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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(104)

 

 何の躊躇もなく、相手選手は、アマレスを使う篠田選手に向かって走りこんでいた。

 一発狙い?

 その浮いた腰を見て、葵はそう感じた。前進のスピードを乗せて、一撃で決める動きだった。

 打撃は、まずかわされるものとして打たなければいけない。当ててこそ意味のあるものではあるのだが、葵はそう矛盾して思っていた。

 少なくとも、こんな試合が始まったばかりで、いきなり仕掛けたりしない。最低、相手がどれほどの力量なのか、つけいる隙はあるのか、自分は通用するのか、そういうことをわかってから、やっと仕留めにいくだろう。

 試合開始早々につっかけた程度で、どうこうなるような選手は二試合目には残っていまい。ここは、エクストリーム、例え予選と言えども、最強を決める場だ。

 向こうがタックルを狙っているようなら、腰を落とすのが当然。それを、スピードにまかせてつっこむなど、特攻というより、無謀なだけだ。

 前蹴りというよりは、後ろから振り上げる、サッカーのような蹴りを相手選手は繰り出していた。前進の力をうまく乗せた、威力の高い蹴りだ。

 だが、あまりにもそれは大降り過ぎた。

 モーションが大きすぎる。いかにスピードがのっていようと、相手に対応される範囲だ。

 葵でなくとも、それはよけれたろう。篠田選手も、当然素早く一歩後ろに下がりながら、それを後ろによける。

 しかし、後ろに下がる距離が、一歩では少なすぎたのであろう、篠田選手は、上半身を後ろにそらしてよけた。

 渾身の蹴りを放った相手と、身体を後ろにそらした篠田選手。どちらも、その後に続くような体勢ではなかった。

 いきなり仕掛けられたので、篠田選手は対応を間違えたのか、と葵は思った。そうでないのなら、もう一歩後ろに下がれば、追撃できるかどうかは別にして、悪くない体勢で完全によけることができたはずだ。

 しかし、その後の動きは葵の予想を超えた。

 まるで足がマットにすいついているように、ぐらりともせずに、上体がスピーディーに戻る。まるで巻き戻しを見ているような不自然さだった。

「え?」

 驚異的な足腰だった。上体をかなり後ろに反っても、それを筋力で戻すのだ。葵と同じほどの体格だが、足腰のそれは、葵を超えているかもしれない。

 それができるからこそ、篠田選手は後ろに下がらなかったのだ。何故なら、そこにいれば、もう相手をタックルで捉まえることなど容易なのだから。

 篠田選手の身体が、今度は前方に下がる。そのまま腰や脚を取れば、相手を倒せるのは間違いなかった。試合が始まって、一瞬でチャンスが来たのだ。

 だが、篠田選手は、そのまま膝を落としながら、頭の上で腕を交差させた。

 ズンッ!!

 まるで巨人が地面を踏みつけるような重い音が響いた。

 相手の踵が、篠田選手の頭の上で交差された腕の上に落ちていた。それを、腕を下げることと、自分から膝をつくことによってダメージを流し、受けきったのだ。

 しかし、それだけではなかった。その落ちた踵は、まるで空手の引き手のように、素早く相手選手のもとに引かれていた。

「踵落とし?」

 頭上から、踵を落とす。確かに、威力は高いが、あまりにも隙が大きいので、普通は使わないものと葵は思っていた技だった。

 しかし、相手選手の引き手ではなく、引き足は、あまりにも速かった。ほとんどパンチと一緒であった。

 踵落としはトリッキーな技なので、ここぞというときに役にたつとは思われるが、よけられたのならともかく、受けられれば、完全にバランスを崩すもの、と思っていた。

 しかし、相手選手は、バランスをまったく崩していなかった。いかに脚が長いとは言え、それは驚くべき安定感だった。

 サッカーボールを蹴るようなキックは、フェイントだったのだ。それで振り上げた脚で、追撃しようとする相手の上に脚を落とす。

 タックルは上からの攻撃に弱いのだ。しかも、上からかぶさるような踵落としは、さらに見えにくいだろう。一歩間違えば、片足で相手につかまる危険性はあったが、かなり実用性の高いコンビネーションだった。

