 綾香のいたずらは、よほどのことがない限り、そう、驚くことに、よほどのことがない限り、命に関わる。

 同じいたずら好きでも、浩之の悪友、志保とは大きくかけ離れた存在だ。何せ、志保は放っておいても自分で勝手に失敗するが、綾香の場合、放っておくと、危険な存在だということだ。

 三人は、浩之と、後はまわりの関係ない一般人の身の安全を祈りながら、二手にわかれた。

「それにしても、好恵さん、さすが研究熱心ですね。エクストリームに出るわけじゃなくても、心構えが違うんでしょうね」

 試合場に残り試合を見続ける坂下を、葵が尊敬の念を込めてそう評価した。

 浩之は、少し気を使われたのではないかとも思ったが、それは言わないことにしておいた。そんなことを言えば、葵は真っ赤になって、話ができなくなるだろう。

「ま、そうだな。で、どうだ、身体の方は? 痛いところとかないか?」

 もちろん、やましい気持ちはほんの少しだけだ。二回戦目としては、はっきり言って激闘過ぎた。まだ優勝するまでに二試合残っているのだ。

「疲労は、あります。ダメージも、ないとはとても言えないですが、まだ回復の時間はありますから、何とかなると思います」

 それに、と葵は思う。

 今の葵の状態は、二試合目を終えた浩之よりも、かなり余力のある状態だった。

 疲労もダメージもあるが、まだ三試合目までには回復できる、少なくとも平常の九割ほどには持っていけるだろう。九割ならば、試合の雰囲気で十分実力の出せる範囲だ。

 浩之が三試合目を始めたとき、おそらく、浩之の体力は通常の五割程度だった。その浩之が、試合にのぞんだのだ。これぐらいで、弱音を吐けるわけがない。

「それにしても……」

「はい?」

 浩之は、葵の身体を見る。身体にぴっちりとした服をまじまじと見られて、葵は少しはずかしそうにするが、止めることはない。

 この細くて小さな身体が、将子のような筋肉の塊と比喩できる相手を倒したのを、まだ浩之は信じられない。

 もちろん、浩之は葵を特別視しているが、そう思わず、単なる女の子と見たとき、この身体のどこにそれだけの力を秘めているのか、不思議で仕方ない。

「とにかく、勝ってよかった。体格で自分が劣る相手に勝てたんだ。葵ちゃんも、だいぶ自信がついたんじゃないのか?」

 おそらく、不安な要素としては一番大きかったはずだ。体格にものを言わせておしきられるのではないかという不安、葵がかかえていないはずはなかった。

「……そうですね。でも、正直、体格がどうかというより、将子さん本人が、凄く強くて、途中で勝てないんじゃないかとさえ思いました」

 真面目な顔で、葵は答えた。

「体格のこともありますが、それならスピードで勝てばいいだけです。でも、将子さんは、スピードも私とほとんどかわらない。あの人は、本当に強かった」

 今でも勝てたのが信じられないぐらいだ。それだけ、将子には格闘家として必要なものがそろっていた。

「でも、勝てたろう?」

「はい、センパイ達のおかげです」

「俺達は何もしてないよ。せいぜい、応援するのが関の山さ」

 葵は大きくかぶりをふった。

「いいえ、そんなことはないです。今までセンパイ達が私に教えてくれたことは、ちゃんと身体が覚えてくれていましたし、何より、センパイの応援は、私にとっては、ものすごく心強いです」

 そう目を見てまっすぐに微笑まれると、浩之もてれて顔をそらすしなかった。

「役にたててよかったよ。じゃ、少しここで休んでいくか」

 外に出て、あまり人目のない芝生の上に、浩之は腰をおろした。

「はい」

 葵も、次の試合のことをほんの少しだけ忘れて、浩之の横に座った。

 

続く

 

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