 しかし、篠田選手もそれを一瞬で判断して、受けにまわった。このまま突っ込んでいれば、上体を落としても、背中に踵を受けていたろう。そうなれば、骨が折れていたかもしれない。それほどに踵の一撃は危険なのだ。膝と肘、踵は、人間の中でもかなり硬い部位なのだから。

 受けられたのを悟ると、相手選手は跳ぶように距離を取る。踵落としなどという不安定な技を繰り出した後とは、とても思えないスピードだった。

 膝をついた篠田選手には、追えなかった。無理すればできないこともないのだろうが、それこそ不安定な状態で追えば、今度こそその蹴りの餌食になる可能性は高い。

 相手選手の引き際の良さ、といよりも、すでに最初から引くつもりであったのだろう動きを見て、葵はわかった。さっきの攻撃は、一撃狙いではないのだ。

 この選手にとってみれば、それが葵にとってのジャブなのだ。

 相手を測るための、隙の少ない技でしかないということだ。いや、隙が多少あろうとも、相手だって、そんな危険な場所に最初からいきなり手を入れることができないと知っていて、その技を選んだのだろう。

 相手を測り、あわよくばその一撃で勝つ。

 何も矛盾したことではない。それこそ、正しい打撃のあり方だ。相手の力量をはかるためのジャブと、戦いを決めるストレートは同じもの。打撃としての、理想の姿だ。

 ハイキックが得意な葵でも、あそこまで安定して蹴りを使えるかどうか、とうほどのキックの使い手だ。

「でも、何の格闘技? 空手じゃないと思うんだけど」

 蹴りとなると、キックボクシングなどが思い立つが、むしろそういう格闘技はパンチの方が多彩なのだ。最初の最初から、キックを多用していくものではない。

 もちろん個人差はあるだろうが、キックはロー以外はあまり使わないのだ。決めれると思うとき以外は、相手を威嚇したりフェイントに使ったりはするものの、直接狙うことは少ない。

 坂下も、それなりに格闘技を知っているつもりなのだが、知っている中に、該当する格闘技を見つけることができなかった。

 葵も、少し考えたが、思い当たる格闘技が、一つ出てきたので、それを口にした。

「おそらく……テコンドーだと思います」

「テコンドーって、韓国のだっけ?」

「はい、蹴りを主体にした格闘技です。さっきの踵落としは、確か、ネリチャギという技だったと思います」

 多彩な蹴り技を得意とする格闘技、テコンドー。その蹴りのスピード、安定感、そして、その引きの素早さを見て、本当にキックが主体だと読んだ葵が思いついたのは、それだった。

 それならおかしくない。テコンドーは確か道着のようなものを着るが、エクストリームでは邪魔になるだけだからこそ脱いだのだろう。

「普通、蹴りを出して、それを返す刀で踵落としに持っていく格闘技なんて、ありませんから」

「まあ、私でもやらないしね」

 安定を欠く技は、坂下の良しとするところではない。キックをそのまま踵蹴りに切り返すなどというトリッキーな技は、安定を酷く欠くので、やろうとは思わない。

 だが、この選手は、それすら安定していた。そのために、反対に威力はどうしても殺されているようにも見えるが、だが、KOには十分な威力があるのだから、それでいいのかもしれない。

「でも、蹴りだけで、アマレスのタックルを封じきれるものじゃないと思うんですが……」

 手の方が器用だからこそ、誰しもがパンチを多用するのだ。キックがいかに器用でも、組み技の動きを封じ切るのは難しいと思えた。

 それをわかっていないわけではないのだろうが、それでも、またゆらりと、相手選手は篠田選手に突っ込んでいた。

 

続く

 

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